第3話 首都へ、特急ヘンドリット号
アリシューザに押し負けてから三週間が経過、3月に入り試験まで残り一日となった所だ。
「えーっと、替えの服に身分証明書…ぐらいか、あとお金をちょっとだけ持ってくとして…」
正直何を持ってけばいいかなんてよく知らない。
一応調べたけど自分の身分を証明する物だけあればいいとしかわからなかった。
前回の時は偽名で入ったので、今の私を証明する物は何もなく、仕方ないので役所に行ってわざわざ身分証明書を作ってきたのだ。
今のところ鞄に入ってるのは財布と身分証明書、眼鏡しか入ってない。
「殿!準備万端ですか?」
まあ、多分、という顔で頷いておく。
何故かアリシューザは少し怪訝な顔でこちらを見てきているんだが…。
「え~、本当ですか~?ん~、まあいずれ気付く忘れものなので大丈夫でしょう!」
なんだそのふわっとした忘れ物は…。
もう歳だからって事か?私まだ48歳だからね?
人生の折り返し入ってないからね?
「それより、本当に駅まで見送らなくていいんですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
そう、本当はアリシューザが駅までついてくと言っていたんだが、これには私なりの考えがあるから断っておいた。
アリシューザの言う自身を見つめ直すというのなら家を出た所から始まると思うから、だ。
それにここ10年以上アリシューザと一緒に行動していた私にとって、何事も一人でというのは久々。
少し楽しみでもあるからだった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいであります!殿!!」
まず、エイミー帝国王都に向かわなければならない為、とりあえず歩いて近くの駅まで向かう所から始まる。
…と言っても歩いて三十分くらいはかかるのだが
まあ少し運動がてら歩くというのも悪くない。
電車に乗ったら座れるのが確定している事もあるし。
ウィズベリー駅というのが最寄り駅だ。
王都行の電車が来るのはあと一時間後、三十分も余裕があれば大丈夫だろう。
三十分、いや三十分は過ぎたか。
ウィズベリー駅に到着した。
この駅を通る路線は一つしかなく、魔物の国、ヘンデリュート国とエイミー帝国が共同開発した路線、ヘンデリックス・エイミー国立鉄道だ。
向かうはエイミー帝国首都方面で、肝心の乗る電車は…あと十五分後か。
思ったより歩く時間がかかってしまったようだ。
まあ、間に合っているので特に問題はない。
十五分後に来る電車はこの国立鉄道の花形、特急ヘンドリット号である。
しかし何故かこの特急、この何もないウィズベリー駅に停車する。
明確な理由は不明で、利用状況もよくなく、観光地でもなく…とまあよくわからない。
が、私が考える可能性が一つだけある。
それは本人に直接聞くからその時にしよう。
ちょうどそいつも首都に居るからね。
『まもなく~、えー。エイミー帝国首都方面に特急ヘンドリット3号がまいります~』
この特急、電気機関車1両の客車が8両と長い。
停車駅も少なく、終点のエイミー帝国首都中央駅まで約二時間と言ったところか。
そんなこと考えている間に、ゆっくりとヘンドリット号が入線してくる。
適当に立っていたが、どうやら六号車のようだ。
まあ指定席とかないから何号車だろうと関係ないが
車両に乗ろうとすると、中から乗務員が出てくる。
「どこまで乗車されますか?」
この鉄道は特急のみ車内で精算する仕組みとなっている。
昔ながらのやり方を取っているだけで、通常列車は駅で支払うようになっている。
「終点まででお願いします」
「エイミー帝国首都中央駅までですね。2500エイミーです」
距離はどのくらいかわからないが、飛ばして二時間かかる距離だ。妥当な金額だろう。
車両の中に入ると、綺麗な木目調の床と壁に、緑色の椅子が進行方向に沿って並んでいる。
この車両、一応木造電車ではないらしいが、そう見えるくらいレトロな車両なのは明らかだ。
適当な席に座り、窓枠の下に肘を置き、寝るかそれとも本を読むか、はたまた景色を眺めるか悩んでいると、列車は動き出した。
だいたい十分程度止まっていたのだろうか、考えている間というのは昔からそうだが時間の経過が早い。
『本日もH・E国立鉄道をご利用いただきまして_____』
ああ、ダメだ…。
車内放送の時点で眠くなる…どうせ目的地は終点だ。
大人しく寝る事にしよう。
これももしかして歳のせい、かな?
そんな身体の我儘に任せて、私は意識を手放した。
物音と人の話し声で目が覚める。
もう二時間経ったのかと少し考えたが、この車両の連結部付近に設置されている時計を見る限りそうではない。
どうやら停車しているようで、恐らくウィズベリー駅の次に止まる駅、サーモンド駅だと私は思った。
サーモンド駅があるサーモンド地方は、いわば旧都。
元本国のドザーナ王国がまだエイミー家に独立される前の首都だった。
現在はエイミー帝国首都に次ぐ第二都市で、人口も首都に次いで2位である。
ここがサーモンド駅なら次は終点のエイミー帝国首都中央駅だろう。
一応無防備に寝ていたとはいえ、人の気配には誰よりも気付く自信がある。
どうやら物の配置は変わってなかったので、物が盗られている事はなさそうだ。
まあ見た目が変わってないだけなので中身までは知らないが、そんな巧妙な事をする奴もいないだろうと思った。
「…という事は、あと1時間くらいか」
そんな事を呟きながら窓の外を見る。
さすが旧都というだけあって、古い木造の家々が並んでいるのが見える。
ウィズベリーほど田舎ではないものの、どこか懐かしさを感じるいい町だ。
一度起きてしまったらもう二度寝する事は無い。
と私は思ったが、どうやら身体はそうではないらしい。
そこまで私は年を取ったのだろうか?
そんな疑問も小さく呟きながら、私はまた意識を手放したのだった。
『____まもなく~、エイミー帝国首都中央。終点でございます』
そのアナウンスを聞いて私は目が覚めた。
どうやらもうすぐ着くらしい。
特急ヘンドリット号はやはり特急というだけあって到着までの放送が少し早い。
今から少し身体を伸ばして外の景色を眺める余裕はある。
まあ首都中央駅は終着駅なので着いてから準備してもいいとは思っているが。
しかし、首都か…。
恐らく退役後一度も行ってないから、本当に10年ぶりだろう。
近くに見える大きな教会や役所の建物はあまり変わらない。
ゆっくり駅に入る列車の窓から、10年前と変わっているようで変わっていないような景色。
懐かしさに少し頬が緩んだが私は懐かしみに来たのではない為、すぐさま降りる準備を始める。
朝がそんなに早くなかった事もあるし、ここまでほとんど寝てきたというのもある、体調は万全だ。