第33話 川辺の夜餐
夕闇が輝光の空地に降りる。
ルクスは城門に立つ。衛兵精霊に門の閉鎖時間を尋ね、四時間余裕と知り、城外へ踏み出した。
「輔佐傭兵」の身分は低いが、徽章と臨時晶盤があれば、簡易な検問で出入り自由だ。
ルクスは川へ向かう。時折振り返り、輝光の緑城壁が視界に残るか確かめる。荒野にアクリダーはおらず、夜に迷えば恐怖だ。
川辺に辴り着く。緑樹が水を護り、静寂が包む。餐処の抑圧が、夕風に溶ける。
「ヤッ――!」ルクスは川面に叫ぶ。鬱屈を吐き出し、嗄れるまで喊き、鳥獣を散らす。虫だけが残るが、虫は食わん。
「今夜は焼き魚だ!」ルクスは鉄剣を抜く。赤紅の魔力が剣身を纏う。肥えた鱒を水面で捉え、「今だ!」と剣を突く。
「ドン!」魔力暴走、水花が爆ぜ、ルクスはずぶ濡れ。魚は碎石の如く消えた。
「うっ……失敗!」髪の水を振り、ルクスは衣を脱ぎ、枝に干す。内衣姿で剣を構え直す。
次は微かな魔力を剣先に纏わせ、「プシュ!」と軽く突く。魚が二つに割れ、一半を剣先で掴む。残りは川下の闇に捧げられた。
「上達した!」ルクスは笑う。川の魚は尽きず、彼女は夢中で剣技を磨く。やがて、精妙な力で魚を突き刺し、岩に積む。七八の半魚、五六の完魚。満足だ。
「食べきれないな……魚干にしよう!」ルクスは枯枝を積み、指先に魔力を熾し、火を点ける。魔力解放の応用、便利だ。
魚を枝に刺し、シルヴィの塩菜干を砕き、魚に振る。紅棕に焼けた魚に、ルクスは歓声を上げる。「完璧!」
「魚を殺して、満足か?」冷声が響く。エミリーだ。樹に凭れ、ルクスと焼き魚を静かに見る。
「こ、これは狩りの喜び! 本能だよ!」ルクスは熱い魚を吹き、弁解する。
「遊びで無駄に魚を殺すのも、本能か?」エミリーの声は氷、ルクスの言い訳を刺す。
「いつ来たの? なんで黙ってた!?」ルクスは焦る。
「お前が迷えば、保証人の私が面倒だ。」エミリーは冷たく答える。
「え?」ルクスは問いたい。どうして迷うと分かった? だが、言葉は出ず、二人、奇妙な沈黙に。
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「いただくよ!」ルクスはエミリーの視線に気まずく、開き直った。「精霊は人間の肉食を野蛮って軽蔑するけどさ、君たちの『菜食主義』だって、偉いとは限らない!」
「あとさ!」ルクスは焼き魚をエミリーに振る。「ずっと見てんの? いいよ、肉食うだけじゃなく、歌いながら超楽しく食うから! 見たいなら勝手にどうぞ!」言うと、香ばしい魚にガブリと噛みつく。
「短耳、待て。」牙が魚に触れる刹那、エミリーが口を開く。
「なに!?」ルクスは苛立ち、振り返る。まさか、肉食を咎める気? 絶対噛むぞ!
「……肉の食い方を教えて。」エミリーの言葉に、ルクスは凍る。口が開いたまま、呆けたワニの如く固まる。
「え、なんて!?」ルクスは目を丸くする。
「大声出すな。肉の食い方を教えろ。」エミリーは淡々と繰り返す。微かな……気まずさ? 彼女は篝火に近づき、ルクス横の石を拭き、座る。
「えっと……教えるってほどでも?」ルクスは運命多舛の魚を差し出す。「ほら、これ食べて。」
「それはお前が食え。」エミリーは、ルクスの口元を彷徨った魚に同情する。
「いいよ、沢山あるし!」ルクスは新魚を火にかけ、焼く。
「……ん。」エミリーは迷い、魚を受け取る。
彼女は魚を凝視、決断を下すように。やがて、桜瓣の柔唇が、戸惑う兎の如く、微かに開く。
「ここ、腹の肉が柔らかいよ。」ルクスは指す。
エミリーは恐る恐る、キスするかの如く、魚肉を一絲噛む。
「皮、香ばしいから剥がすなよ! ゆっくり噛んで、骨吐くの。」ルクスは囓り、骨を吐き、見せる。「こう!」
「……ん。」エミリーは頷き、真似て稍大きく噛む。
「こうやって、骨から肉を剥がす!」ルクスは肉を剥ぎ、シルヴィの塩菜干を砕き、振る。「これで塩味バッチリ!」
エミリーは拙く肉を剥がす。ルクスは塩菜を手に取り、彼女の魚に均しく振る。
エミリーは無言、魚肉を食べ、目を閉じ、新奇な味を味わう。やがて、塩菜を自分で振り、食う。
奇妙な二人餐は、川辺で続く。篝火が消え、エミリーは三魚、ルクスは残りを平らげる。彼女の食いっぷり、遅すぎだ。
食後、川で手と口を洗う。
「どう、味は?」ルクスは好奇に問う。
「……ん。」エミリーは答えず、評価もせず。
彼女は冷然たる「エミリー隊長」に戻る。「服を着て帰れ。」と命じる。
「う、もちろんだよ!」ルクスは内衣姿で食った事実に顔を赤らめる。野人三ヶ月、着ず帰りかねない。
「あと、」エミリーは稍止まり、言う。「明日、輝光の空地を案内する。朝、太陽が四分の一高の時、中心花壇で待て。遅れるな。」突兀に感じ、補う。「……焼き魚の礼だ。」言うと、夜に消えた。
ルクスは呆然、エミリーの背を見送る。濡れ衣に触れ、悲鳴。「うわっ! まだ濡れてる!」
(その夜、ルクスは冷風に震え、半濡れ衣で招待所へ。幸い、風邪は引かず。)
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