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本音=ドップラー効果

作者: 藤乃花

物心ついた頃から、姉妹の遊びは二人だけが聴こえる『音』を言い当てる事だった。『音』が聴こえるタイミングはその人が通り過ぎる時だ。自身の側を通る人物が肉体的ではない内面的な『本音』を、二人の心に解き放っている現象が起きている。他の人には聴こえていないという事は、二人だけの秘密という事だ。「妥縒たより、この能力を使ってさ、皆の役に立つ仕事をしてみない?」中学生に進学したばかりのある日、姉の小珠こだまがこんな提案を持ち掛けてきた。「えっ?でも、お姉ちゃん、この能力の事は、二人だけの秘密なんでしょ?」妹の妥縒たよりは驚き、不安そうな表情を見せる。あまりに特殊な能力をひめている為、他者に教えるなど怖い気になる。「能力の事は、内緒!占いっていう事にして、聴こえた本音を頼りに物事を解決していくのよ!」「占い……そっか!それなら噂になっても思い切り事件を解決に導けるね!お姉ちゃん、頭良い!」「まあ……私の考えっていうよりは、ラノベをヒントに考えたんだけどね。ほら、私達みたいな特殊能力を持ってるのって、だいたいラノベとかアニメの主人公でしょ?だから、たまたま閃いただけの事よ」「それでも提案したのは、お姉ちゃんだもん!お姉ちゃんの名案のおかげで、卒業後の進路は『占い師』に決まりだね!」姉の小珠こだまの思い付きで将来の職業が決まり、妹の妥縒たよりは大喜び。二人共同で使っている自室で、コッソリ未来の計画をたて始める。「だけど占い師として仕事をするわけだから、実際に占いの技術力を身に付けて道具をも使えるようになっておいた方が良いわ。表向きで、占い師……その裏をかえして特殊能力人とくしゅのうりょくにん、ね?」小珠こだまは人指し指を口元へと持っていき、内緒……のポーズをしてみせた。内緒で何かを始める、そういった事が好きな彼女達。胸の奥にある内緒の小箱に、これから行動する不思議を沢山詰め込んでいきたいと思ったのだ。

『通過する作品』

高校生活を問題なく終了させ、三年と少しの間コンビニ店員として客層の観察、資金集めを頑張ってきた。その努力が今報われ、姉妹はついに念願の事務所を経営する事が出来たのだ。「長かったわね……コンビニ店員から、私達ようやく占い師(表向き)として活動出来るのよ」「夢にまでみた開運アドバイザー。これって、もう本当に漫画の主人公よね」二人の事務所は駅前の通りに面した雑居ビルの二階に在る。小さな事務所だが、二人姉妹で活動するには丁度良いスペースだ。事務所のオフィス内で、二人は最初の依頼人を待つ。「今のトコまだ始めたばっかで無名だから、夜はまあ、コンビニのパートあるけどね。お姉ちゃんは仮眠してて」妥縒たよりはコンビニでのパートは明日なので、今日コンビニにシフトが入っている小珠こだまには仮眠をとらせる。二人が同時に事務所に顔を出すのは、結構キツイのだ。「ありがとう、助かる。こういう仕事って、二人組だと動きやすいわ。明日には私が、事務所に出るわね」「了解!」小珠こだまは事務所と隣り合う別の自室と移動し、フリータイムへ突入する。軽くシャワーを浴び、ゆったりした様子で自室に入った。室内は二人で共有しており、真ん中をアコーディオンカーテンで隔てている。(本業のお悩み相談業より、副業のコンビニでの稼ぎの方が多いわ)ベッドに入り小珠こだまは学生時代を思い出す。(あの頃から私達の才能は、凄く話題になってたのよね)実は姉妹は中学生の頃には、既に特殊な能力を使い活動していた。現金払いではなく、現物支給でだ。『音野おとの姉妹の占いパワー、ホントすごい!エスパーなみにいい当ててるよね!』ドキッ!校内での依頼人に言われる事も度々あり、バレてる?と何度ヒヤヒヤした事か。特殊な能力については絶対に内緒なので、彼女達は占いの勉強で学んでいると云い、切り抜けてきた。『もし能力の事が公になったら、私達悪の組織から狙われてしまう!』『人を助ける為の能力を、悪用されたら大変だよね』漫画、アニメの見すぎかもしれないが、用心に越したことはない。中学生で『悪の組織』という想像も凄いが、それを貫く精神力と無邪気さが凄い。そんな彼女達にとって、当時忘れられない依頼体験がある。いつものように放課後、旧校舎の教室で依頼人を待っていると、数人の男女の生徒が現れた。『音の依頼を聴いて下さいな』合言葉だ。現れた男女は依頼人、それも文学部愛好会のメンバーだった。扉は解放しているので、訪れる依頼人の姿は分かる。なのに何故合言葉を唱えるルールを作ったのか……『ラノベっぽくてカッコいいから』だという事だ。依頼人の合言葉に二人は応える。『『なんでも相談して下さい』』姉妹は声をピタリと合わせて、依頼を受ける気満々だというのを主張してみせた。見事なハモりなのは姉妹だから……なんて事もあるのだが、二人とも幼い頃から声を合わせる訓練をしていた。もし何かを二人で始める時の為に、合言葉を決めておこうと考えていたから。女子だけど彼女達の心は、まるで探偵ごっこをする少年のよう。『失礼します』『します』相談を承諾

すると、依頼人が教室に入れるルールになっている。こういう流れもまたカッコいい感じがする為、姉妹が二人で決めた。『どうぞどうぞ、お座り下さい』小珠こだまが依頼人を席へと誘導する。そこへすかさず妥縒たよりが紙パックの紅茶(ストロー無し)を人数分だけ机に置き、御茶請けのたまごぼうろもセットでお出しした。『はいはい、粗茶と、お茶菓子のゴボウ(たまごぼうろ)でございます。どうぞ、召しませ』旧校舎の机と椅子は、寄せ集めを見繕った物だ。なのでちぐはぐの組み合わせ。何台かの机には、謎の穴が空いている物があった。(噂以上に酷い扱いだな)(これがおもてなしとは、逆に気を遣わなくて済むから、ある意味おもてなしだわね……)(てゆうか、普通に今の校舎で

すりゃ良いと思うんだけど、もしかしてこれをカッコいいとか思ってんのかな?)(ダサい通り越して、哀れだよ)ここを訪れる依頼人は皆、今のように苦言を胸の内に押し殺している。『……頂きます』『あざっす』『お構い……なく』

