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「怪物に一目惚れされたらどうする?」 彼女の言う怪物はとても可愛らしいものだった。

作者:

「もし一目惚れされた相手が化け物だったらどうする?」

「は?」


唐突なそいつの質問に八雲 透こと俺は困惑していた。

そして、こいつ何を言ってるだと言う顔とたった一文字の反応を対面にいる奥野 莉那にお返しする。


同じ中学でたまたま帰る道が一緒で、たまたま同じ高校に進学したこともあり、今ではこうして馬鹿な事を言い合える仲にまでになっていた。

俺の貴重なお友達の1人である彼女は、時たまに変な事を言う。


「だから、もしさ一目惚れされた相手が人間じゃなかったらどする?って話しだよ。こう、人間じゃない相手にグイグイ来られるかんじ」

「はぁ、今度はSF小説でも読んだのか? それともギャグ小説か? 空想と現実は区別しとけよ?」

「むぅ! ちゃんと答えてよね?」


そいつは、小さい頬を膨らませながら質問に答えるように催促してきた。

いや、そんな質問に真面目に答えろって方が難しくないか?


こいつは直ぐに読んだり、見たアニメやドラマ、漫画、小説に影響されるからなぁ。

前回は唐突に魔法を使うならどんなのを使いたいって聞いてきやがった。


今回はファンタジー寄りの恋愛ものだろうか?


そんな事を考えながらも俺は部屋の中で今日出された宿題のプリントにペンを走らせる。

対して向き合う形に座っている莉那は、ペンを置いていた。


「ジー……」

「わかった。答えるからその視線を言語化するのをやめてくれ」

「わかればいいんだよ。で? 八雲はどうするの?」

「そうだなぁ」


一目惚れされた相手が化け物だったら……どうするんだ?

莉那の口調的に人間に扮している化け物なのだろう。だから、もし正体にでも気づけば、口封じのために消されるのか? それは嫌だな。


「相手が人間ではないのを知ったら……気づかないフリをするだろうな」

「なんか普通。ちょっと残念」

「お前は俺に何を期待をしているんだよ」


人がせっかく答えてやったのになぜか落胆された。


「もっとこう……写真を撮ってネットに晒すとか? それを口実に脅すとか? 」

「いや、それ犯罪な。というか、そんなことしたら食われるだろ。流石にまだ死にたくねぇよ」

「食べないよ!?」


どうやら食べないらしい。

莉那の読んだ小説に出てくる化け物は、人間を食べないタイプのようだ。


「食べないのか……」

「なんで少しだけ残念そうなの? 」

「じゃあ何が化け物なんだよ。食べないだけで襲うから? それとも姿が恐しいとかか?」

「人間は襲わないよ。姿は少し怖いかも。でもさ、人間と共存するために人の形をしてるのになんで襲ったりするの?」

「いやいや、化け物ってそういうもんだろ?」

「?」


なんでお前が首を傾げるんだよ。

どうやら、俺とこいつでは化け物に対してかなりの認識のずれがあるらしい。


「はい、今から幾つか質問するから答えなさい」

「sir,yes,sir !」


大変素晴らしい返事だこと。なんで軍隊のような返事なのかは気にしないことにする。


「まず一つ目、その化け物は人間を食べますか? または、襲いますか?」

「食べないし、襲わないよ」

「二つ目、その化け物の近くにいた場合、人間が死ぬ事はありますか?」

「あるわけないよね。なにそれ、呪い?怖っ」

「……三つ目、その化け物には何か特別な力とかはありますか?」

「ある。でもそれは、特徴みたいなものだから基本的には人間と変わらないよ?」


なるほど……うん、化け物じゃないな。


「以上で質問を終了します。結果が出るまでお待ちください」

「はい!」


俺は目を瞑り、考える仕草をしてから目を開ける。ワクワクした表情を浮かべながら、莉那は待っていた。しかし、俺はそんな莉那に対して厳しい現実を突きつけないといけない。


