星のささやき、隠された真実
悠斗が凛に星の魅力を語るようになってから、二人の距離は急速に縮まっていった。悠斗は、凛と過ごす時間の中で、次第に閉ざしていた心を開き始めていた。凛の明るさ、優しさ、そして、どんな困難にも負けない芯の強さは、悠斗の凍てついた心を、ゆっくりと溶かしていくようだった。
「悠斗さん、今日は、星がよく見えそうですね」
夕暮れ時、凛は、潮騒病院の屋上で、悠斗に話しかけた。今日は、悠斗が天文台から持ってきた、小型の望遠鏡で、一緒に星空を眺める約束をしていたのだ。
「ああ。今夜は、月も出ていないし、絶好の観測日和だ」
悠斗は、望遠鏡を組み立てながら、凛の言葉に頷いた。
「星空を見ていると、心が落ち着くんです。なんだか、自分の悩みなんて、ちっぽけなものに思えてきて…」
凛は、遠くの空を見つめながら、静かに語った。
「…そうだな。宇宙の広大さを思えば、人間の悩みなんて、取るに足らないものかもしれないな」
悠斗は、望遠鏡のピントを合わせながら、凛の言葉に同意した。
「悠斗さんは、どうして、そんなに星が好きなんですか?」
凛の問いに、悠斗は、一瞬、言葉を詰まらせた。しかし、彼は、ゆっくりと、自分の過去について語り始めた。
「子供の頃、父に、よく、この天文台に連れてきてもらったんだ。そこで見た星空が、本当に美しくて…宇宙の神秘に魅了されたんだ。父さんも、天文学者だったから、いろいろなことを教えてくれた…」
「お父様も、天文学者だったんですね」
「ああ。父さんは、ここで、長い間、星の研究をしていたんだ」
悠斗は、遠い過去を懐かしむように、目を細めた。
「悠斗さんは、アメリカで、すごい研究をしていたんですよね?どうして、ここに戻ってきたんですか?」
凛の問いに、悠斗は、再び、言葉を詰まらせた。その質問には、答えたくなかった。しかし、凛の真っ直ぐな瞳を見ていると、嘘をつくことはできなかった。
「…研究で、大きな失敗をしたんだ。取り返しのつかない、過ちを…」
悠斗は、苦渋に満ちた表情で、呟いた。
「失敗…ですか?」
「ああ。…もう、この話はよそう。それより、今日は、アルビレオを見てみるか?二つの星が、寄り添うように輝いて、とても美しいんだ」
悠斗は、話を逸らすように、望遠鏡をアルビレオに向けた。凛は、それ以上、何も聞かなかった。しかし、彼女は、悠斗の心の奥深くに、大きな傷があることを感じ取っていた。
その夜、二人は、遅くまで星空を眺めていた。悠斗は、凛に、星座の話や、宇宙の成り立ちについて、様々なことを語った。凛は、悠斗の話に、目を輝かせながら聞き入っていた。
「悠斗さん、私、もっと、星のことが知りたくなりました」
凛は、満天の星空を見上げながら、呟いた。
「そうか…それなら、いつでも、この天文台に来るといい。父さんの蔵書も、たくさんあるし、いくらでも、星の話をしてあげるよ」
悠斗は、凛の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。
二人が、星空の下で、穏やかな時間を過ごしていた頃、潮騒病院では、凛の弟、結城翔太が、凛の病室を訪れていた。翔太は、凛の病状を、深く心配していた。
「姉さん、体調はどうだ?無理してないか?」
翔太は、凛のベッドの 隣に座り、心配そうに尋ねた。
「大丈夫よ、翔太。今日は、悠斗さんと一緒に、星を見たの。とても綺麗だったわ」
凛は、微笑みながら、翔太に話した。
「悠斗さん…?姉さん、あの人に、あまり近づかない方がいい。あの人には、何か、秘密があるような気がするんだ」
翔太は、悠斗に対して、不信感を抱いていた。彼は、悠斗が、凛に近づくことで、何か、良くないことが起こるのではないかと、危惧していたのだ。
「どうして、そんなことを言うの?悠斗さんは、とても、優しい人よ」
「でも…」
「心配しないで、翔太。私は、大丈夫だから」
凛は、翔太の心配を、優しく諭した。しかし、翔太は、納得できなかった。彼は、姉を守るために、悠斗のことを、もっと調べる必要があると感じていた。
その夜、凛は、急な発作に襲われ、意識を失った。健太をはじめとする医療スタッフの、懸命な処置により、一命は取り留めたものの、凛の病状は、確実に悪化していた。
「健太先生、姉さんは…?」
翔太は、処置室の前で、健太に詰め寄った。
「落ち着け、翔太。凛君は、今は、安定している。しかし、予断を許さない状況であることに、変わりはない」
健太は、沈痛な面持ちで、翔太に告げた。
「そんな…どうして…姉さんは、まだ…」
翔太は、言葉を失い、その場に立ち尽くした。
その頃、悠斗は、天文台で、一人、星空を眺めていた。彼は、凛の身に起こったことを、まだ知らなかった。しかし、彼の心は、言いようのない不安に、包まれていた。
「凛…」
悠斗は、夜空に輝くアルビレオを見つめながら、凛の名前を呟いた。その瞳には、深い憂いが、宿っていた。
翌日、悠斗は、凛の病室を訪れた。しかし、そこで彼を待っていたのは、やつれた表情の、翔太だった。
「悠斗さん…姉は、もう、あなたに会うことはできません。姉に、近づかないでください」
翔太は、悠斗を、強い口調で、拒絶した。
「どういうことだ?凛さんに、何があったんだ?」
悠斗は、翔太の言葉に、動揺を隠せなかった。
「姉は、昨夜、発作を起こして、意識不明の状態なんです。あなたと出会ってから、姉の病状は、急速に悪化している。これは、偶然ではないはずだ」
翔太は、悠斗を、真っ直ぐに見つめながら、言った。
「そんな…」
悠斗は、言葉を失った。凛の身に、そんなことが起こっていたなんて…そして、翔太は、それを、自分のせいだと、責めている…。
「お願いです、悠斗さん。もう、姉には、関わらないでください。姉から、離れてください…」
翔太は、悠斗に、深々と頭を下げた。悠斗は、その場に立ち尽くし、何も言うことができなかった。凛の病状が、自分のせいだとは、思いたくなかった。しかし、翔太の言うように、自分が凛に近づいたことで、何らかの、悪い影響を与えてしまった可能性は、否定できなかった。
悠斗は、深い失意の中、潮騒病院を後にした。彼の心は、重い後悔と、言いようのない無力感に、支配されていた。