依頼人がしかも複数で赴く事に対して、妥縒たより小珠こだまもわくわくし、脳内で小躍りしている。(依頼人が群衆(?)で来るなんて、これはもう今夜は御赤飯だわ!)(現物支給はさぞや豪華な食いもんがあるに違いない!ゴボウ(たまごぼうろ)も良いけど、キャベツ菓子シュークリームもまた格別!)姉妹はこの時期、金欠時代を送り、依頼人を前にして息を荒くしていた。『ところでですね、ここに来た理由……依頼なんすけど……愛好会の内部で盗作疑惑が浮上、してるんす』依頼人の一人、二年生の笹野呉葉ささのくれはが切り出した。((不穏な依頼!))小珠こだま妥縒たよりはギラギラさせていた眼差しをより鋭くさせて、呉葉くれはの話に耳を傾けた。『僕たちの所属先である『文学部愛好会』では、年に二回他校との共同イベントで文学コンテストが開催されるんですね』そのイベントの事は有名な物で、学園の人間ならば全員知っている。親睦会を兼ねたコンテストで、優れていると思う作品に投票し、最も票が多い作品が都内の公募へ投稿する権利を得られるといった名誉あるイベントだ。『票が多く入る部員がウチの愛好会に二人いて、初めは俺達その二人には才能があるなんて思ってたんですね。ですけど……』男子部員、室多勇成むろたいさなりは唇をキュッ、と噛み言葉を震わせた。表情には不穏な感情が読み取れる。言葉が出せないのを見て、別の女子部員五十嵐千夏いがらしちなつが続きを云う。『二人の部員が執筆されてる作品が、私達が執筆している誰かの内容と必ず類似してるんです。それで、私達……考えたくないけど、二人が組んで私達の小説の案を盗ん……でるんじゃない……かと……』千夏ちなつの言葉が途切れていく。本当なら言いたくないし、思いたくもない言葉なのだろう。(悔しそう……いや、心から悔しいんだね)(小説のアイデアを盗む人がいるなんて、卑怯……よね)部員達が辛い気持ちを隠せず助けを求めに訪れた事を勇気がある行動だと思い、妥縒たより小珠こだまもその気持ちに応えたいと感じている。『一つ聞いて良いでしょうか?』姉、小珠こだまが細めた目を部員達に向け、問いかける。『はい』『その小説のコンテスト……』(お姉ちゃんのあの目、生活面での顔付き!)姉妹ならではの気付き。家での姿を校内で……しかも依頼を受けている最中にその質問をするつもりだ。止めたくとも止められない。『賞金は出ますか?出るとすればおいくらでしょうか?』(お姉ちゃんだからこそ、言える言葉。私なら言えないよ……)視線など微塵も気にする気配はなく、小珠こだまは水を得た魚のように目をランランと輝かせている。文学部部員一同、小珠こだまの欲に表情を曇らせた。(人助けの才能が在っても、こんな欲にまみれた心じゃ台無しよね)見ていられず、話を進めたいので部員の瓜亜純うりあすみがしぶしぶ金額を小声で答えた。『校内では賞金ではなく賞品ですが、出版社での公募の賞金なんですが、出版社によってはまちまちでして、なんとも言えません』亜純あすみの声には、少々の疲れが現れている。(音野さん、書く気でいる?しかも、賞金目当てで!)(若干不快だけど、こういう公募って、案外賞金目当ての人や、ぱっと出の人なんかがブレイクしたりするんだよな)『お姉ちゃん、それより本題、本題!』話を進めなければと、妥縒たよりが場を繋ぎにかかる。妥縒たよりの表情には凛とした輝きが見えており、依頼をきちんと受けたいと感じさせるものがあった。(妹の方はしっかりしてるぞ!)(反面教師ってやつね。片方が正しいと、安心だわ)(依頼は妹さんに任せる方が良いみたいだな)『この依頼をパパッと解決させて、報酬を受けとるんだよ!』(……)部員の顔から期待度が消えていき、能面のような姿と化した。『本題としてお聞きします』『急に入りますね……まあ、本題としての質問なら、OKです』今度は真面目な雰囲気を漂わせ、質問モードに入っていた。教室の空間からこちら側に、ひんやりした空気が歩行する。『盗作疑惑が浮上していると思われる部員二人に、作品が類似している事は告げてませんよね?何故ですか?』<!>先程とはうってかわり見事現状を言い当てられたものだから、部員は全員青ざめてしまう。正解を云うにも程があるだろう……そんな思いが部員達の胸を駆け抜けた。『分かりますか?』『そりゃあもう……占い姉妹のパワー、こんなのは徐の口ですよ?さ……名作を執筆されてる二人に自白させましょう?』部員達を誘導しようと、小珠こだま特有な話術が始まった。『その二人にカマをかけてみる……二人の小説の才能をあえてべた褒めすれば、罪悪感に堪えられずに、盗作を働いた事を認めましょう』小珠こだまが自由すぎる提案を下していると、部員達は焦る様子で彼女を阻止しようと動く。『あの……音野さん、俺達は今のところまだ、疑惑の段階で相談依頼に来ただけなんです』『今直接的に聞いた日には、二人ともショックを受けて、愛好会から脱会するかも知れない』『問い詰めるんじゃなくて、穏便に真実を占って欲しいんです』『占いの結果で盗作疑惑が事実だったら、その場合は……二人に更正を求める訳です』部員達は本気で二人の身を案じている。無闇に退部を求めるつもりなど、一ミリも考えていないのは分かる。『そうでしょうね。皆さんの結束力は手に取るように読めます』『私達は全力をもって、手島克二てしまかつじさんと、北城万里重きたしろまりえさんの真実についてを占ってみせましょう!』姉妹は顔を上げ、妥縒たよりに至っては握り拳で自身の胸をドン、と軽く叩いてみせる。相当自信があるようだ。『頼もしいです!真実が分かれば、今後の動きに繋がります』部員達の表情から、陰りが消えた。誰一人として、部員を退部させようとは考えていない。『私達姉妹の占いはですね、準備に少々時間がかかるモノですので二、三日は猶予を頂きたいんです』『必ず真実を掴んでみせますから、お待ち頂けませんか?』『結果が分かり次第、御連絡致します』姉妹の占いの情報は有名なので、その辺りは部員達にも浸透していた。嫌な顔一つせずに理解を得る。『音野さん達の占いはこちらも承知してます』『私達部員一同、良い占い結果を心待ちにしています』『『お任せください!』』音野姉妹の自信に満ち溢れたその声を聞くと、心から安心感に包まれる。『あ、お茶……どうぞ飲んでくださいね』『え……と、持って帰って頂きます』(ストロー無しの紙パックタイプの飲み物を、どうやって飲めと?)『ゴボウ(たまごぼうろ)もどうぞ、どうぞ召しませ』(ゴボウじゃなくて、たまごぼうろだろうが……)飲食に関してはかなり変だ。占いは音野姉妹に任せる事にして、部員は帰ることにした。『お見送り致します』小珠こだま妥縒たよりは席を立つと、立ち去る部員達を一人一人見送る位置に着いた。『お気を付けてお帰り下さい』『今日はご利用頂きまして、ありがとうございます』教室の入り口に妥縒たよりが立ち、入り口を出た辺りに小珠こだまが立つ。二人が深々と頭を下げ見送る中、部員達の足はそこから現校舎へと向いていく。妥縒たより小珠こだまもこの数秒間に『音』を聞き分け、真実を手繰り寄せる。部員達が内なる部分に秘めてある感情を聞き取り、そこから分析していき真実へと辿り着くのだ。(……!)静かな空間を通り抜ける『音』。それを逃すことなく姉妹は察知する。<……!>『『!』』姉妹に届いた、音の糸。『なるほど……分かりかけたわね』『後は二人の部員、手島克二てしまかつじさんと北城万里重きたしろまりえさんの件を追究すれば、紐解ける……っていうわけだね』『明日はその二人をマークするわよ。チャンスがあったら、『音』を拾うことね』『はいな!それ、まあまあムズいけど、それが私達の能力だもんね!』彼女達の思いは一つ。『絶対、報酬をものにする』『じゃなくて、妥縒たよりの頭ん中って、そればっかね』『いや、悩む人を救う事……それだな!』どちらが目的なのかが不明だが、姉妹の瞳には、一点の陰りもない。兎も角明日の動きについての予定をたてなければならないと、小珠こだま妥縒たよりはカバンをまとめ、帰宅した。

音野家は閑静な住宅街にある二階建ての家で、二人の自室は二階に各一人ずつ与えられている。『『ただいま……って両親共働きで、いないっちゅうねん!』』玄関先にて、姉妹は毎回ボケてツッコミを入れている。それは置いておいて、台所の戸棚からおやつのカステラを出し、器に移す。『初めから切られたカステラは、平等だから平和だね』『そうそう。お高い奴だとシフトカット形式だから、妥縒たより、じだんだ踏むわよね』『お姉ちゃん、私の事分かってるううっ!』『当然!切られたカステラって、まるで私達姉妹の特殊な能力みたいよね。二人でそれぞれの能力』小珠こだまは能力についてうまい風に云う。各一人ずつ一つの特殊な能力を持つ事で、問題を解決させてこられた。今日の依頼もそれがあるから受ける事が出来たわけだ。『さっき文学部部員の人達を見送る時、帰る順番から『音』を受け止めたけど、黒幕はいない……つまり、例の二人の部員が怪しいってなるね』姉妹には各々役割がある。『あの人達は、シロだわ。そもそも盗作を働いてるのがあの中にいたとしたら、私達の所に依頼には来ないもの』第一の『音』を聴く役割。第二の『音』を聴く役割。『話にあがってる手島克二てしまかつじさんと、北城万里重きたしろまりえさんが発生させてる『音』を聴いて真相を暴く……これだね!』カステラを一口で半分頬張り、妥縒たよりは表情をとろけさせて云ってみせた。『その二人が同じ場所にいてくれるシチュエーション、偶然起きるのを待つか。それとも小説トークしたいから話そう、みたいな感じで誘導するか……無理のない流れを作んないとね』盗作を疑う訳ではないのだが、疑惑がある場合は誘い出すしか他はない。二人を同時に交わらせ、『本音』を聴けば全てが解き明かされる。『本音』とは心の声の事を指し、その

