第21話 在りつづけること
「君には、知る権利がある」
え…?
私は思わず、固まってしまう。
こちらから顔が見えていなかったとはいえ、もっと早く気づくべきだった。
一見女性にも見える、長く美しい銀髪。
優しく包み込むような…でもそれでいてどこか後悔の募る声色。
お父さんの娘で、なおかつ私の姿を見ていないにもかかわらず、私の名前を知っていた事…。
「バースリー・クラン少将……?」
どうして…ここに…。
「10年以上…いや、もう君と会った時点で…私の本当の目的が何か、自分で分かってなかったんだ」
私はずっと、家族を守らなければならない。
そういう使命なのだと、勝手に、誰にも頼まれてないのに、そう思っていた。
「もうとっくに何かわかってないのに…頼まれたわけでもない使命しょい込んで、勝手に堕ちていったんだ」
でもあの時はあの時で、何もなかったわけじゃない。
「私はね、自分が帝国軍に居る時に…全て終わらせたかったんだよ…」
この戦争を…戦いを…もう、シュネルやアリシューザのような血と涙で覆いつくす世界は嫌だったから…。
「でも…それは一番最初に軍に入った時の目的じゃなかった…」
だからあの時の私は…自分の命なんて顧みらなかった。
でも…それがシュネル達…特にシュネルにはどう映っていた?
死に急いでいるように見えただろうか…それとも…。
「その目的は…言葉にはうまく言い表せない…。だけどね…」
彼女の話を聞いて…いつかロッグハート少佐が私に何度もかけてくれた言葉を思い出して…。
ようやくわかったんだ…。
「10年前…あの時点で、私の欲しかったものは手に入ってたんだ…」
「……」
ならばどうして…と、そんな顔をしていたコロナードは涙が垂れてくる。
彼女は気づいていないのか、それを拭おうとも、隠そうともしなかった。
私はそんな彼女を気にせず続ける。
「でも見失っていた、わからなかった…。それだけじゃない」
気付かなかった、知らなかったでは…到底許される事ではない…。
「私は君の言う通り、あの場所を捨て、そして行方をくらました…。国を裏切ったと言われても同然だ…」
本当に私は最低だよ…。
「私自身が行方不明になっているとは知らなかったとはいえ…」
「え……」
「いや、当時の私の心情を考えれば同じ事か。仮に知っていても私は否定しないどころか…」
「…」
「むしろ死んだ事に…初めから居なかった事にしてほしいと、頼んだかもしれない…」
……。
だけどそれは、間違えたから。
「ずっと考えたさ。あの選択は間違いだったのか、そうじゃなかったか。まあ…答えは明白だね」
もう私は二度と間違えない。
「さっき、何の目的があるのか聞いてくれたね」
「……」
彼女は未だ涙を拭かない。
「10年前…私が何を目的に軍に入ったのか…言葉には出来ないだけで、もう見つけているはずなんだ。
それを、もう一度見つける事」
これは、アリシューザがくれた最初で最後のチャンス。
もう一度やりなおせると、私に言ってくれたんだ…。
「そして、もう二度と、私自身を見失わない事…。二度と、間違えたりしない事…」
私は今、どんな顔をしていただろうか…。
「それが、私の目的だよ」
後悔してもしょうがない。
時間が戻って、あの時に戻る事なんて出来やしない。
だったら、もう間違えない。
もう一度、やりなおせるのなら…。
彼女は私の話を聞いた後、はっとしたのか、自身の涙に気付き背を向け急いで拭う。
そして、背を向けたまま
「…じゃあ貴方は、10年前とっくに本当の目的を達成して、手に入れていたにもかかわらず、あろう事かそれを捨てて…それで10年経った今!のこのことこの場に現れた…という事ですね!」
「ああ、そうだよ…」
10年…私にとってはあっという間だったが…。
10年も経ってしまった…。
「本当に失望しました!!」
「……」
弁明も言い訳の余地もない。
本当にその通りだ。
「さっき…君は私を超えられていないと言ったね」
「ええ、言いました」
「君はもうとっくに…私を超えているよ」
「…っ!!そ…そんな事はありません!!」
これだけは否定しなければならない。
「あるよ…。だって君は、逃げなかったじゃないか。この場所を、捨てなかったじゃないか…」
「!!!」
「私は全部捨てたんだ…誰か家族の一人でも失ったわけじゃないのに…。とても小さな〈噂〉に惑わされて…そんな事で居場所を、仲間を、家族を捨てた私を…君が超えていないはずがないだろう……?」
「私は…私は…」
そう…もうバースリー・クランという最低な幻想に惑わされない為にも…否定しなければならないんだ。
「私は!!バースリー少将を超えられてはいません!!!」
この静寂にしかならない墓場に、大きく、そして私にとても響いた。
どうしてそう…私に囚われるのか…。
君が私の事を最低だと…裏切ったと…切り捨てたじゃないか…。
「少将は…それでも思い出したじゃないですか…私の事を…」
……。
だからどうした…思い出したから…私を超えていないと言うのか……?