「結果が出ました。あなたの言う化け物は……化け物ではありませんでした」

「なん……だと?」


orz のような姿勢になる莉那だが、直ぐに手を挙げる。


「はい! 裁判長、意義あり!」


いつから俺は裁判長になったのかわからないが、もう暫く付き合おう。


「許可します」

「被告側は化け物の事を甘く見てます。彼らの本来の姿はとても恐しいものであり、意識を保っていられません」

「なるほど……それを実際に証明することはできますか?」


俺は少し意地悪してみることにした。裁判といえば根拠の証明だろう。証拠がなければ、その言葉は風に吹かれる塵に等しい。


「ぐぬぬ……それはできない」

「では、これにて裁判を終了します。というか、早く宿題を終わらせてくれ。俺は終わったぞ」

「なにぃ!? いつの間に」


こうして話をしている際にも俺は片手間にプリントの問題を解き終えていた。

グラスに注がれたお茶を飲みながら一息つく。


それにしても莉那は、化け物に対しての認識が随分と変わっていたな。普通に考えれば、人間を食べたり、襲ったりして殺す存在のことを化け物と呼ぶかと思えば、莉那にとってはそうではないらしい。


「うーん、んー?」

「どうした? わからない問題でもあったか?」

「違うよ。八雲はさ、私の言う化け物は怖くないの?」

「怖いか、怖くないかで言えば…怖いだろ」


それはそうだ。いきなり人間ではない存在が現れたのなら悲鳴を上げるだろう。

だが、それが人畜無害だと知れば多少の怖さは抑えられて、やがては慣れてなくなるだろうな。


「そっかぁ」

「でもその怖さは知らないからだ。人は知らないことに対して恐れを抱く。それは、当たり前のことだ。だから、その化け物についてもっと知れたら怖くなくなるかもな」


まぁ、化け物が自分のことを懇切丁寧に教えてくれるわけがないだろうが。

というか、化け物に説明してもらう機会がねぇよ。


「じゃあもっと知ってもらえば……」

「うん?」

「私、ちょっとお手洗いを借りるね」

「おう、行ってら〜」


ここで不思議な会話は終わった。

トイレにしては長いなと思いつつも漫画を読みながら待っていると扉が開く。


「お、お待たせ〜」

「……」

「そう言う事で、知ってもらうためにやって来ちゃいました。がお〜?」


だが、話には続きがあったらしい。

扉を開けて出てきたのは莉那であった。しかし、その莉那には耳と尻尾が付いていた。

綺麗な狐色をした尖った耳とふさふさで重量感のある尻尾がその存在を主張していた。


狐なのにがおーは、違くないか?


俺はそれを見てただ一言莉那に言う。


「ハロウィンは終わったぞ?」

「違うよっ!?」


どうやら違うらしい。


「じゃあ、早めのエイプリルフールか?」

「それも違う! よく見て、ほら、ちゃんと動くよ?」


ピクピク耳は動き、尻尾はフリフリと振られている。


「ほぉ、よく出来たコスプレだな。ボタンとかで操作してるのか? いや、最近はセンサーとかで勝手に動いたりするか?」


俺が認めずにあれこれ適当なことを言っていると尻尾を押し付けられる。


「この分からず屋め。……これならどうだ!」

「ふぁふあだな?」


顔に押し付けられるはふさふさの尻尾。

その肌触りから本物のような温かさまで感じる。

と言うか、フサフサだなぁ!? あったけぇ。


「はぅあ?! んっ あ、あんまり……モゴモゴしないで? 擽ったいから」

「じゃあ押し付けるなよ」


俺は尻尾を退ける。


「なっ! だって、だってぇ〜!」


まるで悪いのが俺だとでも言うような目で見てくる。被害者はどう見ても俺である。


「……で、その姿は?」

「え、まだわかってないの? 嘘でしょ? 流石に鈍いにも程があると思うんだけど」

「違う。いや、違くはないけど」


いきなり過ぎるんだよ。そんな言葉を飲み込む。


「実はドッキリでした! とかは無いよな?」

「……うん、これが私の姿、化け物の姿だよ」


少し自分の姿を卑下しているかのような言い方で言う。

俺は莉那のことをもう一度よくみる。

人間には無い耳と尻尾……確かに化け物と言えばそうだな。あと目の色が少し変わったか?