声には二パターンある。一つ目は単に文字通り心に声を響かせるだけの声、二つ目は心底感じている本音を刻んでいる声。内なる声を聞きたいと思う相手を先ず決めて、その人物が通りすぎるまでに聴こえる心の声が一つ目の声で、通りすぎた後に聴こえる心の声が二つ目の声という感じに別々の声が姉妹には聴こえるわけだ。因みに姉妹が二人で揃わないと両方の声は聴こえない。『文学部愛好会の活動って、明日もあるのよね』『ん?えっと……確か、そう。土曜日以外は活動アリだったよ』『手島克二てしまかつじくんと、北城万里重きたしろまりえさんクラスが違うけど部活に向かう時は自然に合流するから、その時本音を聴けるわよ』『テッシーくんは一組、シロマリちゃんは五組だよね、確か』『一組と五組はお向かいなのよね。それにしても妥縒たよりって、関係が薄い相手にあだ名付けるの好きね』『そりゃあもう。濃い関係だったらあだ名、付けにくいもん』付けにくいあだ名しか考えないとは、どんなセンスなのだろう。『それはそうと、二人が教室を出た辺りが心の声を聴き出せるポジションだわ』『丁度テッシーくんとシロマリちゃんが混ざり合うから、二人の心の声が聴けるね!て事はだ、一組と五組の境界線辺りだね』『境界線……廊下の中間辺りだから、そこを過ぎたくらいを立ち位置にすれば心の声を察知出来るわね。他の生徒達がいる中で聴くのは難易度が高いけど、二人が通過するタイミングで察知した声を逃がさないように、気を引き締めていきましょう』『全ては報酬の為!』ごほうびがかかると、姉妹のやる気は上がっていく。

翌日姉妹は一組と五組の教室の前、境界線に向かっていた。朝の間に調べる事があるのだ。廊下に置かれた靴箱の名前シールだ。『テッシーくんはここで、シロマリちゃんはあそこだね!』あらかじ靴箱の配置を把握しておいて、その靴箱を使用する生徒をマークする。そうしておけば、ターゲットの顔を知らなくとも、靴箱を使っている生徒がターゲットだと分かる……という事だ。『これで例の二人の動きを読むことが出来るってわけだわ』

『後は放課後、この場所でテッシーくんとシロマリちゃんの心の本音から、盗作疑惑が本当がどうか分かる

寸法だよね』『そういう事』段取りを済ませ姉妹が教室へ向かう最中、文学部愛好会の五十嵐千夏いがらしちなつが登校してきた。彼女の隣には古原渚こはらなぎさみたところ、共に登校しているようだ。二人は姉妹には気が付いていない。姉妹はなんとなくの感じで、近くの階段裏へと身を隠した。『確かあの人、古原渚こはらなぎささんって、電子学部でんしがくぶ)に所属してるよね?』『間違いないわ……で、電子学部でんしがくぶの部室は文学部愛好会の近くにあるわね』『いがいがちゃん、こーぎーちゃんと仲良いみたい。もしかしたら、部室が近いから、それがきっかけで仲よしちゃんになったのかな?』『それアリかも。話題盛り上がってるわね』小学生がペットトークをしているような妥縒たよりの言い回しはスルーして、なんとなくの本能が働き五十嵐千夏いがらしちなつ古原渚こはらなぎさの会話に耳を傾ける。それと同じ感覚を保ち、心の聴覚にも集中し始めた。『で、思い付いたのが、一度消えた惑星が再生されていくストーリーなの』『千夏ちゃんって、天才?』『電子学部のおかげでストーリーが浮かぶんだから、私の力じゃないって!』互いの部活に関連している話題のようだ。姉妹には気付かず、彼女達は階段の前を通りかかる。標的は異なるが、心の本音を取り入れるチャンス。五十嵐千夏いがらしちなつが少しだけ前を歩いている。彼女の第一の本音。(作品タイトルは『銀河再生』、この内容とタイトルだったら他の人には思い付かー)通りすぎる直前、第二の本音。(ー正直言って、無駄だと思う。何を書いてもあの人達に盗まれー)彼女の少しだけ斜め後ろを歩く古原渚こはらなぎさの第一の本音が流れる。(天才の人は、いつも自信に満ち溢れてー)続いて第二の本音。(ー毎回、アイデアを提供してんのうちらの部、でしょうが!ひけらかすのやめてー)内なる部分に隠した本音を置き去りにして、五十嵐千夏いがらしちなつ古原渚こはらなぎさは話しながら教室へと向かっていった。階段裏で本音を聴かされた小珠こだま妥縒たよりはといえば、人間が抱える闇を感じ、恐ろしい気持ちになった。『お姉ちゃん……女子の本音って、怖い』『ん、私達はあんな風にならないようにしましょう』『怖さは在るんだけど、今のでだいたい分かった。小説のアイデア、全部がどうかは分かんないけど、電子学部の活動からちょっと分けられてたみたいだね』『それもドロドロ系の分け与え方でね。分けるのはカステラで充分だわ』『カステラ食べたくなったよ』妥縒たよりは逞しい。『私は食欲失せたわ』そして小珠こだまは繊細。『じゃあ、お姉ちゃんの夕飯、ちょうだい……じゃなくって、文学部の人達の脳内ストーリー、電子学とかVRとかの物ばっかだったね』『電子学部の古原こはらさんきっと、文学部部員全員にはアイデアは与えてないわ』『一人だけにしかやってないよね、エサ(アイデア)。心の本音は、いがいがにしか向いてなかったもんね』『エサ言わない。古原こはらさんは、五十嵐さんを試してるっぽい』ここで姉妹は奇妙な事に気付く。話題に上がっている例の二人の部員だ。『変だよね。初めに出てきた……えーと、あの二人が薄らいできてる』『名前忘れてるわね。手島克二てしまかつじくんと北城万里重きたしろまりえさんでしょ?薄らいできてるけど、二人の名前が浮上してるのは、何らかの関係があるからよ』小珠こだまの考えるように、この二人の事は外せない。『そだそだ!テッシーくんとシロマリちゃんだね!放課後に心の本音を聴くんだね』『そう……それと、昼休みに屋上来て。もう一つ調べる事があるから』『出た!漫画とかアニメとかで出てくるイベントポジション『屋上』!別の世界では、どうやら普段は立ち入り禁止になってるらしい、あの屋上集合だね!行く行く!』『別の世界って……それ架空の世界よ。屋上に行けない世界なんてないわよ。もしかしたら、今日、明日辺りに解決するかも知れないわ』『えっ?何かに気が付いた?』『今の段階じゃ、仮説。詳しくは、昼休みね。お昼ご飯持参でね』妥縒たよりの両目がキラキラ輝きだした。<屋上ランチ>……そんなワードが脳裏に浮かんだのだ。(別の世界では、憧れとして存在してる『屋上ランチ』……これは、ラノベのヒロインだよね!)(目的多分把握してるんだろうけど、面倒くさいわ……)

姉妹は各々するべき事を行い、そして昼休みに入った。屋上には先に小珠こだまが到着しており、早くも調べものをしている最中である。他にも生徒がいる為、目立たないよう隅に身を寄せパソコンを叩いていた。中古ショップで購入したパソコンは古いタイプではあるが、調べものをするにはとくに困らない。(手島てしまくん、北城きたしろさんの入賞作品、電子的なVR系……遡った作品もあるけど、日常系やアクション系なんかは落選してるわね)手島克二てしまかつじ北城万里重きたしろまりえの過去作を遡って調べ、仮の法則を探していた。(この二人が部員から盗作してるなら、二人より先に類似した作品を書いてる部員がいるはず。一人ずつ探し当てていけば、真相がつかめるわ!)『お姉ちゃん、お待たせした?』今妥縒たよりが到着したようだ。『ああ、さっき来たとこ……って?』妥縒たよりの真横に彼女の友人、渥屋宮咲羅あくやくさくらがいる。咲羅さくらは近所に住む姉妹の幼馴染みで、時々共に出掛ける仲でとくに妥縒たよりとは仲の良さが濃い。『こ、んにちは。お邪魔して……本当に良いのかな?話はタヨちゃん(妥縒の事)から聞いたよ』妥縒から事情を聞いた咲羅さくらは遠慮がちにここに来た経緯を伝えた。加えて言うとこの学校の生徒はセーラー服、咲羅さくらはブレザー、つまり彼女は他校の生徒だ。近所に住むのだが咲羅さくらの進路の都合で別の中学に通っている。『ちょっ……駄目よ!咲羅さくらちゃんは別校べつこうだから、ご迷惑でしょう!』『あ、問題ないよ。今日ウチの通う『悪手崎あくてさき学園』、創立記念日でお休みだから。タヨちゃんに聞いたの、文学部からの依頼問題……ウチも協力させて、欲しいな』『『天使……』』咲羅が話すときのアングルは絶妙に天使なみで、顔立ちはおぼこいのだが美少女よりも愛らしい。加えて説明すると咲羅が通う『悪手崎あくてさき学園』とは、普段は普通の少年少女が、悪の手先の力を手に入れたが為に通う事になった塾のような学校である。『折角のおやすみを、こんな事に使わせたら悪いわ』『さっくうの意見は、イエス?ノー?』『ハイパーイエス!おやすみだからこそ、楽しみたいな』咲羅の頭では、もう依頼を受けている。『決まりだね!放課後でのミッションは三つどもえでトライだね』『咲羅ちゃんに予定が無くて良かったわ。お昼はまだかしら?よかったら、食べてく?』小珠こだまがサンドイッチを差し出すと、咲羅の目が潤いを見せた。すごく食べたそうだ。『美味しそう!もしかして、手作り?』『お姉ちゃん、いつもお弁当作ってくれんの。わたしのも、どぞどぞ』『ありがとう!サンドイッチ好き!』咲羅は弾けた声で喜び、サンドイッチのなかでもとくに好きな玉子サンドを手にした。『動くのは北城さんとてしまくんが部室に向かう間、第一の本音と第二の本音を聴く』『はいな!その二人の本音から、小説が盗作なのかどうかを分析するんだね』小珠こだま妥縒たよりの役割は決まっていた。『咲羅ちゃんには