「少将は…確かに間違えて…捨てたかもしれません…」
そういう彼女は…大粒の涙を…いっぱいに目から、零れさせていた。
「でも!!思い出も!!何もかも全部を!!捨てたわけじゃありません!!」
彼女は…崩れ落ちるように地面に座り込んでしまう。
「お願いです…私の目標で…在りつづけてください…少将…!!」
嗚呼…なんということだろうか…。
彼女を裏切るだけじゃなく、失望させ…さらには泣かせてしまうとは…。
本当の本当に…最低だ…。
最低でどうしようもない…屑だ…。
私は目線をコロナードちゃんからさっきの空へ向ける。
一度大きく息を吸って…息を吐いた。
「…コロナード・ロッグハート大将」
「………」
「先程私に向けた殺気、見事だった」
「……」
「思わず私も少し動揺したよ。本当だ」
「……」
「だけど、それでは私を超える事は出来ない」
「…っ!!」
「この私を…超えたいか?」
「…はい!」
小さく…でも、力強く…。
「私なら、君を強くしてやる事ができる。私についてこい」
「はい…!!!」
今度は大きく…そして力強く、彼女は返事をした。
これでいいんだろう。
彼女がそう望むのなら…。
もう少しだけでも…『伝説』として…彼女が私を超えるその時まででも…そこに居る事にしよう…。
「それで…墓参りしていいかな?」
一つ置き、そう彼女に聞く。
「はい…」
本当は、手を合わせて何も言わないつもりだった。
だけど変わった、彼女によって…。
もう聞こえないかもしれないけど、言わなければならない。
…私は敬礼をして、
「…少佐。ようやく、貴方がいつも言っていた言葉の意味がわかりました。
本当にたくさん聞きましたから、最初はそのままの意味で捉え、
ずっとそのままだと思っていました。
だけど、違いました。貴方の自慢の娘さんのおかげです。
10年…掛かってしまいました。
結局生前1度も、あれから会う事も出来ず申し訳ありません…。
チャールズ・ロッグハート少佐…いえ、大佐。
私はもう間違えませんし、見失いません。
もう一度、やりなおせるのなら…私を…私達を…見守っていてください」
彼がそれを言い終わった直後、今まで曇って真っ暗だった墓場が急に蒼く、明るみだす。
雲が晴れたのだろう、彼女には…それがとても神秘的で…まるで父が彼のそれに答えたかのように見えた…。
彼女はもう一度立ち上がり、彼に背を見せる。
「今…話した事は全て、私は覚えていません。見てもいません…これでいいですね…?」
「ああ…よろしく頼むよ…」
もう就寝時間も近い、すぐに戻らなければな。
「じゃあ、私は戻るよ」
「……」
彼女からの返事は無かった。
その代わり…彼女はまた、彼を呼び止めた。
「あの…!」
「…ん?」
彼女はその場で敬礼をして…
「お帰りなさい!バースリー少将!!」
そう…彼に言った…。
「…ああ、ただいま」
彼もまた…そう返した。
『そうか、大尉になったか!僅か1年で儂を追い越しおってー、ワーッハッハ!!』
『ロッグハート少尉、いつまでも私は貴方の部下ですよ。なので、ずっと上司で在りつづけてください』
どうして忘れていたんだろうか…。
私もまた、同じ事をしていたというのに…。
こうして彼は、二度目となる…長い帝国軍初日に、幕を閉じた。
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『お帰りなさい!バースリー少将!!』
『…ああ、ただいま』
「フフッ、また一つ、実験が成功したみたいだ」
兵士寮の7階、自身の部屋から人知れず墓場を見下ろしていた教授は、
手に持っていた機械を"ピッ"という音と共にその機能を停止させた。
「なんだ、また何かやってたのか?」
唐突に、どこからともなく声が聞こえた。
「オイオイ…ここは7階だぞ?どうして外からキミが現れるんだ…?」
気が付けば窓が開いていて、声の主がそこに居た。
「なあに、私は"跳べ"るんでね」
「あーそうか、そうだったね。キミに会うのが久々だったから、すっかり忘れてたよ」
「それで?何の実験が成功したんだ?」
窓越しに、とても興味津々に聞いてくる。
「なあに、ちょっと裏で手を回して、互いのわだかまりを無くしたってとこかな」
「案外お人好しなんだねえ…意外だよ」
「まあ、ぼくがどうこうというより、頼まれた事でもあったからね」
「面白いネタの提供、ありがとね…。それじゃあ私は帰るとするよ」
はて、一体どこに帰るというのだろうか
「私は今、ここに居てはいけない存在だからね」
「ああ…なるほど、理解」
そう答えた時にはもう『奴』はそこに居ず、どこかへ跳び去っていった。