黒目が少し明るい薄紫のような色になっている。


そんな姿を見た感想と言えば可愛いだった。

到底、怖いなんて言えない。いやきっと誰だって言うぞ?可愛いって。

そもそも、莉那の容姿は整っている方だ。それが多少耳と尻尾が生えたからと言って崩れるわけもなかった。


「怖い?」

「いや、可愛いぞ? 似合ってるし」

「ッ!?」

「ところでその人間の耳はどうなってるんだ?」


そう、莉那には耳が四つある。人間の耳と狐の尖った耳だ。それは摩訶不思議な姿になっているわけだが……。


「え、耳? あ、消すの忘れてた。ほっ!」

「消えた。えぇ、そんな感じで消せるのか」

「いつも付けてるから忘れちゃった。あぁ、完全に動物の姿にもなれるけど、今はやらないよ?」

「な、なぜだ!?」


狐の姿になれるんだろぉ!? モフモフさせてくれよぉ。ギブミーモフモフ。


「やけに食い付くね。だって、完全に動物の姿にもなっちゃうと服を脱ぐことになるし……」

「あっ」

「……それは恥ずかしいから」

「それは、ごめん」


配慮が足りていなかったようだ。危ない、一歩間違えればセクハラ……いや、ギリアウトか?


「警察は勘弁してください」

「呼ばないよ! と言うか、呼べないよ。なんて説明するの? 動物の姿になれって言われましたって? 馬鹿にされて終わりだよ」

「確かに……じゃあ合法か?」

「噛みついちゃうぞ♪」

「はは、冗談だ。だから犬歯を覗かせないで?」


割と鋭く尖った歯がチラリと見える。

なるほど、人の歯とは少し違うみたいだ。あれで噛まれたら痛そーだなぁ。


「ふふ、冗談だよ」


目がね笑ってないんですよ。


「一旦、落ち着くか」

「そうだね」


俺は莉那の空いたグラスにお茶を注ぎ、いつ間にか空になっていた自分の物にも注ぐ。


「冷えてるお茶ってうめぇな」

「ふぅ……いや、そうじゃないよ!?」

「ん?」


何か言いたげにグラスを置く。ガラス製なので割れないよう静かに置いてくれてる。


「なに、その何かあったか?みたいな顔。あったでしょ!? 私の一世一代の発表が!」

「あぁ、それね」

「そうそう。この耳と尻尾」

「似合ってるぞ?」


俺がそう言うと莉那は顔を少し赤くして照れる。

だが、 それと同時に頭を抱えて首を振る。


「う、うぅ……違うよ。想定してた反応と違い過ぎるよぉ!」

「なるほど、因みに想定してた反応は?」

「えっ? えっとぉ……化け物め! こっちに近づくな! 早くこの家から出ていけ! とかかな?」


莉那の大根役者っぷりはほっとくとして。

仮にだ、俺がそんな事を莉那に対して言ったりしたら……。


「お前、それ泣くだろ」

「泣くね! コンコン泣いてやる」

「喧しいわ。と言うか、やっぱ泣くのかよ」

「泣いてる私をほっとけない八雲を徐々に絆していく計画だったの!」


なんと言う恐しい計画を企ててやがったんだ。

俺が人の涙に弱い事を知ってるくせに。


「そりゃあ、無駄になって残念だったな」

「ううん。それ以上に嬉しかったから」


安心し、照れくさそうに笑う莉那。


「俺が怖がらなかったことか? 誰だってこんなもんだろ」

「それは違う。私のこの姿を見て気味が悪い、怖いって感じる人もいるよ。寧ろそっちが普通かな」

「へぇ〜、損してるな」


美少女のケモ耳姿だぞ? それを気味が悪いとか、鼻で笑っちまうなぁ?


