第1話 盗賊のボクっ娘と謎の旅人
ルクスは呆然と立ち尽くす。目の前で、すべてが崩れていく。
烈焰が街の隙間やレンガの目地からゴウゴウと噴き出し、紫の都はすべてを喰らい尽くす。慟哭、助けを求める声、祈り。熱い空気の中で歪み、蒸発し、死の熱波に消える。
彼女の腕に残るのは、灰になった紫のドレスと、決して燃え尽きない痛苦と怒りだけ。
朝日が闇を切り裂き、紫の都は絞首台のような藍紫色を帯びる。七大神殿の外、財福と幸運の神の都。陽光が強ければ強いほど、紫色は濃くなる。城壁のレンガ、街路、住人の服、全部紫。
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路地裏、少女は死体を売り終えた。ルクス、短い黒髪、赤い瞳、男装。長袖の外套が性別を隠し、まるで街の若者そのもの。死体回収人に運び終え、今日の稼ぎを数える。藍銀貨六枚、鋼貨五枚。
死体転売の儲け、最近メッキリ減った。死人が多すぎるからか。
ルクス、藍銀貨をパチンと放り、受け止め、ギュッと握る。硬貨が指先でクルクル、指の間でパチパチ跳ねる。
「サム、おはよう!」鳥の巣みたいな金髪の少年、リード。十五歳、泥まみれ、まるで地面から這い出たみたい。
「よ、リード。」ルクス、硬貨をポケットに、サムの偽名で答えた。
「サム、マジ羨ましいよ! いつも金儲けのネタ持ってる。俺、掏摸すら下手で、物乞いか汚ねえ仕事しかねえ。」リード、ボソボソ。首の聖光教会の三角の徽章がルクスの目に飛び込む。
「それ、聖光教会?」ルクス、眉をひそめる。
「城外の宣教師にもらった。」リード、気まずそうにネックレス触る。「紫の都は財福神を信じるけど、あの神は冒険者か商人しか愛さない、七大神殿にもいねえ。俺、勇気も頭もない。でも、光明神は違う。平等で公正、俺みたいなダメ人間でも祝福してくれる。ここ、他の宗派信じてもいいだろ? 大丈夫だよな……」彼、緊張でモゴモゴ。
「ちょっと待て。二日前に入ってきた宣教師だろ? もう入信?」ルクス、眉をさらにキリッ。
「神の導きさ……親父、また賭博で借金して。俺、助けがいるんだ。宣教師、俺を哀れんで金貸してくれて、母さんの病気、聖光術でちょいマシになった……」リード、頭下げ、声がシュン。
「俺、なんもできねえ。母さんが良くなるまで、あの男から離れるしかねえ。親父、超嫌い。でも……靴職人の見習いになって、ブーツ縫って金稼ぎたい。自分の店、持ちたい……」
「リード、手出せ。」ルクス、藍銀貨二枚をパチン、彼の掌に放る。「生きて靴職人になったら返せ。」彼女、手振って、くるっと去ろうとした。
「ダメだ! サム、借金返さねえ奴には絶対関わらねえだろ! 俺、いつ返せるかマジ分かんねえ。頼む、持ってけ!」リード、慌てて返そうとした。
「じゃ、くれてやる。将来、お前のブーツで借りを返せ。それなら俺、大儲け!」まともなブーツなら藍銀貨十数枚、粗末でも四、五枚。いい取引だ、リードが本気で職人になれれば。
「分かった。ありがと、サム。君に祈るよ。いい奴だ。」リード、硬貨受け取った。
「いい奴じゃねえよ!」ルクス、頭ゴリゴリ掻いた。「祝福、ありがたく貰っとく!」
【さっさと母さん連れて逃げろ! あの賭博狂の親父から!】ルクス、喉まで出かかった言葉、グッと飲み込んだ。
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リードと別れ、ルクスは狭い路地を、影に溶ける猫みたいにスイスイ抜けた。
表通りに戻り、ブラブラ歩き、次のカモを探す。地元民、賢くて金持ち歩かない。ルクスの獲物、いつも新顔のよそ者。
【見つけた!】ルクス、馬車前で話す数人の影にロックオン。亜麻色の外套、男女混じり、服ピカピカ。
彼女、路地の影に潜み、チラチラ周りを見つつ、チャンスを待つ。
【今だ!】馬車がゴロゴロ通り過ぎ、ルクス、シュッと飛び出し、馬の頭スレスレで道を横切り、外套の一人にドンッとぶつかった。
「ごめん! ごめん!」ルクス叫ぶけど、心臓バクバク。【石壁にぶつかった!?】硬すぎ!