締めくくりで重要な役割をお願いするわね』既に小珠こだまの頭脳では、筋書きは完成していた。小珠こだまの筋書きに沿っていけば、だいたい物事は解決する。『さっくう、ラスボスパワーの腕の見せ所だね』悪役の素質を持つ咲羅には、ラスボスポジションなんて、お安いご用だ。三人共行動が決定して、この問題が解決するよう思いを重ねる。『『『文学部愛好会の未来を護る!』』』

放課後になるまで、咲羅は与えられた役割をこなす準備をしていた。

放課後、いよいよ姉妹が行動を始める時が訪れた。北城万里重きたしろまりえ手島克二てしまかつじのクラス付近の廊下に待機する妥縒たより小珠こだまは息を飲んで二人が現れるのを待つ。暫くしてそれぞれの教室から数秒の差で二人が現れた。部活の時間まで教室内で過ごしているらしい。小珠こだま北城万里重きたしろまりえに集中していて、妥縒たより手島克二てしまかつじに集中している。小珠こだまの側を北城万里重きたしろまりえが通る。第一の本音。(ああ……最近部内がピリピリしてるから、部活いきたくなー)第二の本音。(ーアイデア浮かぶの、五十嵐さんといる時だけなのってー)妥縒たよりの側を手島克二てしまかつじが通る。第一の本音。(久しぶりに和風ファンタジー書いてみようー)第二の本音。(ー本当に今までのは僕のアイデアなのかー)各々が放つ裏と表の本音を聴いた姉妹は、心の中で盗作疑惑が消えていくのを感じ取っていった。疑惑が浮上していた二人にあるのは、何故自身達だけが入賞作に選ばせるのか、という疑問のみ。二人の背中を見送る姉妹は、盗作疑惑についてを逆に考え始める。『この件、盗作させてる……って言った方がいいかも』『しかも盗作させてる本人には自覚はないわね』前後に続く音を聴いた時、姉妹には真相が垣間見えていた。盗作疑惑の背景にある無自覚な『真の黒幕』は、あの人物と見た。北城万里重きたしろまりえ手島克二てしまかつじが部室に向かうその後を、距離を保って妥縒たより小珠こだまは追う。文学部愛好会の部室に着く前に、五十嵐千夏と古原渚が部室近くの廊下で雑談している。『お姉ちゃん、この配置……丁度良いかも』盗作疑惑が浮上している二人と、電子学部部員、その部員からアイデアを分けて貰っている者の配置が偶然にもいい感じに成立している。『ん……音を聴くわよ』『はいな』北城万里重きたしろまりえ手島克二てしまかつじが会釈すると、五十嵐千夏も会釈する。古原渚も居合わせた事で、小さく会釈した。不仲ではないので、まあまあな感じの一礼。四人の距離の点が綺麗な形状を結んだ。(今は気まずくなるからこの二人にはー)五十嵐千夏の第一の本音を受けとる。(ー電子が一人歩きをして、パラレルワールドを生み出す新時代ー)第二の本音が流れた。(私のアイデアが役に立つなら、いつでも提供ー)古原渚の第一の本音を受けとる。(ー誰がアイデアを与えてると思てるの?少しは感謝したらー)第二の本音が流れた。北城万里重と手島克二が反応を示した。『新作のアイデア浮かんだ』『僕も、急に浮かんできた……』新しい小説のアイデアが生まれた二人を目にした姉妹は、勘が当たっている事を実感した。『タヨちゃん、コマちゃんお待たせ。言われたもの、集められるだけ集めてきたよ』良い塩梅のタイミングで、咲羅が戻ってきた。咲羅の腕には何冊かの古本が抱かれてある。『ありがとう』『見付けるの、苦労したでしょ?後でお礼するわね』咲羅がかき集めてきた古本は、学部愛好会が自費出版した部員達の過去作だ。それぞれの作品を読み比べた結果、北城万里重と手島克二の文才力が優れている事が判明した。『五十嵐さんはどうやら『サトラセ』の能力を秘めてるみたい。それに本人は気付いてない』咲羅は特殊な能力の予備知識に詳しい。『サトラセっていうのは、考えたことを特定の範囲内にいる人達に脳裏から伝える能力の事。五十嵐さん自身、無自覚のままじゃあこの盗作疑惑は消えないまま』『そっか。いがいがちゃんがテレパシったアイデアは部員全員に行ったけど、しろまりちゃんとてっしーくんの文章力が良すぎたから盗作疑惑だと思われたんだな』『解決させるには、五十嵐さんに能力の事を話すしかないけど……信じてくれるかどうか……』『いがいがちゃんだけ呼び出して、心の本音をこっちが言うのは?』論より証拠、妥縒たよりの閃きは冴えている。『なるほど……ついでに部員内での不穏な空気をも換気してやりましょう』小珠こだまの胸の内で、芝居が幕を開けていた。『悪役の腕を上げるチャンスかな』咲羅は心の中に、悪役の仮面を付けていた。

五十嵐千夏のスマホがスカートのポケット内で鳴った。発信元の登録は『音野小珠こだまさん』とされてある。『盗作疑惑の件で話したい事があります。屋上に来てください』と、メールで簡潔に記されている。部活動は、各々が書籍を読んだり、執筆したりと自由に文学を楽しむのが主流なので、団体での行動とは違う。「ちょっと、出てくる」「はーい」「ごゆっくり」活動中でも部室を出られる為五十嵐千夏はスマホを手にし、一時退室する。(盗作疑惑の件だと思うけど、なんでわたしだけ?)屋上に着いた彼女に、姉妹からサトラセの能力についてを聞かされた。『え……それ、本当なんですか?』信じられないという表情を露にして、五十嵐千夏は呆然とする。考えが知らされた真実に追い付かない。『今私達の目の前を歩いてみて下さい。心の本音を、私達が云いますから』『歩くだけで良いんですね?』マユツバだと感じながらも、五十嵐千夏は小珠こだま妥縒たよりの前を歩く。小珠こだまの耳、妥縒たよりの耳が心の聴覚のアンテナをはる。小珠こだまが口を開いた。『第一の本音、『こんな稚拙な小説みたいな事なんてー』』次に妥縒たよりが口を開いた。『第二の本音、『そうだ!わざと関係ないことを……隣の家の呼び鈴、けたたましいのよね』』『えっ?』姉妹が心で思った事をズバリ言い当てられ、五十嵐千夏の目は大きく見開いた。信じるしかない真実を知らされ、言葉も出てこない。(私が黒幕……だったなんて)自身にこんな能力が在る事を知り、ショックは大きい。『いがいがちゃん、それなら心の本音をすり替えれば?さっきの呼び鈴みたいに』『無理よ。アイデアが自然に思い付いた場合の心の本音は、零れてくるものなの。毎回意識して隠すのは、結構キツいもの。そうね……退部、するしかないわ』今度は姉妹が驚いた。真相は告げたが後味が悪い。妥縒たよりだって小珠こだまだって、そんな事は望んでいない。『それなら、いっそ思いきって強烈な退部スタイルで決めない?』ハイな声で扉の影から登場したのは、悪役のコスチュームを身に纏う咲羅だった。『え?何?』五十嵐千夏が困惑していると、小珠こだま妥縒たよりも悪役のコスチュームを着始めた。三人とも黒いロングコートに黒い覆面を装着し、完全なる悪役へと変身した。『いがいがちゃんは

悪の手先に捕らえられた負けヒロイン役だよ。よろしく』『負け……ヒロイン?』

文学部愛好会の部員達は、五十嵐千夏の帰りが遅いことを気にし出した。トイレにしては遅く、そして帰るにしても鞄を置いて帰宅するわけはない。不振に思っていると、何やら外がザワザワしている事に気付いた。『何あれ?』『映研の撮影じゃないのか?』『警察呼んだほうが良くね?』

