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彼の瞳が優しくて

 古橋くんにお弁当を作り続けて、はや一カ月がたった。

 回数で言えば四回。その頃になると、お弁当作りもただウケの良いものだけを作るのではなく、全体の色合いだったり、きちんとした栄養素を考え始めた。それに伴い、なんとなく日々の記憶でつけていたインスタグラムにはお弁当の写真が増えてきた。

 それは私に対しての、幸福な思い出の貯金箱。とくに誰かあてに発信しているわけではないけど、これを見返すたびに、あの日のことを思い返す事が出来るのだ。


(そういえばこれ、かなり反応よかったよね……うーん、次もこれぐらい良い反応が欲しい……)


 初めは私のお弁当を食べるところを見たいという欲望だった。

 でも、今は違う。いまはもっと良い反応を、彼の笑顔を見たい。

 それにより、料理を考える時間は倍増。気付けば家にいても次は何を作ろうと料理サイトを見るようになり、図書館でもレシピ本を漁るようになってしまっていた。ただ、学校にいる間は携帯が使えないぶん不便なもので、思いついたものはすべて付箋に書いてメモをしていたのだが……それは間違いだったのかもしれない。

 体育の授業といった席を外す授業が合間に挟まると、すっかりそのことを忘れてしまっていたのだ。

 そうしてそのまま付箋に気付かぬまま、次にその付箋と再会をしたのは、放課後の勉強会。静かな図書館の片隅で、隣り合って座る古橋くんに向けて数学の教科書を開くと、指先に何か柔らかいものが触れて、ぺらっと何かが落ちる。


「ん?」


 それがまさに、私が挟んだメモ付きの付箋。

 しかし、完全に付箋のことを忘れていた私の反応は鈍い。


(付箋?付箋なんて貼ってたっけな……?)


 手を伸ばしたが、自分よりも先に拾った古橋くんが「なんじゃこれ」とひっくり返し、そこにあるものを見た。


「なになに……からあげ、タラコの卵焼き、ツナとニンジンのしりしり……パプリカの鮭和え」

 

 そこまで言って完全に思い出した、お弁当メモ。

 そうだ、これは次のお弁当の日に作ってみようかなと思ったお弁当メモだ!

 というか、何も読まなくたって!!音読しなくたって!

 思って出た言葉はなんとも情けないものだった。


「あ、ちょっ」

 

 別にえっちなものを見られたわけでもないし、恥ずかしい点数のテストを見られたわけでもない。

 でもそこに書いてあるものは、あなたに作るお弁当のために記したものであって、いわば古橋君あてに書いた手紙のようなもの。それを張本人に見られてしまうと、その思いをすべて見られたようで、気恥ずかしさと気まずさがじわじわと熱を上げる。


「ん~?なんじゃこれ、何かのメモか?」

「わあっ!古橋くん、それ見ないで……っ!」


 今すぐそれを返してほしいし、できれば見ないでほしい。

 でもここは図書館で大声をだすわけにはいかない。声を殺して取り返そうとすると、彼はひとつ笑って躱した。それから、落とした視線が和らぐと、そのメモを口元に向けてフフと笑った。


「なんじゃ、こういうのも考えてくれとったんか」


 その声の柔らかさと、端整な顔立ちが見せるフニャッとした笑みの可愛さといったら!

 裏表のない古橋くんのことだ。きっと本人はそのつもりがないんだろうけど……この人、天性のタラシだ……!


「ま、まぁ……。一応ひとに食べてもらうんだし」


 少女漫画にあるギャップにやられるシーンってきっと今みたいな出来事を書いていたのだと思う。

 胸がギュンと痛いくらいにときめく。思わず顔を背けたくなるほどだったのに、古橋くんはそれを追いかけるように机に突っ伏して覗き込んでくる。


「なぁ、なんで目え逸らすんじゃ相沢」


 柔らかさに含まれた、すこしの意地悪。

 指先が私の長い髪をさらりと横に流す様子は、構ってモードの猫ちゃんのようで、此方を見つめる瞳が和らいで、「なあ」と此方を見る。それでもいま彼に見つめられると、なんだかお腹がくすぐったくなって、彼の目元を手のひらで覆った。


「~~~っ古橋先生、あんまり揶揄うのならお弁当はなしですよ」

「おっと、そりゃいかん。ついつい嬉しくなってしまったが自重せんと」


 目元を隠しているのに、にっかりと白い歯を見せて笑う古橋くん。

 反省を見せたので手を離し、此方も必死に素数を数えながらもう一度計算途中だったノートに視線を落としたものの全く頭に入らない。


「それで?どこが分からないんじゃっけ」

「ここまでは分かるんだけど……その次がちょっと」

 

