第20話 話さなければならない
兵士寮の裏手を真っ直ぐ…と言っていたな。
昔この辺りは小部隊の演習、全体練習に使用していた通りで、その先には実践を想定した部隊演習場があった。
当然の事ながら、広場の全体はもう暗くてほぼ何も見えない。
ロッキー教授が、行けばすぐに分かると言っていた通り、たった一か所。
一か所だけ明かりが点いている場所があった。
まったく、私がここに来ると分かっていたのか?
その場所へ行くと、墓石にはチャールズ・ロッグハートと書いてあり、階級章が飾って置いてあった。
なんだ…少将まで昇格しているじゃないですか…。
殉職した将校は一階級特進するようになっていたはず、という事は大佐だったのか…。
手を合わせようとした、その時、
「私の父に何か用ですか」
…!!
私はこの時、声が聞こえた方は向かなかった。
だけど、この声が誰か、すぐにわかってしまった。
私の中に埋もれて、一生思い出せないくらい、奥深くに眠っていた記憶。
私はそれを思い出した…鮮明に…。
あれは確か今から15年前の事。
もうすぐ夏本番が近づく頃で、6月30日の…午後だったか。
チャールズ・ロッグハート…当時は大尉か、翌年昇進して少佐になっていたからな。
「おーいバースリー、今日この後時間空いとるかー?」
当時私の部下だったロッグハート大尉は、この日に用事がある事、その関係で次の日から2日間ほど休暇を取っていた。
私も当然知っていた。
「ええ、大丈夫ですよ」
用事の内容は聞いていなかったが、私には何があるか分かっていた。
というよりは、覚えていたと言った方がいいか。
「ちょっと準備があるから待っといてくれ!」
「わかりました」
私は既にロッグハート大尉が急いで兵士寮に向かった事で、一つの答えにたどり着いていた。
その場に居たシュネルに私の行動を伝え、私も急いで総司令室へ向かう。
シュネルはかなりめんどくさそうな顔をしていたな…。
総司令室に行った理由は、軍所属の車を借りる為。
当時の総司令、エルガ・ヘンデル総司令に理由を話し、快く了承してもらった。
ロッグハート大尉への伝言も頼まれた。
そのまま急いで車を正門前にまわし、待機する。
あとはロッグハート大尉を待つだけだ。
しばらくすると、走って向かってくるロッグハート大尉が見えた。
私の行動の意味が分かったのか、笑いながら後部座席へ乗り込んだ。
「ハッハッハ、バースリーよ。気が利くのは助かるが、何故わかったんじゃ?」
走り出してすぐ、笑いながらそう聞いてきた。
「私もロッグハート大尉と、同じですから」
「なんじゃ、覚えておったか。それは嬉しいわい。ワッハッハ!」
ロッグハート大尉に軍才は無かったが、人を惹きつける才能はあった。
私自身も、この人のようになりたいと思ったぐらいだ。
「娘さんの誕生日、ですよね。行先はどちらで?」
そう、この日は大尉の一人娘である、コロナード・ロッグハートちゃんの誕生日の日だ。
誕生日プレゼントの為の買い物、商店街か、それとも大尉の家か。
「実は今学校におってな。迎えに行くと言っておったんじゃ」
つまり行先はエイミー帝国中等部学校か、今年中等部へ進級したと言ってたから。
「娘はお前さんの大ファンでな!いつか会ってみたいと言っておってわい」
私はもう既に『伝説』と呼ばれていた頃で、さすがに帝国全土では無かったが首都付近なら知らない者は居なかった…らしい。
「そこでお前さんがいいなら…サプライズに手を貸してくれんか?」
もちろん、断る理由もない。
むしろ私も楽しみだったりする。
「構いませんよ。あ、あと総司令から伝言が」
「伝言?」
「大尉、明日から二日休暇ですよね?三日に伸ばして、家族との時間を大切にしてこい!…との事です」
「ワーッハッハ!そりゃありがたいわい!」
車を走らせる事10分、エイミー帝国中等部学校の入り口に到着した。
サプライズの内容はこの10分間で大尉と話し合って決めた。
とりあえず私はシートを倒し、私自身が外から見えないようにする。
後ろの席に置いてあった誕生日プレゼントと花を手元に持ってくる。
大尉はそのまま後部座席へ、コロナードちゃんは助手席に乗ってもらう事にした。
程なくして、大尉と子供の声が聞こえてきた。
後ろの席のドアが開き、大尉がそのまま乗り込む。
「コロナード、お前は前だ」
そんな声が聞こえた。
それが合図だ、席を戻して体制を整える。
コロナードちゃんは人見知りなのか、私とは目線を合わせずおそるおそる乗ってくる。
「それじゃあ、儂の家までよろしく頼むぞ」
ちょっと笑いが漏れてますよ?大尉。
「よろしくお願いします」
目線は合わせなかったが、可愛らしく、小さくお辞儀をしてそう言った。
ふふ、気付かせてやるか。
「その前に、貴方に渡す物がありますよ。お可愛いお嬢さん」
「え…?」
視界に入ったんだろう、私が彼女に向けた花の先端から。
そして、私を見た。
「……」
彼女は私の顔を見て、固まっていた。
大ファンというのは憧れなのかな?そういう事にしておくか。
憧れである私を見て、目が点になっていた。
「え…!?」
「誕生日プレゼントですよ、お嬢さん」
「え!?え!?あの…バースリー・クラン少将ですか!?」
めちゃくちゃ驚いてます、可愛いですね。
「ええ、そうですよ」
彼女は完全に私の顔に釘付けされていた。
そのままプレゼントを受け取れないと察したのか、