外が気になり部員の一人が窓を開けた。丁度そこから上を見上げた先に、悪役の三人、そして五十嵐千夏がいる。『んあ?な、何?』

屋上にいる怪しい三人組の中心に立つ咲羅が、部室に向かって叫んだ。『文学部愛好会の部員どもよ、聞こえるか!私は『暗黒蛇ダークスネイク』の一味、黒桜くろざくら!貴様らの大事な部員、五十嵐千夏は、我ら暗黒蛇ダークスネイクがいただく!』中心にいる咲羅が五十嵐千夏を抱えるようにし、両側には小珠こだま妥縒たよりが悪役のコスチュームを着て佇んでいる。悪役は三人とも覆面姿なので、誰なのかはバレていない。『な……何、なんで千夏が人質?』『てか、あれって……本当にヤバイ系?』千夏は演技は器ではないが、状況判断からどんな表情を見せれば良いかは分かる。(台詞だと棒読みになるから、顔つきだけを苦しそうに……!)さも声もでないように見せかけ、部員達をみる五十嵐千夏の演技はなかなかのもの。『ちょっと……

アナタ達何なの?』電子学部部員の古原渚が声をあげた。『その子を離しなさいよ!警察呼ぶわよ⁉』だれよりも激しい口調で叫び声をあげる古原渚は、本気で五十嵐千夏を心配しているようだ。文学部愛好会の部員達を差し置いて前に出るとは、流石は五十嵐千夏と深い関係性でいる事はある。『五十嵐千夏が心配なのか?この女はな、特殊な力で愛好会の仲を悪化させていたんだよ!それどころか貴様の電子学の能力をも利用し、作品作りの材料にしていたのさ!』(さっくう、スゴい……やっぱ、本物だな)(私達、いるだけで何も仕事してないわね)『仲間を悪用するような女が、そんなに大事か?』本物の悪役なだけあり、咲羅の演技は文句なしに憎らしい。大人の悪役顔負けである。『悪用じゃないわよ!ほんのちょっとばかし知恵を分けただけの事よ!私の親友捕らえて、どうしようっていうの?』古原渚はまるで主役のよう。『凜とした眼差しが、真のヒロインにも思える。『この女には筋書きの才能がある!あくの組織内でシナリオを書かせ、世界をシナリオ通りに変えてやるんだよ!』『そんな事、許さない!五十嵐さんを離せ!』出島克二も怒りを露にする。『ストレートすぎる言い回しだな!ひねりがない……貴様らの書く駄作のようだな!しかし、この女は別格……世界の破滅を書くのに相応しい人材!』文学部愛好会の部員達の神経を逆撫でする一言。部員一同、怒り心頭。『五十嵐さんのアイデアは、そんな事の為にあるんじゃない!彼女のアイデアは、未来に繋ぐ小説を書くために在るんだ!』叫んだのは一人の部員だが、恐らくは全員そう思っているだろう。『それは、本気で言ってるのか?』『本気よ!』『文学部愛好会を舐めんな!』部員達の言動を目の当たりにし、悪役に扮した三人は、退散するタイミングを読み取る。『分かった……これほどの結束力が在るのなら、今回はこの女を解放しよう!だが、次に貴様らの絆に歪みが生じた時には今度こそ、この女を我らの仲間に加えてやる……!その事を胸に刻み込んでおけ!』そう言い吐き捨てると、咲羅は五十嵐千夏を腕から離した。続いて彼女の体は屋上から傾き、次の瞬間地上に降りていた。その一件があってか、部員の関係は悪化する事はなく結束力は強まった。サトラセの能力を知った五十嵐千夏は、なるべく内なる部分を隠しつつ執筆に専念し、他の部員も努力を極めて個性ある作品を出していった。不思議と皆、作品に磨きがかかり、それぞれ異なるジャンルで賞に入るようになった。

ベッドの中で夢心地の小珠こだまは、遠い日の出来事を朧気に思い描いていた。(報酬は五十嵐さんがくれた無洗米五キロ……あれは、嬉しかったわ。家計が助かった)当時の文学部愛好会の部員は皆卒業し、小説家として活動する者、会社に就職しながら執筆をする者、小説家の夢は叶わずとも編集者として作家を生み出す役割を持つ者……と様々な道を歩んでいる。(私達姉妹は、この先どうなって……いく……)小珠こだまの意識が遠のき、夢の底へ辿り着いた。

<プルルルル……>事務所の電話が鳴った。待ってましたと言わんばかりに妥縒たよりは電話に出、営業ボイスで対応してみせる。「御電話ありがとうございます!こちら、『遠野シスターズ占いの館』でございます」『あ、もしもし!五十嵐千夏です。覚えてる?』懐かしい声が電話の向こうから聴こえてきた。途端に妥縒たよりの表情に花が咲く。「いがいがちゃん?」『タヨ?久し振り!あの、実はね……』「フン……フンフン……なあるほど!その依頼、引き受けたり!」嬉しさいっぱいの表情を浮かべ、妥縒たよりは初めての依頼を快く引き受けた。