「そういう所だよ?」

「何がだ?」

「なんでもない。それで、もう一つ言っておきたいんだけど」

「なんだ?」

「化け物に一目惚れされたらどうする?」


莉那のその質問の意図は理解出来ていた。

彼女は照れながらも妖艶な笑みを浮かべ、俺に聞いてきた。


俺はその莉那の表情にドキッとさせられる。

普段はあまり見せないその顔に少しだけ見惚れてしまう。


「ね、ねぇ? 私、聞いてるんだけど。何か言ってくれないと恥ずかしすぎて、逃げちゃうよ?」

「あ、すまん。見惚れてたわ」

「はぅあ!? 」


先ほどまで勝ちを確信していた余裕のある表情は消え、慌てたように頬を朱に染める。

莉那は落ち着くためにまたお茶を仰いだ。


「ほんとっ! そういうの駄目だからね? 純情を持つ私を揶揄うの駄目だと思うよ」

「はんっ」

「鼻で笑われただとっ!?」


人の弱みを計画に組み入れる奴が純情を持っているわけないだろ。


「だってお前の顔、ムカついたし」

「酷くない!?」

「だってさっきの顔。いかにも勝ち確です!みたいな顔しやがって。あんな顔されたら崩したくなるだろ?」

「えー? そんな顔してたかなぁ」


ムニムニと自分の顔を触る莉那と揺れ動く尻尾。

俺の視線が尻尾にある事に気づいた莉那は、尻尾を隠すように自分の体の後ろへと動かす。


「そんなに尻尾好きなの?」

「いや、狐と言うかふさふさの尻尾がなぁ。触ってもいいか?」

「いや、別にいいけどさ……そのぉ」

「マジ? サンキュー」

「さっきの返事は?」

「あぁ、あの返事ね。っと」


俺は尻尾をモフるために莉那の隣へと移動する。

いつからだったか、ずっと今まで誤魔化していたが、漸く自分の気持ちに素直になれる。


なのでこの言葉を言うのに躊躇いはなく、すんなりと口から流れるように出た。


「好きだぞ、莉那」

「ッ! ……返事になってないんだけど?」

「でも尻尾は嬉しそうだぞ」

「くっ、自分の体が恨めしい!」


不服そうな莉那の声とは裏腹に尻尾は盛大に揺れていた。もうフリフリである。


「はい! どうぞ!」


半ば投げなり感のある「どうぞ」だったが、気にしないで俺は尻尾に触る。


「おぉ……本当にモフモフだな。あぁ、我が理想郷はここにあったんだな」

「何馬鹿なこと言ってるの?」


莉那は俺の言葉に呆れた声を出す。


だってな? ここはリアルなんだぜ?

リアルでこんな尻尾を触れて、愛でることができるなんて……最高じゃねぇか。


「なんか、自分の尻尾に負けた気分なんだけど」

「尻尾も莉那の一部だろ? 何も問題は無い」

「そうだけどさぁ……でもぉ」


何やら勘違いをしてそうなので、俺は改めて伝えてみる。


「第一、俺はお前にずっと前から惚れてる。尻尾だけが好きなんじゃないからな?」

「そう言うと喜ぶと思ってるの?」

「ほれ、喜んでるぞ?」

「うぅ……やっぱり恨めしいよぉ」


莉那は尻尾を俺から取り返す。

もう少しだけ触っていたかったが、そんな事を言えば拗ねるだろう。


「本当にいいの?」


改めて莉那は俺に聞く。

莉那は別に俺の言葉を疑っているわけではない。ただ不安なんだろう。俺が同じ立場でも不安になる。今まで断られる事を前提に考えていたみたいだし、莉那は自分の素晴らしさに気づいていない。


「お前、今まで何人の男に告られた?」

「えっと……10人くらい?」


多っ!? なに、こいつそんなに告られてたの?