その人、ビクともせず、冷たくチラ見。高すぎ、淡い青の肌が陽でキラリ、赤い瞳は血塗られた刃。ゴツすぎ。近づくと、ほのかな磯の匂い。
御者、馬をガッと止め、怒鳴る。「クソガキ、死にてえか!? 死んでも鋼貨一枚もやらねえぞ!」
「すみません、ホントすみません!」ルクス、ペコペコ謝り、サッと逃げた。
「ハア……ハア……」ルクス、隣の路地に飛び込み、奥へズズッ。追手なしを確認し、ワクワクで盗んだ布袋を開けた。
「イエッ!」ルクス、低く叫ぶ。心臓、ドキドキ。袋、重い! 紫幣九枚、藍銀貨十数枚、閃金幣二枚、変な記号だらけの通行珠まで!
(鋼貨二十五で藍銀貨一、藍銀貨から紫幣、紫幣から金貨、全部二十対一だ。)
盗る時から袋の重さ感じてた。あの大男の懐に「補償」の石ころ突っ込んだけど、すぐバレるだろ。
【ここまで来りゃ、誰も追いつかねえ!】ルクス、内心ニヤリ。
「ごめんね。」彼女、軽く呟く。いつもの儀式的な謝罪。
と、変な匂い! さっきの外套連中の磯臭!
「ねえ、可愛いお嬢ちゃん? それとも、カッコいいお嬢ちゃん?」背後から大人の女の声、磁石みたいに惹きつける。
ルクス、ガチッと固まり、クルッと振り返り、シュッと後ろに跳んで距離を取る。【マジか!? バレた!?】
ヤバい! 性別バレただけじゃなく、まるで空から湧いたみたい!
ルクス、ようやく相手をハッキリ見た。紫紅の長髪、滝みたい、熟れた桃の色合い、触れたら汁が飛び散りそう。白い肌、氷の冷たさ、薄い光のヴェール、朝靄みたい。橙の瞳、摘みたてのオレンジ、でもすんごい危険な匂い。
「ん?」女、軽く首傾げ、キョトン顔がニヤッと遊び心に。「面白いね。」
「返す! じゃ!」ルクス、サッと金袋投げ、クルッと逃げた。めっちゃ速い!
でも、角曲がった瞬間、女、幻みたいに目の前に! 余裕たっぷり、ルクスを待ってたみたい。
「ねえ、門杰夫、石集め好きじゃなかったよね?」女、袋振ると、石ころガラガラ落ちた。
「えっと……降参。マジごめん。」ルクス、片手上げ、盗んだ袋を素直に差し出した。
「ビビらなくていいよ。金は持ってていい。でも、通行珠は返して。」彼女、ニコッ。金貨なんてどうでもいいみたい。
「ただ、条件があるよ。」
「奥さん、なんでも言って!」ルクス、慎重に答えた。
「魔法、習いたい?」女の目、チラッと光った。
「実用的な魔法、命守るやつ、んで……めっちゃ特別な魔法も、教えてあげるよ。」
「俺、できるかな? それが条件? 弟子にすんの?」
「ううん、ただ聞いてみただけ。ゆっくり話せばいいよ。」女、ニコニコ、でも急に真剣。声、重い。「今すぐ紫の都を出な。夜になる前、できるだけ遠くへ。」
彼女、ルクスをガン見。目、冗談じゃないって感じ。
「魔法の話さ、」女、声また柔らか。「北の演劇の都に行きな。そこに『ジェニー茶店』がある。俺、あそこの茶、大好き。百香花蜜茶、激推し! 俺がそこにいたら、昼過ぎに茶飲みに行くよ……そしたら、また会えるかも。その時、じっくり話そう!」
彼女、指をピョコッと振って、付け加えた。「俺、ナララ。じゃ、また——お互い生きて会えるならね。早くここ離れな!」
ルクス、ナララが金袋返し、暗い路地から去るのを見送った。金貨、冷たくて、マジ重い。
彼女、袋をギュッと握り、パチンと重さ確認。さっきの変な話、頭でグルグル。【怪女……魔法……なんかヤバいこと起きる!? ホント!?】ルクス、袋をそっとしまった。
