星に願いを、時を超えた想い
悠斗が凛のために、天文台「星見の丘」で特別なプラネタリウムショーを企画してから数日が経った。凛の病状は、一進一退を繰り返していたが、彼女は、悠斗の企画を、心から楽しみにしていた。
「悠斗さん、プラネタリウム、どんな感じになりそうですか?」
凛は、病室のベッドの上で、悠斗に尋ねた。
「ああ、美咲さんや、潮騒病院のスタッフの皆さんにも手伝ってもらって、準備は順調だよ。凛の絵を、プラネタリウムのドームいっぱいに映し出すんだ。きっと、素晴らしい光景になる」
悠斗は、凛の目を見つめながら、優しく語りかけた。
「私の絵を…そんなふうに言ってもらえるなんて、夢みたいです」
凛は、照れくさそうに微笑んだ。
「夢なんかじゃない。これは、現実になるんだ。凛の夢が、そして、僕の願いが、叶うんだ」
悠斗は、凛の手を、そっと握りしめた。
「悠斗さん…」
凛は、悠斗の温もりを感じながら、彼の瞳を、じっと見つめた。そこには、深い愛情と、そして、何かを決意したような、強い意志が宿っていた。
その時、病室のドアが開き、美咲が顔を出した。
「悠斗君、ちょっと、いいかしら?」
「ああ、美咲さん、どうしたんだ?」
「天文台の方で、少し、問題が発生してね…」
美咲は、困惑した表情で、悠斗に言った。
「問題…?」
「ええ、プラネタリウムの投影機が、どうも、調子が悪くて…このままでは、開催が危ぶまれるわ」
美咲の言葉に、悠斗は、愕然とした。投影機が故障…?そんなことがあれば、プラネタリウムショーは、開催できない。
「そんな…どうして、このタイミングで…」
悠斗は、頭を抱えた。
「古い機械だから、仕方ないのかもしれないけど…何とか、修理できないか、業者に問い合わせてみるわ」
美咲は、そう言い残し、足早に病室を出て行った。
「悠斗さん…」
凛は、悠斗の落胆した様子を見て、胸を痛めた。
「すまない、凛。せっかくの企画なのに…」
悠斗は、力なく呟いた。
「そんなこと、気にしないでください。私、悠斗さんが、私のために、一生懸命準備してくれたこと、それだけで、十分嬉しいんです」
凛は、悠斗を励ますように、彼の手に、自分の手を重ねた。
「凛…」
悠斗は、凛の優しさに、胸が締め付けられる思いだった。
その時、悠斗のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、アレックスからだった。
「もしもし、アレックス?どうしたんだ?」
「ユウト、大変なことになったぞ!至急、アメリカに戻ってきてほしい」
アレックスは、電話口で、緊迫した声で言った。
「どうしたんだ、一体?」
「君の研究データが、何者かに盗まれたんだ。タイムリープに関する、重要なデータが…」
「何だって…!?」
悠斗は、驚愕のあまり、言葉を失った。自分の研究データが盗まれた…?一体、誰が、何のために…?
「詳しいことは、こっちで話す。とにかく、急いで戻ってきてくれ」
アレックスは、そう言うと、一方的に電話を切った。
「悠斗さん、何かあったんですか…?」
凛は、悠斗のただならぬ様子に、不安を感じていた。
「すまない、凛。急用ができてしまった。アメリカに、戻らなければならなくなったんだ」
悠斗は、苦渋の表情で、凛に告げた。
「アメリカに…?いつ、戻られるんですか…?」
「分からない…でも、必ず、戻ってくる。約束する」
悠斗は、凛の瞳を、真っ直ぐに見つめながら、言った。
「悠斗さん…」
凛は、悠斗の突然の告白に、動揺を隠せなかった。しかし、彼の決意に満ちた表情を見て、何も言うことができなかった。
悠斗は、その日のうちに、アメリカに戻る準備を始めた。彼は、美咲に、プラネタリウムショーの延期を頼み、健太には、凛のことを託した。
「健太、凛さんのことを、頼んだぞ」
「ああ、任せておけ。凛さんは、俺が必ず守る」
健太は、力強く頷いた。
「すまない、迷惑をかける…」
「気にするな。それより、アメリカでの用事、しっかり果たしてこい」
「ああ。必ず、戻ってくる」
悠斗は、健太と固く握手を交わし、潮騒病院を後にした。
空港に向かう車中、悠斗は、複雑な思いを抱えていた。凛のこと、盗まれた研究データのこと、そして、これから始まるであろう、新たな戦いのこと…。彼の心は、期待と不安で、大きく揺れていた。
一方、潮騒病院では、凛が、一人、病室の窓から、星空を眺めていた。彼女は、悠斗の突然の旅立ちに、深い悲しみを感じていた。しかし、同時に、彼の無事を、心から祈っていた。
「悠斗さん…どうか、ご無事で…」
凛は、夜空に輝くアルビレオに、そっと願いをかけた。
その頃、東京の大学病院では、佐々木が、凛の検査データを、改めて見直していた。彼女は、凛の病状に、何か、見落としていることがあるような、違和感を覚えていた。
「この遺伝子異常…やはり、尋常ではないわ…」
佐々木は、顕微鏡を覗き込みながら、呟いた。
「佐々木先生、何か、気になることでも?」
健太が、佐々木に尋ねた。
「ええ。この遺伝子配列…どこかで、見たことがあるような気がするの…」
佐々木は、記憶を辿るように、目を細めた。
「どこかで…?」
「ええ。確か、数年前に、アメリカの学会で発表された論文に…」
佐々木は、そう言いながら、自分の研究室に戻り、古い医学雑誌を引っ張り出した。
「これだわ…」
佐々木は、ある論文を指差した。そこには、「時間場における生体反応および、タイムリープによる遺伝子への影響」というタイトルと、若き日の悠斗の写真が掲載されていた。
「これは…桜井悠斗の研究論文…?」
健太は、驚きの声を上げた。
「ええ。そして、この論文に記載されている遺伝子配列と、凛さんの遺伝子異常が、酷似しているの…」
佐々木の言葉に、健太は、衝撃を受けた。悠斗の研究と、凛の病気…やはり、二つは、繋がっていたのか…?
その頃、星見町では、翔太が、母親の美月と、激しく口論していた。
「母さん、本当のことを言ってくれ!姉さんの病気のこと、何か隠してるんじゃないのか?」
翔太は、美月に、詰め寄った。
「翔太、落ち着いて。私は、何も隠してないわ」
「嘘だ!母さんは、何かを知ってるはずだ。20年前のこと、あの天文台で、何があったんだ?」
翔太は、美月の目を、真っ直ぐに見つめながら、言った。
「翔太…」
美月は、翔太の剣幕に、たじろいだ。彼女は、長い間、ある秘密を、心の中に閉じ込めてきた。しかし、凛の病状が悪化するにつれ、その秘密を、息子に告げるべきかどうか、葛藤していたのだ。
「お願いだ、母さん!姉さんを救うためには、真実を知る必要があるんだ!」
翔太は、美月の肩を、強く揺さぶった。
「…分かったわ。全て、話しましょう…」
美月は、観念したように、深くため息をついた。そして、彼女は、ゆっくりと、20年前の出来事について、語り始めた。
それは、悠斗の父、陽一が、この星見町で、極秘裏に進めていた、ある研究にまつわる、禁断の真実だった…。