「誕生日プレゼントは儂が預かるぞ?」
と、笑いながら手を伸ばしてきた。
「だ、だめ!!私のだもん!!」
そう言って、私からプレゼントを受け取った。
彼女は私から受け取った時に私の手に触れたのが嬉しかったのか、顔を逸らし照れながら、
「ありがとうございます…」
小さく…そう言った。
とても可愛らしい子だった。
あの後大尉の家で誕生日パーティに私も参加した。
奥さんには話してなかったらしく、滅茶苦茶頭下げてきた事も覚えている。
私の帰り際、コロナードちゃんが言った言葉も…。
『いつか私も、たくさん勉強して帝国軍に入ります!そして、バースリー少将様の部下になりたいです!!』
結局、私が辞める時に彼女は帝国軍で見なかった。
年齢の事を考えると、私が辞めた翌年に入隊したのだろう。
決して約束をしたわけでは無かったが…その時点で彼女の夢は絶たれたという事か…。
「…もう一度聞きます。私の父に、何の用ですか」
「コロナード・ロッグハート…」
気が付いたら、そう呟いていた。
「私の事、ご存じでしたか」
彼女はもう私を覚えてないのだろうか。
いや、そのほうがいい。
やはり私は…。
「私も貴方の事は知っていますよ。ホリージョン・レイラー、期待の新人さんですよね」
もう軍内でそんな話が広がっているのか…。
それとも誰かが意図的に広げているのか。
「しかし、期待すると同時に私は怪しんでいます。48歳でその実力、一体どこで身に着けたのですか?意外なところから、敵国のスパイは現れるものです」
…そういう意味で私の話が広がっているという事か。
だが私には到底どうでもいい話だ。
そこら辺の事は、私よりシュネルが一番気に掛けるだろうから。
「黙ってないで、何か言ったらどうですか?」
彼女は私に向けて強烈な殺気を放つ。
私とは違い、無意識とはいえ凄まじい。
彼女もまだ若いはずだ、本当に羨ましいし、同時に自分が憎い。
もう…話すしかないだろう…。
「君は、どんな理由で、帝国軍に入ったんだ?」
その前に、一つ聞いておかなければならない。
「…その事を話すのに、私へのメリットは?」
「君がそれを話してくれれば、大人しく私も観念しよう」
彼女の言葉次第では…本当に全てを話さなければならない…。
「…いいでしょう。わかりました」
「私には、憧れの方がいました。名前は、バースリー・クラン…元少将です。貴方がどこの人か知りませんが、貴方の年齢なら知っているでしょう」
「…ああ、もちろん」
「一度だけ、子供の頃に会った事があります。とてもかっこよくて…とてもやさしくて…。私はその時誓いました。この人の部下になって、役に立ちたいって」
………。
自分が今どんな顔をしているか、わからない。
「高等部を卒業後、帝国軍に入りました。しかし父から、バースリー・クラン少将は去年、軍を辞めたって伝えられました」
やはりそうか…私が辞めた後に…。
「ショックでした。ですが辞めるか辞めないかなんて、人それぞれです。少将がそういう道を選んだ事に、少将が悪いだなんて一切思いません」
問題は…その翌年か…。
「いつかバースリー少将に会いに行って、認められるような存在になろうって、そう思いました…。だけど…その次の年…!!!」
私でさえ知らなかった事とはいえ…。
「バースリー少将は……行方不明になったと…総司令本部から発表されました…!!」
‥‥‥‥。
「後から知りましたが、帝国軍は退役軍人に退役後もその後の生活を支援して、陰ながら監視しているらしいです」
私の場合はシュネルが直接来ていたし、アリシューザがシュネルと連絡を取れていた。
だが私は行方不明扱いになっていた。
やはりアリシューザも知っていたんだろう…。
私だけが知らなかったんだ…。
「その眼からも逃れてしまった…私は、退役しただけではなく行方までくらましたバースリー少将に、失望しました…!」
もう君はとっくに…。
「バースリー少将は…帝国軍を…いえ、エイミー帝国を裏切ったんです!!」
君の言う通りだ。
「失礼しました、話がそれましたね。私が帝国軍に入った目的、それは…」
やはり私は話さなければならない。
「『バースリー・クラン少将を超える事』、です」
だからこそ君には知ってもらう、知る権利がある。
「だけど私はまだまだです。大将にまでなりましたが、まだ私はあの人を超えられてはいません。『伝説』の称号ある無しに関係なく、です」
この若さで大将か…だったら尚更…。
「…さて、私の事は話しました。約束は守ってください」
もう一度、私に刃を向けただろうか。
殺気が先程感じた以上に、増しているのがわかった。
「君の言ってる事は正しいよ。バースリー少将は…最低だな…」
「…そうですか」
少し上を向いた。
昼間の晴れ具合とは違い、少しだけ曇りがかっていた。
「…わかった」
ホリージョン・レイラーとしては初めてだ。
私は眼鏡を外し、左の掌の中におさめる。
「全部話そう。だけど…許してほしいわけじゃない」
ゆっくりと、彼女の方を向く。
「君には、知る権利がある」
彼女は…やはりというか、ロッグハート少佐にそっくりだった。
雰囲気が…とても…ね。
そうか…こんなにも強く…育っていたのか…。
「バースリー・クラン少将……?」
恐らく殺気を向けていただろう強気だった顔が一瞬で解かれ、まるで今目の前の事が信じられないような…そんな顔を彼女はしていた。