せいぜい4、5人くらいだと思ってたんだがな。


「それが答えだ。お前は可愛い、耳と尻尾があるお前も可愛い。おまけに性格も良い。俺が一体なんの不満を持つ?」

「で、でも、私は人間じゃ」


俺は揺れている尻尾を掴む。


「ひぁ!? な、何するの!」

「うるさいぞ。人間とか人間じゃないとか関係ないんだよ。俺にはそんな事はどうでもいい。わかったか?」

「……かっこいいセリフだけど、尻尾に頬擦りしながらだと台無しだよ」


ありゃ? ついうっかりしてたな。

だが、俺の前で揺れるコレがいけないと思う。


「本当に私と付き合ってくれるんだ。こんな化け物の私と」

「寧ろ俺からお願いしたいね」

「……」


俺がそう言うと少しだけ目を丸くした後に期待のこもった目を向けられる。


あー、言わなければよかったか。やめてくれ、その上目遣いは俺に効くから。


どこかの鈍感系主人公ではない俺は、容易に莉那の考えている事を察する。


「んー、よし。莉那、こんな俺でよければ付き合ってくれないか?」

「はいッ!」


少し涙目になる莉那はいつもの明るい笑顔で答えてくれた。


きっと俺の顔は終始真っ赤なのだろう。

想いを伝えた時から顔が熱くてたまらない。

まぁ、そんな俺を茶化さないのはきっと、莉那も同じだからだと思う。


さて、晴れて交際関係にまで発展してしまった俺たちだが莉那は一つ忘れていることがある。

もう振り切ったのか、照れることなく素直に俺に甘えてくれる莉那にはとても残酷なお話だ。


「なぁ、莉那?」

「ん?」

「……宿題のプリントは終わらせろよ?」

「あっ」


時計を見ればもう莉那は家に帰る時間だ。

つまり、あとは1人でやって来るしかないのだ。


「やぐも〜」


莉那は、俺の持っている既に答えが書かれたプリントに目を向けながら甘い声を出す。

だが、俺は心を鬼にして首を横に振る。


「駄目だ。勉強はちゃんとやらないとな?」

「うぅ…! じ、じゃあ、尻尾! 私の尻尾を好きなだけ触らしてあげる。だから、ね?」


くっ! なんて魅力的な提案なんだ。

いつからこんな交渉が上手くなった?

だが、常に赤点を回避するかしないかで彷徨っている莉那のことを思えば、断るのが正解だろう。しかし、そうすれば尻尾が……俺はどうすれば。


「だ、駄目に決まってるだろ」

「この私に差し出しているプリントは何かな?」

「はっ!? いつの間に」

「いただきぃ!」

「くっ!」


負けた。

やっぱり尻尾の誘惑には勝てなかった。


「どうせ俺は極上の尻尾に負ける雑魚なんだ」

「そんなに私の尻尾が好きなの?」

「大好きだな」


数秒の間も置かずに答える。

その勢いに若干莉那は引いている。


「なっ!? そ、そこまでなの?」

「俺はお前の尻尾に物凄く感謝している」


ありがとう、モフラーの夢を叶えてくれて。


「一応、私が本体なんだけど?」

「本体も大好きだぞ」

「な! あぅ、……ならいいけど」


おーい、隠しきれてないぞ?

表情を取り繕うより、暴れている尻尾をなんとかした方がいいぞ。

あとこの尻尾、感情表現が豊かすぎじゃね?


時計の針が17時を指す頃、夕暮れから次第に空が暗くなってきた。


「そろそろ帰れよ? 家の人が心配するぞ?」

「うん、そうするね。コレもゲットできたし」

「忘れるなよ? 俺まで被害が出る」

「わかってる」


莉那が荷物を鞄に入れ、帰る準備をする。

俺はグラスを片付けてから玄関先まで見送る。

俺の部屋を出る時にはもう人間の姿に戻っていた。まるで魔法のように耳と尻尾を消していたので、本当に現実なのか疑ったくらいだ。


「じゃあまた明日な」

「うん……ねぇ」

「なんだ?」

「私も八雲のこと大好きだから」


かなり恥ずかしかったのだろう。

言い切ると俺の反応を待たずに走り去ってしまった。


熱を冷ますかのような風が今は心地よく感じる。

家に入り、どんな顔をしているのか気になった俺は、玄関にある姿見を見る。


「はは、口角上がりすぎだろ」


俺は自分のにやけた顔を見ながら自嘲するように言ったのだった。


====================


私には好きな男の子がいる。

名前は八雲 透、いつもは八雲って呼んでる彼の事をいつかは下の名前で呼びたい。


いつから好きになったかと言えば、最初からと言えばいいんだろうか。

私は、所謂一目惚れというものをしてしまったのだ。

そんな物語のような事があるんだろうかと考えてしまうが、実際に起きてしまったのだから仕方がない。


忘れようとしても無理でいつの間にか目で追っている自分がいて、どうにか同じ高校に行けないかと彼の友人に協力して貰ったりした。


側から見て私ってかなりやばいよね?

まぁ、それぐらい必死に頑張るわたしだけども一つだけ大きな問題を抱えていた。


それは、私が人間じゃないこと。

正確に言えば別の存在が混じっているのが正しいようだけど、そんなのは他人から見ればどうでも良い事だよね。


私のご先祖様は狐の神様と結ばれたらしい。そして代々その血は引き継がれていき、今の私に至る。


狐の神様ってなんですか? どうして私は人間じゃないの? というか、神様と結ばれるってなに?