『歌声は加速する』

初めての依頼を受けた翌日、妥縒たより小珠こだまは入り口の扉前に待機していた。初仕事という事で心の襟をピシッと折り、姿勢をもピシリ……と整える。「後十分で到着されるわね。それにしても……五十嵐さんが来られるなんて。懐かしさと、緊張とで心が爆発しそうだわ」「私はさっき、トイレで爆発したよ。まずまずなサイズだった」「それ、絶対お客様の前で言わないでちょうだい」こんな時でも、妥縒たよりはマイペースだ。「開店十分前でございます。これ、デパート開店時間前のスタッフさんみたいでソワソワ……ソワめくね」新しいワードが妥縒たよりから沸いて出た。緊張とはまた違う刺激を感じているのが分かるが、ここはやはりきちんとしてほしいものだ。「まあ、ソワソワは理解できるわ。新たな一歩につながる瞬間だものね」壁にかけてある時計を見る。五分前ともなると、いよいよ緊張がピークに達してきた。「お姉ちゃん、どうしよう」「どうしたの?」妥縒たよりの顔を見ると、乳児が泣きそうな表情になっている。この表情からすると、恐らく生理現象。「行ってきて、お客様はこっちがお出迎えするから」「ひーん!おしっこ、おしっこ!」(やっぱり、妥縒たよりはこうよね)妥縒たよりはお出迎えには出られないと見た。一人での出迎えとなると、なおのこと緊張が高まる。来客時間一分前。(五十嵐さんのお知り合い、どんな人かしら?類は友を呼ぶ……ていうくらいだから、五十嵐さんに人柄が似た人?それとも逆に妥縒たよりみたいな扱いやすい子?五十嵐さん、妥縒たよりとも仲良いし、もしかしたらそのタイプの……)ピンポーン(き……来たあっ!)息が止まる。が、呼吸を整えて、チワワのように震える手で扉のノブを廻した。扉を開け澄んだ声で一声出す。「いらっしゃいませ!お待ちしていました」「こんにちは!久し振りね」訪れた依頼人、五十嵐千夏……もう、下の名前だけで呼ぶことにする。千夏の顔立ちは少し大人に成長しており、懐かしさと新鮮さとが隣り合う感じがした。「「……おひっさあああっ!」」小珠こだまも千夏も両腕を伸ばし、ガバッと互いを抱き締めあった。まるで長年離れていた幼馴染みが、再会したかのような大袈裟なアクションだ。再会を懐かしむ事、約二分。そろそろ本題に入らないと始まらない。小珠こだまの視線が、左右に移動する。「そういえば、相談者の越後屋真助えちごやしんすけ様は、どちらに?」目の前にいるのは、千夏一人だけ。肝心の相談者が見えない。「実はね……」「あっ!一先ず入って。今お茶入れるわね」「あ……お構い無く」(あの時と同じ紙パックのじゃないわよね)千夏を客室へ通しお茶の用意をしたところで、話が始まる。「実は今日来るはずだった越後屋くんなんだけどね、彼の進路……夢についての相談なの」「進路相談てとこね。越後屋様の年齢は、十八歳よね?確か五十嵐さんの作家仲間で、あちこちの出版社に原稿を投稿してるらしいわね」「そう、なんだけどね……」小説に関する不穏な相談らしい。この空気は二人とも過去に体感している。「今日一緒じゃない理由が、その事と関係してるの。長くなるけど、話すわね」「どぞどぞ、長話なら得意だよ」二人の真ん前テーブルを挟んだソファーに妥縒たよりがいる。いつの間に来たのだろう。「ええ……続けるわね」(やっぱりこの二人……とくにタヨは、不思議っ子だわ)「越後屋くんが作家仲間になったのは半年くらい前で、作家を目指し始めたのは、なんとなく書いて投稿した作品が佳作に入賞した事がきっかけらしいの。越後屋くんは俄然やる気になって、誰もが感動する物語を書ける作家になる……って言ってるんだけど、私には彼の夢は違う分野じゃないかって思うの」「そう思う点は?」小珠こだまが尋ねる。千夏の鋭さは二人とも知っている。「なんていうか……楽しそうに書いてはいるんだけど、見せかけの楽しさ、っていうのが伝わるの。無理して本当は好きでもない小説を書いてるように思える感じがするのよね」「いがいがちゃん、そゆトコ気付きやすいから、ドンピシャかも」「ん……つまり、越後屋様の本当の進路を垣間見る、っていう事ね?」小珠こだまは冴えている。恐らく千夏の目的というのは、越後屋が心から楽しめる夢を追いかけてくれる事だろう。「話に出てきてるチゴくん、才能とやりたいことはバラバラなんだね。小説だって、たまたま軌道にのったから書いてるだけだろうし……上手くいかないよね、現実世界は」((鋭っ……!))妥縒たよりが珍しく的を得たアンサーを下した為、小珠こだまから千夏から有り得ないくらいの驚きが発生した。「タヨの言葉の通りよ。今日だって越後屋くんをつれてこようとしたけど、筆の進みが良いから行かないって……多分、進み具合関係なく他の事には見向きもしないんだと思う」千夏は沈んだ気持ちを露にする。「何かの分野で上手くいくのは本来は良いことなんだけど、挫折しても良いから本当にしたいことを挑む方が生き方として幸せ……だと思うの」挑み続けて成功を掴めなくとも、心からなりたいものを目指した人生ならば心残りはない。千夏はそう言いたいのだ。だが逆もある。夢とは異なるが、才能に従い生きていくのもまた幸せな人生。どちらが正解かなんて、誰にも分からないだろう。「いがいがちゃん、はいゴボウ、どうぞ!気持ちがしんどい時にはお菓子が一番。お姉ちゃんにも、はい!」スッゴい無垢だ。無垢な妥縒たよりが運んできたたまごぼうろを、二人ははにかんで一粒取る。「「ありがとう」」「はいな!」たまごぼうろをつまんで、千夏は言葉を繋げた。「越後屋くんが秘めてる本当の夢を、音野姉妹の特殊な能力を使って読み込んで欲しいの」「なるほど。本当の夢さえ分かれば、その道に行かせる事ができるものね」「心の本音を聞き出せば、解決間違いなしだよ!」姉妹の特殊な能力を使えば、越後屋が抱えている夢がなんなのかを突き止める事が出来るもの。問題は、判明したところで越後屋が本音の通りにするかどうかが肝心。「難しい問題だけど、挑んでみるわ。今日は早朝のうちにパートの仕事終わらせたから、今から越後屋様のご自宅に向かうわ」「仕事の疲れがあるのに本当ありがとう!お礼は、弾むわね」「ええ……ねえ、そこまでして越後屋様の夢を知りたい気持ちって、作家仲間としての絆?」「んー、当たらずとも遠からず?絆、もあるんだけどね、その子いい子なのよ。周りに凄く気を配ってるし、外を歩いてるときなんかは他の人を先に通すし……普通の事だけど越後屋くんがすると善人に思えるの」千夏が口にする越後屋の人物像には、特別な優しさを放っているような美学が伝わりつつある。友情を越えた情に近いものを、二人は感じ取った。「漫画とかラノベとかのヒロインタイプなんだね、チゴくんは。それか姓に悪どいイメージがあるせいで、スッゴい善人に見える現象放ってるのかも」説得力が在るのか無いのか、妥縒たよりが何かを説明すると何故だか以心伝心してしまう。「ま、善人なんだろうね、チゴくん」「そ、善人なの」「五十嵐さんが気にかけてるって事は、越後屋様は善人なのよね」その名前の後に「様」を繋げると、どうにも印象が悪人寄りになってしまうが……まあ、気にしないようにしよう。「ところで移動についてなんだけど、今のところまだ車は無いの。だから、電車での移動になるわ。五十嵐さん、お客さまなのにごめんなさいね」貯金は全て事務所設立の為に使いきった為に、車を購入するゆとりは姉妹には皆無。「ああ、平気。私、車の空気は苦手だから、電車の方が楽だわ」千夏がそういう性分で良かったと、姉妹はつくづく思える。三人とも車は苦手な方。電車なら乗り換え等慣れている為、どの駅にでも移動できる。越後屋の自宅が在る場所まではそれほど遠くもなく、三十分程で到着した。「二階建ての住宅……両親、弟と四人暮らし。室内にはインコ1羽」((一戸建て、羨ましい!))姉妹は密かに心で叫び声を上げた。千夏には何となくだが、表情から伝わっている。越後屋の本音を聴くには気心が知れた人物の動きが必要となる。「いがいがちゃん、出番だ……と言いたいところだけど『サトラセ』の能力でチョンバレしちまうね」「それね、卒業してから訓練を続けてたら、調節出来るようになったの。だから問題ナシね」「「素晴らしき成長!」」「二人も成長してるわ。お茶の出し方なんかがね。じゃあ、越後屋くんを連れ出すわね」越後屋の自宅のインターホンを千夏が押す間、妥縒たより小珠こだまは歩道辺りで待機する。側に飲み物の自動販売機が在り、通行人が飲み物を飲んでいるように見せかける事が出来る。<リンゴーン!>高い音のインターホンが響き、暫くしてから千夏がインターホン越しに話し始めた。「五十嵐です。真助くん、おられますか?」更に待つこと約二分。玄関の扉が開いて、千夏と同い年くらいの少年が出てきた。彼が越後屋真助らしい。「本屋さんで面白そうな小説を見付けたの。見に行かない?」「行くよ。丁度話が行き詰まってたところなんだ。どんなジャンル?」「ホラーなんだけど、コミカルな感じの粗筋だった。新刊だから、売れてるかも知れないけど、行くだけいってみましょう」千夏は策士だ。粗筋のみをあやふやに伝え、しかも売れている可能性を匂わせる事で実在しない小説でも話題に持ち込める。物を書いているだけの事はある。歩道脇に在る自動販売機の付近で、妥縒たよりが身構え、小珠こだまも本音に心のアンテナをはりめぐらせた。「ホラーっぽさとコミカルさとが共存してる表紙でね、オムニバス形式なの」変に無言になるより、自然な口調で語る千夏のスマートな演技には脱帽。不自然な部分など微塵もない。「それじゃあ、一作每、ものの数分で一気読み出来そうだね。そういう作風、結構好きだな!売れてなければ良いな」「売れてたとしても、在庫が在ったら入手出来るわよ。お取り寄せ、っていう方法もあるしね」「それもありだけど、やっぱり今日行った日に返るのが望ましいよ」架空の書物についてをアレコレ語り合う二人が、音野姉妹の方へ近付いてくる。緊張が彼女達の心に走り、飲み物を味わえるゆとりはない。缶ジュースを持つ手に力が入り、気持ちが高まる。越後屋が側を通る。第一の本音が姉妹の心に届く。(筆が停まった時には、プロの方の作品を読んで気持ちー)次に第二の本音が響く。(ーす―ずしい気持ちで大人になろうよ世間なん―)第一の本音は小説に関係するリフレッシュ方法だが、第二の本音は言葉ではなく、歌声だった。それも覚えの無い、初めて耳にするそれだ。こんな心の本音は初だ。姉妹二人とも呆気にとられて、越後屋の内面的な部分に謎めいた物を感じている。千夏は背中越しに姉妹の気配を感じ取る。(何か、静かね?越後屋くんから心の本音は聴けたのかしら?)背後にいる姉妹の様子が気にはなるが、越後屋に気付かれないよう、またサトラセで伝わらないように千夏は全神経を集中させ歩き続ける。缶ジュースを飲むふりをした体勢のまま、妥縒たよりもそして小珠こだまも固まっていた。リアクションに困る心の本音を察知した。「お姉ちゃん、今の読み解けた?」半開きの口からグレープフルーツの匂いを漂わせ、妥縒たよりが問いかける。それに対して小珠こだまの答えは朧気な物だ。「たぶんだけど……歌、にまつわる夢かしら?だけど、あの歌唱力じゃあ……」そこから先は、とてもではないが言えやしない。第二の本音が奏でていた歌声から考えると、越後屋には残酷な未来が待っているだろう。「チゴくんの心の夢は、シンガーなんだね。でもチゴくん、お歌はお下手なんだな……これ、夢が分かったところで、解決は出来ないね」同情に満ちた顔を見せる妥縒たよりを、小珠こだまも同じように同情の表情で見詰めている。心の本音から聴き取れた歌は、恐らく越後屋が作曲したものだろう。作曲の才能はあるのだろうが、歌い手としては難点なところだ。「才能と挑みたい事は別……とは、よく言ったものだわ。聴き取れた本音については、五十嵐さんに報告しないとね」「心の声を効けても、歌の補佐は分野じゃないもんね」「私たちも今から本屋さんに……」その時だ。

