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第1章

 乾いた街道を、俺の愛車――もとい、愛荷車が「ガタガタ」と軽快なリズムを刻んでいる。

 もう何日も雨は降っていないらしく、巻き上がる土埃がやけに鼻につく。

 空はどこまでも青く、太陽は容赦なく俺の黒髪を焼いていた。


「……そろそろ、こいつも限界か」


 俺は荷車に積まれた、氷魔法で鮮度を保っている『マンドラゴラの根』を指でつつく。

 こいつはスープに入れると気絶するほど美味いんだが、いかんせん足が早い。

 今日の昼飯で使い切っちまうのが得策だろう。


 俺の名前はリオン・ヴァルハート。

 職業は、世界を股にかける冒険者――というのは建前で、その実態は幻の食材を求めて放浪する、ただの料理人だ。

 荷台に積まれた奇妙な形の野菜や、怪しげな光を放つキノコたちは、俺がこれまでの旅で集めてきた血と汗と涙の結晶である。


 腰に差した革製のケースには、相棒とも呼べる年代物の包丁たちが収まっている。

 こいつらがあれば、どんな食材だって至高の一皿に変えてみせる自信があった。


 俺の夢は、幻の食材を使って世界で一番美味い一品を作ること。

 ただ、それだけだ。


 街道の脇にある木陰で、数人の男たちがぐったりと座り込んでいるのを見つけた。

 身なりからして、どこかの街へ向かう行商人だろう。

 彼らの顔には疲れと空腹が色濃く浮かんでいる。


「よう、兄ちゃん。精が出るな」

 

 人の良さそうな髭面の男が、汗を拭いながら声をかけてきた。


「あんたたちも大変そうだな。一休みかい?」


 俺が荷車を止めると、男たちの視線が荷台の食材に釘付けになる。


「うおっ、なんだそのデカいキノコは! 紫色に光ってやがるぞ!」

「こっちの肉、霜降りが尋常じゃねえ……。一体何の肉なんだ?」

「あんた、一体何者だ?」


 質問攻めだな。まあ、無理もないか。

 俺の食材は、そこらの市場じゃ逆立ちしたって手に入らない代物ばかりだからな。


「ただのしがない料理人さ。こいつらは旅の途中でちょいと『仕入れ』てきたもんでね」


 俺がニヤリと笑うと、商人たちはゴクリと喉を鳴らした。

 腹の虫が「グゥ」と盛大に鳴いているのが聞こえる。


 まったく、分かりやすい奴らだ。


「……腹、減ってるんだろ? 簡単なもんで良ければ、何か作ってやろうか?」

「え、いいのかい!?」

「助かるぜ、兄ちゃん!」


 商人たちが一斉に色めき立つ。

 

 よし、腕が鳴るぜ。

 今日のメニューは、マンドラゴラの根をたっぷり使った『気絶するほど美味い野菜炒め』に決定だ。


 俺は慣れた手つきで荷車から調理器具を取り出し、簡易的なかまどを組み上げる。

 相棒の包丁を抜き放ち、まな板の上で野菜を刻み始めると、商人たちの見る目が変わった。


 トトトトトトト!


 小気味良いリズムと共に、野菜がミリ単位で均一にスライスされていく。

 俺の手に掛かれば、どんな食材も踊るようにその身を委ねる。


「す、すげえ……。包丁の軌跡が見えねえ」

「なんて手際の良さだ。無駄な動きが一切ないぞ」


 油を引いた鉄鍋に、刻んだニンニクと『炎トカゲの香草』を放り込む。

 ジュワッという音と共に、食欲を刺激する暴力的な香りが辺り一面に立ち込めた。


「なんだこの匂いは……腹が、腹がもっと減っちまう!」

「たまらねえ……!」


 仕上げに古代牛の脂身を投入し、旨味の最終兵器を解き放つ。

 最後に主役のマンドラゴラの根と野菜を加えて、鉄鍋を数回あおれば完成だ。


「ほらよ、お待ちどうさん」


 木の皿に山盛りにされた野菜炒めを差し出すと、商人たちは我先にと飛びついた。


「う、美味いッ! なんだこれぇぇぇ!!」


 一口食べた髭面の男が、天を仰いで絶叫した。


「シャキシャキの歯ごたえ! 野菜の甘みが口の中で爆発するようだ!」

「ただの野菜炒めじゃねえ! それぞれの食材が、互いの美味さを何倍にも高め合ってる!」

「後から来るこのピリ辛な風味……ああ、身体の芯から力がみなぎってくるようだぜ……!」


 あっという間に皿は空になり、商人たちは恍惚の表情で地面にへたり込んでいる。

 中には涙を流している者までいる始末だ。


「兄ちゃん……あんた、本当にただの料理人なのか……?」

「こんな美味い料理、王宮だって食えねえぞ……。あんた、ただ者じゃねえな」


 俺は肩をすくめて見せる。


 最高の褒め言葉に満足し、俺は荷車を片付け始めた。

 さて、そろそろ次の街へ向かうとしようか。


「世話になったな、兄ちゃん。これはほんの礼だ」


 髭面の商人が、小さな革袋を差し出してきた。

 中には銀貨が数枚。まあ、受け取っておくか。


「それと、一つ忠告だ。この先にあるのはクリムゾン公爵領だが……あそこへ行くんだったら、気をつけな」


 男の声のトーンが、ふと真面目なものに変わる。


「気をつけろって?」

「あの領地を治めてるアリシアって領主は、悪名高い暴君でな。逆らう者は容赦なく処刑されるって噂だ。美しい顔をした、冷酷な悪魔なんだとよ」


 悪名高い暴君、か。

 俺は太陽に目を細め、前方に広がるクリムゾン領の方向を見つめた。

 

 まあ、俺には関係のない話だ。

 美味い食材さえ手に入れば、領主が悪魔だろうが天使だろうが、どうでもいい。


 その時の俺は、本気でそう思っていた。

 

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