 それをなんとか誤魔化して呟くと、隣にいた古橋くんが、教科書のページを指でトントンと叩いた。


「うん?あー……これは、こっちの公式を使うんじゃ。ここが“変数”じゃなくて“定数”になっとる」

「……あ、ほんとだ」


 古橋くんはわかるまで待ってくれるし、間違えても笑わない。そんな彼に教わっていると少しずつ解けていく感覚が心地よくて、勉強がちょっとだけ好きになれそうな気がした。

 多分、勉強が面白いって言う人はこの感覚をたくさん経験しているんだろうな。


「前々から思ってたことだけど、古橋くんって、教え方上手だよねぇ……」

「そうか?」

「もしかして、教師とか目指したりする?」


 優しいし、運動も出来るし小学校の先生とか似合いそう。

 尋ねると、彼は目を丸くして、不思議そうに尋ね返した。


「うん?なんじゃ藪から棒に」

「教え方が凄く上手だからさ、分かりやすいし……間違っても怒ったりしないでしょ?」

「そりゃあまぁ、怒ってどうこうなる話でもないからのう。……特に教師になりたいわけではないのう。……まぁ、前の学校でよく友達に教えとったから、それで上手くなったのかもしれんな」

「前の学校……」


 なんとなく、その“前の学校”って言葉が気になって、口を開く。

 でも、思い返してみれば古橋くんが前の学校のことを語るなんて初めてのことだ。転校してきた理由だって、特に親の都合ではなく自分の意志だと言っていたし。……もしかしたらあんまり語りたいことではないのかも。

 口を開いたまま言葉を止めていると、古橋くんが不思議そうというか、訝し気に此方を見る。

 それを悟られないよう、手にしたシャープペンシルをふわふわと彷徨わせたあと、それをマイク替わりに古橋くんの口元へと向けた。

 

「じゃあ古橋くんは進路どうするの?ズバリ、教師の道はお考えですか?」


 ……ちょっと、いや、かなり苦しかったかもしれない。

 古橋くんは首を傾げていたが、適当に手を振って背もたれに身を預けながら言った。


「ならんならん。……まぁ適当に大学に行くじゃろうな。就職するにも大学に行った方がええじゃろ。就職したときの給与だって変わるって話じゃし」

「それは確かに」

「だから、大学……なるべく理系にでも行こうかと思っとる」

「へえ……でも確かに古橋くん理系強いよね。数学なんて、この間のテストで百点取ってなかった?」

「ま、数学は得意科目じゃしな。それよりも、相沢は?前に“食いっぱぐれない仕事”言うとったじゃろ。具体的には何か決めとるんか?」


 一拍。

 スイと視線を逸らすと、椅子の背に凭れていた古橋くんが此方を見て、日に焼けた握りこぶしを此方に向けてマイクを返してきた。


「相沢は、今後の進路をどう考えとるんじゃ」


 あ、そこはインタビュアーみたいに敬語じゃないんだ。

 少しだけ笑って、ノートに視線を落とす。


「うーん、まだ考え中。だって急に考えることになっちゃったしさぁ」

「子供の頃の夢とかはないんか?それを追いかけるとか」

「将来の夢かぁ……プリンセスって、大学行くべき?」

「……今時は語学が堪能である必要性もありそうじゃけどなぁ」

「えーん……古橋くん英語の勉強もお願いします……」

「プリンセスの道も厳しいの~」


 そんな他愛のない冗談を挟みながらも、勉強は驚くほど進んだ。

 お陰でこれまでどうにも詰まっていた数学もいくつか解けるようになったし、何より勉強の仕方も理解が出来た。あとは家でも復習を忘れなければ明日行われる予定の小テストだって、ぜったいに良い点数を取れる筈だ。今の私には、それくらい自信がある。

 茜色の夕焼けが差し込んで、遠くで聞こえるチャイムの音が袖を引く。ちらりと見上げた時計は十八時を差しており、そろそろ帰らなければいけない時間帯だ。

 私は、ペンを置いて、そっと古橋くんを見た。


「……今日もありがとう、古橋くん。また、教えてくれる?」


 勉強を教えてくれるのなら、古橋くんがいい。

 たったそれだけの言葉だったのに、妙に緊張して自分の声が少しだけ震えていた。しかし、古橋くんは一瞬だけ目を見開くだけで、すぐに、いつもの悪戯っぽく白い歯を見せてニカッと笑った。


「相沢が弁当作ってくれるなら、いくらでも」


 ……こういうところが、好かれるところなんだろうな。

 あまりにもアッサリとした快諾に、思わず笑ってしまった。でも、それだけじゃない。こんな風にまた並んでいられることが、なんだかうれしくて。笑い合った空気の中で、私の心だけが、少しだけ早く跳ねていた。


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