(飴にチョコ、買うものはこれくらー)側を通る少年の裏表の本音。(ー世間なんか気にせずにすう直ー)「「!」」姉妹の側を通り掛かった少年の、第二の方の本音が聴き覚えの在る歌だった。越後屋から聴き取れた心の本音と同じ歌詞、同じリズムの歌。これは偶然なのかどうかを知る追究心が、姉妹に芽吹いた。少年が越後屋の自宅の方へと、意味の在る視線を向ける。その間、少年の足は少し速度が落ちた。その時、姉妹に今だかつて無い新たな現象が起きたのだ。(ー小説の活動も大事にしてるし、作曲の方もほぼ成功してー)((え……っ?))第三の本音が、少年から届いたのだ。これまでだと、第一の本音と第二の本音を聴き取れていたが、初めて第三の本音を察知出来た。お互いの顔を見合わせ、妥縒たより小珠こだまは有り得ない生物を発見したような気持ちを抱いている。「お姉ちゃん……新しい能力……」妥縒たよりが口をパクパクさせて、あわてふためいている。小珠こだまも驚きすぎて逆に表情はすました物と化している。どうやら姉妹に第三の本音を聴き取る能力が開花したらしい。少年の目は何処と無く寂しそうに見える。「でも……今は、歌より、小説が良いの……かな……」力無い声が、少年から零れた。「今の第四の本音……!」「いや……今のは、直接的に出たリアルな声よ。第三、第四なんて、クラシックみたいな言い回しね」少年の方を見ると不躾なので、彼女たちの目線は互いを見ているかのように向かい合っている。因みに話し声もボリュームを最小限に調節していて、怪しまれないように本音を探っている。「伏線回収出来そうだね」「今回もやっぱり実行するのね」少年の足は再び速度を上げ、向こう側へと歩いて行った。真実が掴みかけてきたところで、行動を開始する。妥縒たよりは思いっきり体をピシリと伸ばし、スマホを空へとかざした。「シャキーン!『ボイステレポートビジョン』!そうちゃあああく!」決め台詞も鮮やかに、妥縒たよりの姿は、まるでバトルアニメのヒロインのよう。「迷いの無い動き……流石、我が妹」小珠こだまが感心している最中、妥縒たよりの手は出したスマホを下ろし、普通に通話モードで作動している。「あ、もしもし……さっくう?」「電話をかけるだけなのに、ポーズに迷いがないなんて……妥縒たよりじゃないと出来ないわよね」「今日って確か授業、午前中だけだったよね。今から来れる?脳内狼煙のうないのろし上げるから、そこまで来て。ん、ん、待ってるね!バイバイバーイ」通話は終了した。(脳内狼煙のうないのろし?いつの間にそんな必殺技……)感心する小珠こだま妥縒たよりは、さも当然のように行動を告げる。「てなわけでお姉ちゃん、さっくうに分かるように脳内狼煙のうないのろし上げて。なるべく高くね」「私がすんの⁉」「お姉ちゃん、昔から人より優秀だったもんね。出来るよね。脳内狼煙のうないのろし」優秀な事と特殊な事を完全に見失っている妥縒たよりなのだが、真剣な顔で脳内狼煙のうないのろし待ちをしていて、全身から力が抜けそうになる。「いや……物理的に有り得ないわよ。そんな不思議能力なんて」「え⁉」「いや、本気でビックリしないでよ。無理だから」小珠こだまのクールな言動により、妥縒たよりはかなりショックを受けた。「さっくうが、来れない……!」「スマホのGPSで、現在位置を伝えれば問題ないのよ?」小珠こだまの口調は、まるで小さな子を相手にするように優しい感覚へと変化している。もう泣きそうなのは、小珠こだまの方だ。「ハイテクな時代だね。でもその必要は無用みたい」「そうね。もう、来ちゃったし」姉妹が視線を向ける先には、既に咲羅が到着していた。「タヨちゃんとコマちゃんが脳内狼煙のうないのろし上げてくれたから、しゅんで現在位置を読み解けたよ」「流石は悪の手先だね」「それじゃあ、行動に移行しましょう」

書店に向かう途中、千夏のスマホがメールの着信音を奏でる。音はシンプルなモノだ。(このタイミングでの着信、もしかしたら……)千夏の第六感が強く反応した。『間もなく音野姉妹と黒桜による悪役ショーが開演致します』(例のアレ、ね。という事は、向こうで何かの動きがあったって事よね)それだけの文面から、千夏には全てが読めた。書店に向かう途中で、越後屋が決心したような目付きを見せた。「それでさ、話しておきたい事が……」言いかけたそのタイミングでの事だった。「越後屋真助見つけたり!」「「!」」突然天を突き抜けるような声が轟いた。(えっ?街中でアレをするの?)「な、何⁉」両者異なる意味での驚きを表に出し、声のした方向へと顔を向けた。「えええっ?」越後屋は青ざめて、ひっくり返った声を洩らしたのに対し……。(屋上……その場所がラストシーンの定位置なのね。サスペンスのラストで、崖が出てくるシーンを思い出すわ)千夏は二度目だからか、わりとクールに佇んでいる。正反対の反応を見せる二人を見て、悪役をしている姉妹と咲羅はフムフムという顔を向けた。悪役ヒロインたちがいる場所……雑居ビルの屋上。(一つ驚いたのは、当事者だと思われる人を参加させてる事だわ。負けヒーローってとこね)千夏が思う通り咲羅の前には芝居をさせられている少年、名前を云っておこう……伊座形颯天いざなりはやてが位置をとらされている。少し前、姉妹は越後屋について話がある等と颯天を誘いだし、ショーの一員として捕らわれに

なるよう告げられたのだ。(多分だけどこの人たち、単にこういう事がしたいだけだろうね。ショーなんかしなくても僕は経緯を知ってるんだから……)面倒ながらもお付きあいいただいている颯天だが、人がよい。雑居ビルの屋上なのでやはり目立つ為、人が押し寄せ群集と化している。通行人はスマホで撮影を始め、パフォーマンスだと思われていた。「越後屋!貴様の相方を我々の仲間に加え、世界じゅうに恐怖の歌声を響かせてやろう!」「え?なんで、ハヤテを?」展開の早さに、頭の整理がつかない。(恐怖の歌声……もしかして、小説とは別にしたい事って……)伏線回収が得意な千夏には、ここで話が読めている。「君たちの目的は不明だけど、ハヤテは解放してくれるよね?君たちから殺気は皆無だから、物騒な事はしないのは分かる」(良い感じ……穏便に済みそうだわ)過去に囚われの身を演じた千夏には、三人が悪人でないと分かりきっている。悪人を演じている彼女たちにも、事が上手く運べそうな気がした。「ならば越後屋、お主の相方の歌声を聞こうではないか!この者の歌声が我々の心を打つ程の力を秘めているのならば、この者は解放してやろう!」貴様からお主へと呼び方が変化した。この言葉を言いたかったのだろう。「不自然な展開に持っていこうとしてる……でも、危うい位置だけど歌える⁉」「歌えそう!むしろここ、ステージみたいで歌を披露するにはもってこいの場所だよ」「じゃあ、いつものように……ごめん、本屋は後になるけど良い?」越後屋は千夏に許可を願う。この状況で反対出来る者などいるものか。「勿論。アレを見て、断れるわけないわ」(無理矢理だけど解決に導けるのがあの人たちの凄いところね。だから、依頼出来たんだわ)「ありがとう。曲、流すね」越後屋はポケットからスマホを出し、スイスイと操作していく。操作し終えるとスマホを肩より高い位置に上げた。咲羅が颯天を腕から離し、自由になれた彼は一歩前に出た。越後屋のスマホからイントロが流れ、颯天はリズムを取り始めた。「何これ?野外ライブ?」「さっきまで変なショーしてたのに?」「ライブの告知なんかしてないよな」街を行く人々の表情には、困惑した様子が伺われる。けど不穏なザワザワ感は皆無で、小さな騒ぎが起きているだけ。颯天の唇が歌用のスタイルを見せた。〈音もなく水の上に波紋が広がる 両手で水を掬い乾いた髪濡らしたー〉天使の歌声。颯天が歌い始めた瞬間、そんなワードが浮かんだ。歌う間にも颯天から聞こえる心の本音に流れる数々の歌声が、テンポが速くなる物で続いていた。結局越後屋は、小説か作曲かどちらかを選ぶ事はせず今のままの活動を続けるという事で解決に至った。「いがいがちゃんからの報酬額……凄すぎ……!」「小説書きながら副業でパチスロ店員もこなすなんて、流石は五十嵐さん!」パチスロ店員の時給、二千円以上。事務所の片隅にて見たことの無い金額が記された通帳を見詰める姉妹は、今後について考えさせられていた。「占いと平行して、副業もありだよね」「い、いつか……有名な占い師(?)になって、ガンガン稼いでみせるわ!」特殊な能力を駆使して活躍する姉妹ならば、有名になるのも遠くない……かも。

