第19話 キミは悪くない
少し改行を変えました。
ロッキー・コンステレーション教授。
29年前のエイミー帝国私立大学時代からお世話になっている教授。
初めて会った時点で50歳を過ぎていたが、その性格や行動は子供じみた事ばかりだったのをよく覚えている。
教授の専攻は魔法科学科だったが、私が当時苦手だった他の教科でもわかりやすく教えてくれた。
そんな彼は魔法科学分野の可能性を広げる為、今から15年ほど前にエイミー帝国軍魔法科特務講師として入隊。
エイミー帝国の魔法科学技術の発展に十分尽くしてきた人物だ。
「ここ男湯ですよ?」
彼女と言っているが、ロッキー教授は間違いなく男だったはずだ。
しかしそこに"π"がある以上そう思うしかない…。
「まあまあ!細かい事は気にしちゃダメだよ!」
そんな事を言いながらロッキー教授は肩を叩いてくる。
アンタ肩から上動かしたら…その大きな"π"が見えるって……!!
というかそんなノリで男湯入ったら捕まりますよ?
「…どうして私がここに居ると?」
疑問はいろいろあるが、一つずつ聞いてみるしかない。
「なあに、ホリージョン君によく似た人物を見つけてね。後を付けてみたらホリージョン君本人だったというわけさ」
なんでそんな自信満々の顔できるの?この人…。
10年前に退役したはずの人を突然見かけて追って…それで本人でしたー!って…。
普通驚くと思うんですけど…。
「じゃあその姿は?10年前の時点でもうすぐヨボヨボになりそうなお爺さんでしたよね?」
「キミー、だいぶ失礼な事言うね?」
だってそうだったじゃん!!!
「じゃあこの姿、どこかで見た事あると思わないかい?」
突然教授は両手を頭の後ろに組み、脇を見せるポーズをとってきた。
だ、だから"π"がっ…!!!
…そういえば、さっきも思った。
だが今回でしっかりと確信した。
「私…いや、若い頃の私ですか…?」
にわかには信じられないがな…。
「さすが、その通りさ。今のぼくは、君の遺伝子によって作られた身体を手にしたのさ」
私の遺伝子…だと?
「キミも見てわかるだろう?身体は確かに若返った。しかしそれだけではない!キミの遺伝子を注入する事によって!その身体能力に磨きをかけた身体へと進化したのだよ!!」
私の遺伝子なんかどこで手に入れたの!?
アンタの身体とか見た目よりそっちのほうが気になるんですけど!?
「まあ、とはいうもののこれもぼくの実験の一つでね。
『人間は魔法科学で若返りが可能なのか』、それを自分自身で試した結果さ」
昔っから思うが、本当に危なっかしい人だ…。
ぶっつけ本番で自分の身体にそんな実験するのは…しかも私の遺伝子まで注入してだ。
「…いつか死にますよ?」
「大丈夫さ。ぼくの遺伝子も保存済みだし、私の記憶も保存してある。いつでも【復活】は可能だよ!」
この人マジでなんでもありか!
驚いて声も出ないよ…。
「それで、教えてくれるかい?何故10年前、急に軍を辞めたのか」
…。
これを聞くのが目的だったか。
10年前…誰にも話さなかったが…。
「…いや、もう時効でしょう。わかりました、話しますよ」
「……そうか、そうか」
当時、私が退役する事は先輩や部下、同僚全員には事後報告であり、もう退役する事が決まってから伝えていた。
しかし、私が自分で退役する事を事前に伝えていたのは、当時私の直属の部下だったアリシューザ、グレイス、チャールズ・ロッグハート少佐、そしてほぼ私の側に居たシュネルの4人だけだった。
その他はこの4人から聞いた者か、この4人の部下だった者だけであった。
つまりエイミー帝国軍兵士の全員が私の退役を知っていたわけではないのである。
当時ヘンデリュート国の警戒に当たっていたフローライ少将なんかはその場に居なかった為知らなかった例である。
そして、その退役する理由は誰にも話していない。
そもそも、理由なんて、シュネルにすら…。
いや、シュネルが関わってたからこそ話さなかった。
だから、本当に初めて…初めて人に話した。
「ぼくに相談は出来なかったのかい?」
大学在籍時、将来の事、学科の事…。
なんなら当時ロッキー教授がやっていた実験の事。
なんでも聞いたしなんでも相談にも乗ってもらった。
だから今になってからこそわからない。
何故私はこの人に相談しなかったのか…。
それほど追い詰められていた…という事だろうか…。
「まあ、その時のキミの心情、状況にもよるよね。ましてや妹君の事だ、周りが良く見えなくなっていたんだろう」
そうだといいが…。
「ぼくが思うに、キミは悪くないと思うよ?」
…。
さすがだな、何の事か一切話してないのに全てわかった様に答えだけ出してくる。
「もちろん、キミの話だけで考えたらね」
私の話だけ…?