何度も疑問に思い、なんとかならないかと思ったが、どうにもならず……私は自分が人間ではない事を受け入れた。


受け入れた理由は、私のような女の子が実は他にもいたからだ。

自分だけが特別ではなく、仲間がいた。それだけで私は救われた。

そして、そういったコミュニティーの中で仲良くなった人もいる。


そんな人達のお陰で私は受け入れる事ができた。

そして彼と一緒に帰るまで仲良くなった私は、コミュニティーの人に聞いたある方法を試してみた。


それが魔法ってあると思う? であったり、人間以外の存在ってどんなのがいると思う? だったりとかなりふざけた内容の質問をする事だ。


いろいろ聞くことでその人が自分たちのような存在を受け入れてくれるのか試すらしい。


かなり怪しい方法だと思ったし、正直に言ってかなり恥ずかしい。

彼の戸惑った顔は忘れそうにもない。でも、彼はちゃんと私の質問に面倒くさそうにしながらも答えてくれた。


そして遂に私はやってのけた。

流れというか、かなり強引なあれだったけどね。

彼は私の手を振り払わずに握ってくれた。


今思い返して見ても彼から言われた言葉ににやける顔が止まらない。

どれだけ嬉しかったことか。どれだけ幸せか。

最後の最後に一言だけ言って走り去ってしまったけど、私の拳は握りしめられていた。


「やった…やったぁ。うぅ、よかったよぉ」


思わず声が出る。

そして、家に帰ると涙を流している私にお母さんは慌てて駆け寄ってきた。


「ど、どうしたのよ!? 誰かに何かされたの?」

「違うよぉ、私…私ね、受け入れてもらえたの」


そう言うとお母さんはキョトンとした顔をした後に私のことをギュッと抱きしめてくれた。

優しく頭を撫でてくれる。


「あらあら、じゃあ泣かないの。その受け入れてくれたのは例の八雲君かしら?」

「…うん!」

「まぁ! 初恋が実ってよかったじゃない。受け入れてもらえたって事は彼は知っているのね?」

「うん。知ってる」

「まぁ、その件については今は怒らないわ」

「ごめんなさい」


私の行動は慎重さに欠けていた。本来であれば、もう少し様子を見て、家族に相談してから彼に伝えなければならなかった。

でも、私はもう限界だった。彼をこれ以上騙したくなかったし、自分の思いを誤魔化したくなかった。


「……なら明日にでも家に連れてきなさい」

「え?」

「当たり前でしょ? お母さん、授業参観で見たけど彼は有料物件よ? 他の子に取られる前に囲わないとね。逃げられちゃうわよ? お父さんにも連絡しないとね。儀式だけでも先に済ませた方がいいかしら……これも相談しないと駄目ね」


お母さんは物凄く真面目な顔でとんでない事を言っていた。それに何か物騒な事を言っている。


「ねぇ莉那?」

「ん、何?」

「その八雲君とは結婚する気はあるのかしら?」

「ふぇっ!?」


結婚!? 私が八雲君と?

思わず想像してしまう。一つ屋根の下で彼と暮らす日々を。

そこには物凄く幸せな光景があった。


「その表情だけでわかるわ。若いっていいわ〜」

「お母さんっ!」

「別に茶化してるわけじゃないわよ。私たちを受け入れてくれる人間は貴重よ? だから、一度手を握ってくれた相手は絶対に逃しちゃ駄目なの」


お父さんもそうだったのかなぁ。

どうしよう、八雲君のことが心配になる。


「いいの? 八雲君が別の誰かに取られちゃっても」

「え、でも付き合ってるんだし」

「甘いわね。高校生の交際なんて側から見たらお遊びに過ぎないのよ? ほら、想像して見なさい。他の誰かと仲睦まじくしてる八雲君を」


私以外の女の子と仲良くしてる八雲君か。

想像してみると様々な感情が浮かぶ。


悔しい、悲しい、寂しいと言った感情と知りもしない女の子に対しての怒りだった。


「ね、 嫌だったでしょ?」

「うん」

「じゃあ、お父さんが帰ってきたら家族会議ね」


八雲には悪いけど、絶対に逃さない事を胸に誓う私だった。


狐娘なのは、私が最近のYouTubeで狐の動画を見てたからです。

狸か狐で悩みました。

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