なんか、ナララ、ルクスの全部見透かしてる感じ。
なんでこんな期待かけてくる? 【呪いの力のせい!?】ルクス、心臓ドキン。
まず、金の真贋チェックだ。家帰って湯沸かして、ハンマー探す。閃金幣、湯で柔らかく光る。紫幣、ガン叩きで紫の閃光。どっちも偽造ムズい。
魔法習う? ルクス、気にしてない。それより大事な、気にかかること——妹のミティ。
「ナララ、遅すぎだろ!」青い肌のゴツい男、門杰夫、腕組み、馬車に寄りかかり、イライラ。
「そのチビ泥棒、どうした?」
「いい子だったよ。」ナララ、指を頬に、ニコッ。「顔、泥だらけで汚いけど、骨格いいから、キレイにすりゃ絶対美人! 身のこなしもいいし、超ステキな子!」
「で、俺の金袋は?」門杰夫、眉ピク。
「ほい。」ナララ、ペッタンコの袋渡した。
「そだ、袋の金、全部あの子にあげちゃった。安心して、返すから。門杰夫、こんなイイ男、許してくれるよね?」彼女、ウィンク。
「は!?」門杰夫、軽い袋持ってポカン。「なんであんなガキに大金やった!? お前の借金いくらか、俺が知らねえと思うか、貧乏女!」
「まあまあ、愛しい門杰夫、借金リストのトップに書くから、許してよ!」ナララ、両手合わせて、チャーム全開。
「あの子、天生の異能者だよ。俺たちの組織の長期投資、共同事業のためさ。」
「異能者? だからあんな速かったのか……待てよ!」門杰夫、怪訝そう。「異能者は生まれつき魔法に適してる……まさか、またあのクソ……」
「門杰夫、『傲慢なる賭局』をクソ魔法なんて言ったら、鱗、一枚残らず剥がすよ!」ナララ、目がギラッ。
その視線、門杰夫、ゾクッと鳥肌。
「債主にその態度はねえだろ。」彼、ボソッ。
「これでも優しい方よ。じゃなきゃ、皮剥いで絨毯にするって言ってる!」ナララ、首傾げ、ニコリ。
「準備できた?」低く響く声。背低いが筋肉ムキムキ、髭だらけ、顔に獰猛な刀傷の男。「内城に入るぞ。」
「もう始まる?」ナララ、軽く。「みんな、気をつけてね。」
「俺は生きて帰る。死んだら、お前、借金返さなくていいだけだろ?」門杰夫、ムスッと外套締め、隊列に続き、紫の都の奥へ進んだ。
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紫都。神恩大陸東南デルタ流域の諸国境界の地にあり、「黄金島」付属の都市国家で、七大神殿の外に位置する財福と幸運の神を信仰している。その名の通り、街路や家々を強制的に紫色にし、住民にさえ紫色の服を着るよう要求する都市である。
城主は紫人と呼ばれる副神使だ。
この世界において、いずれの神も惜しみなく神の恩寵を撒き、無数の定命の者たちに力と神性の一部を授ける。これらの者たちは敬意を込めて「恵浴師」と称される。
一方、「神使」とは、神が人の世に残した唯一にして、最も寵愛を受ける代弁者であり、神と直接交信する特権、並びに自然を揺るがすほどの恐るべき偉大な力を賦与されている。
副神使とは、神使の直属の下級であり、同じく定命の者には及びもつかぬ強大な力を持つ。
ただ、他の信仰体系における神使の麾下には、往々にして数名の副神使が下属として仕えるのに対し、かの財福と幸運の神の権能を司る黄金王陛下は、ただ紫都の城主――「紫人」――この唯一人の副神使を任命しているだけであった。