私の話だけを聞く限りは、という事だろうか。
「…私は、ずっと考えていました」
そう、10年前…退役を考えた所から、今まで、ずっと。
年月が経つにつれ、考える回数も少なくなったが、それでも毎年必ずどこかで考えた。
「私が辞める事で………私に罪は無いのかと…」
『伝説の少将』と呼ばれ、まだ年齢も38歳と衰える年齢でもなかった。
そしてさっきも言った通り、退役の報告は完全に事後報告だった。
理由も誰にも言っていなかった。
「けど私の周りは皆、揃って言うんです。私は悪くないと……」
誰かに悪いと言われたわけじゃない。
自分で、誰にも相談せずに辞める決断をしたのに…だ。
「ふむ、例えば誰かね?」
「シュネル、ロッグハート少佐、アリシューザの3人です…」
3人とも、それぞれ時と場所は違ったが、私がその事で悩んでいるように見えたんだろう。
私は何も言わなかったし、何も話さなかった。
だけど、今でもこの3人の言葉はよく覚えてる…。
- 誰にも相談しなかった事をいい事とは思わないけど…でも、クソ兄貴なりに考えて出した結論なんでしょ?だったら、文句も何も無いじゃない。気にすることは無いわ。-
- お前さんの決断に儂らがグチグチ言う権利なんかないわい。もしそんな事言う奴が居るとしたら、ただの嫉妬じゃろうて。-
- もし変な事言う人がいたら、私がそれ以上の言葉で反撃してやりますから!殿と私は皆さんとは違う道になりますけど…前を向いて歩いていきましょう!! -
だから私は、必死に私は悪くないと自分自身に言い聞かせた。
悪いと思わないように…。
でも、やはり脳裏から離れる事は無かった。
ふとした時に考えてしまうのだ。
「なるほど…でもぼくは、キミは悪くないと思うよ?」
湯の水面を無意識に眺めていた私の顔に、それを覗き込むようにそう言ってきた。
そうだと…いいですね…。
「さて、知りたい事は知れた。ぼくはお先に失礼するよ」
バシャッっと、立ち上がりそう言った。
いかん、"π"を見ない為の配慮は必要か…。
一応右側を向いておこう。
ヒタ、ヒタ…とゆっくり歩いていく。
これからよろしくお願いします。
そう言おうと思ったタイミングで、用が済んだはずのロッキー教授がまた口を開いた。
「そうそう、本題を言うのを忘れていた」
…さっきのが本題じゃなかったのか?
知りたい事は知れたって、言ってましたよね?
「キミの最初の上司でもあったチャールズ・ロッグハート少佐。彼は…」
何か嫌な予感がする…。
「去年9月にあったドザーナ王国との大戦で、戦死した」
そんな…嘘だろ……!?
「…シュネル君を責めないでやってくれ。伝えるチャンスは今日含め4回ほどあったらしいが、言えなかった…と」
「…。戦争をやってますから…親しい人が、上司が…亡くなる事もありますよ…?」
今日の2回はともかく、もう2回はウィズベリーの私の家に来た時の事だろう。
よく考えればアリシューザはロッグハート少佐と同郷だった。
だから余計に言えなかったんだろう…。
「彼の墓が、帝国軍の敷地内にある。まだ今日就寝まで少し時間があるから…どうする?キミは、墓参りするかい…?」
「敷地内に…?」
「彼の家族の意向でね…。昔兵士寮の裏手をずっと真っ直ぐ行ったところに、小演習用の広場があっただろう?今そこは戦死、殉職した兵士の墓になっている。行ってみれば…すぐわかるよ」
そう言い残して、教授は大浴場から出て行った。
…まったく上手く嘘をつける人だ。
私も見習いたいよ…。
ロッキー教授は初めから私がここに居る事をシュネルから聞いていた。
つまり私を"見つけた"というのは噓だったわけだ。
今大浴場の時計を見てみれば、時間は23時過ぎだった。
兵士寮の裏か…。