『現実と並走する空想』

朝食を済ませのんびりしている時に、事務所に電話がかかってきた。「「!」」小珠こだまの手が受話器に伸び、妥縒たよりの耳が受話器に近付いた。姉妹は先程から、依頼の電話を今か今かと待ち望んでいた。特殊な能力を使いたくてどうしようもない気持ちと、仕事が来て収入が欲しい気持ちとでゴッチャになっている。小珠こだまが声一文字分の間隔を開け受話器を取ると、接客用の声に切り替わる。「御電話ありがとう御座います。占いの館『ランON』でございます」数日前、事務所の呼び名を変更した。響いている感じを引き出したいとの事で、走る、と音とを合わせて更に音にインを踏むイメージを印象付けたく、『ON』の文字にしたというわけだ。『もしもし。私、華江伽はなえとぎと申すものです。あの、私の存在について占って頂きたいんです』(はなえとぎ……?)聞き覚えのある名前に、小珠こだまは奇妙な感覚を抱いた。「はい、どのような内容でしょうか?」小珠こだまは紙と筆を用意し、依頼人、伽の話す内容をメモする準備をした。少し間を置いてから華江は内容を答える。『私が今存在している世界に『存在』しているか……いいえ、というよりも、この世界その物が『存在』しているかを占って頂きたいのです。言葉の意味……お分かりでしょうか?』「……え?」小珠こだまの考えが一時停止してしまう。どう答えれば良いのか、反応に困る。『すみません、私のことを気味が悪いとお思いでしょうが、その……私遡って説明致します。私実は、そちらさんと同業者でして、種類は異なりますが占い師なんです。いや……それは、まず無関係ですよね)』「ああ……あの、直接お会いしてお話をお聞きしましょう。対面希望時間は、いつが宜しいでしょうか?」これまでに体験の無い電話対応。電話越しに通話を聴いている妥縒たよりも、何とも 言えない奇妙な感じがする。電話の向こうから、不思議だがけれど何故か安心する『感情』が伝わるのがまた奇妙だ。『今日、今から……と言いますか、私占いの館の前にいます』〈イマ、アナタノウシロニ……イルノ〉そんな昔流行っていたホラーキネマの台詞が姉妹の脳内から脳内へと広がった。なのに、不思議と怖さはない。(このお客様……

善人だわ)(お客様にはお茶菓子、お茶菓子!リラックスさせるには、麦茶とゴボウだな)「只今そちらへ参ります。一度御電話、結びます」『結ぶ』とは、姉妹が決めた『切る』という意味。元の単語だとやや響きが悪い為、繋いでいる部位を離すの意味を『結ぶ』にしたわけだ。玄関へと小珠こだまは向かい、妥縒たよりはお茶菓子の用意をしにキッチンへ行く。(占い師の方が同業者への占いを求めるのは、よほど危機に迫る状態って事!それに電話で聴いた不思議な内容……気になるわ!)扉の前に立つと、向こうから高貴な空気が漂うのが肌を通して分かった。(凄い!この『気』凄い能力を秘めた占い師の方だわ!)肌に優しく伝わる占い師ならではの気配を、小珠こだまは勿論、キッチンにいる妥縒たよりもビンビン感じていた。扉のノブに手を掛ける事さえ、緊張してしまう。(一、二……三!)息を整え扉を開けると、向こうでもやはり緊張している伽が佇んでいる。お互い顔を見合せる。「「初めまして……」」占い師同士の初対面での一言。緊張の糸が……。「「ふ……っ」」弛んだ。緩やかな笑顔が互いの目に映る。「先ずはお上がりください」「失礼いたします」客間に伽を通すと、既に妥縒たよりがお茶菓子の用意をして待機していた。テーブルにはおしゃれな小皿に山盛りのたまごぼうろと、グラスに注がれた麦茶が置かれてある。「いらっしゃいませ!さあさ、こちらへどうぞ」「あ……ありがとうございます。失礼します」伽が小珠こだまの側を通り過ぎ、妥縒たよりの方へと歩いていく。その時だった。第一の本音。(占いの通り、たまごぼうろが出てきた……かなりユニークな御姉妹だ事ー)同じく第一の本音。(ー目覚めるのはいつ?何処で目覚めて、どんな姿をしてるー)第二の本音。(自身の事だけは、何故か読み解けずにいー)同じく第二の本音。(ー存在してるのか、それとも存在する世界さえ存在していなー)第一の本音と第二の本音が二種類ずつ同時に届いたのだ。この現象には姉妹も驚いた。しかも同時に届けられた本音なのに、不思議な事に綺麗に聴こえたのだ。「お二方には、私の本音が聴こえていますね。お聴きの通り、今のが私の占って頂きたい内容です」椅子に腰を落とした伽から、説明出来ない空気が流れてきている。生身の空気ではなく、精神的に感じる空気だ。小珠こだまは困惑しながら、同じく困惑している妥縒たよりの隣に座る。何から言葉を始めれば良いのか考え、今の状況を組み換える事を思案してみた。情報力はパソコンに在り、だ。コンパクトだがありとあらゆる情報が集まるパソコンは、困った時のお助けアイテム。「一先ず華江様の人生設計から、占いの手順を踏ませていただきます」『華江伽』の情報を収集し始めると、彼女についての経歴などがヒットした。(有名な占い師の方……どうりで御名前に聞き覚えがあると思ったわ)性の画数で人生を試みてみようとするも、その辺りでは普通の開運アドバイスしか出てこない。問題なのは伽が云っていた『存在』というワードだ。伽自身が存在しているか……と云われたところで、こうして今目の前にいるのだから存在しているのだろう。占いと言うよりは、想像による応えと云った方が良いのかも知れない。(これは……どう応えるのが正解なのかしら?)小珠こだまは悩んだ。特殊な能力を持っているところで、どうにもならない。「あのさ……そんな感じの症状みたいなの、アレコレググっていけばいんじゃね?」妥縒たよりがヒントらしき事を言う。「そんでさ、ググる前に今度は私たちが華江さんの前を通り過ぎるっていうの、試してみない?」これは新しいやり方だ。「ん……なるほど。華江様から未体験の本音の伝わり方がしたのなら、こちらも違った動き方で本音を受けとる……妥縒たより冴えてるわね」「お姉ちゃんの相方だからね」えっへん、といった感じで笑みを見せる妥縒たよりは、実に頼もしく思える。「華江様は席に着かれたままで、私たちが華江様の御前を通りますね」「御手数お掛け致します」言葉遣いが本当に丁寧。新しいスタイルで心の本音を聴く体勢に入る。小珠こだま妥縒たよりが縦に並んで、伽の前を通過し始める。二種類ずつの第一の本音。(空間にポツンといるのがワタシー)(帰ったら少し仮眠とっー)続いて、二種類ずつの第二の本音。(ー朝も夜もない、時間そのものー)(ー明日は観たい映画をレンター)聴こえた。それぞれ無関係の本音が姉妹に聴こえたのだ。「やっぱり……気味が悪いですよね?色んな占い師さんに鑑定をお願いしたんですが、占いとして、管轄のステージが異なるようでして……最終手段として、お二方のお店を紹介されたわけです」伽は結構疲れていた。自身の不可思議な症状には長年悩まされている。「私の相談する内容があまりにも現実からかけ離れているせいで、占い師の方々から見放されてしまいました」「見放されてはいませんよ。安心して下さい」そう言葉をかけたのは、なんと妥縒たよりだった。珍しく大人の意見を述べた妥縒たよりを視線に映し、今度はその視線をパソコンへと向けた小珠こだま小珠こだまの指はあらゆる症状を公表しているサイトへとアクセスするべく、キーボードの上を滑るように動く。「サイは投げられていません。占い師の人たちは華江さんを気にかけてますとも」御客様には『様』をつけなさい……普段ならそう言う小珠こだまも、この時ばかりは妥縒たよりの言動を受け入れられた。「大丈夫ですよ。私どもが親身になって症状の原因を突き止めますから。調べる間に、華江様が症状を感じだした頃について、話していて下さい」目線はパソコンに向いたままだが、気持ちはこちら側に向いているのが伝わってくる。占いに出ていた通りの人柄なのだが、実際こうして対面してみると相手の本当の姿が直に分かるから不思議だ。「お姉ちゃんが情報集めてる間に、華江さんが初めて『存在』に対する疑問を抱いた時の事を話して下さいませんか?」妥縒たよりにしてはなかなかの対応力。小珠こだまの心が軽く反応したが、妹の成長に感心する事にした。「はい……最初にその症状を意識し始めたのは、私がまだ園児だった時です。保育園の砂場で遊んでいたら、なんの前触れもなく自身は本当に今存在しているのだろうか……と過ったんです。『人間』なんて実のところ存在していなくて、別の生き物として『人間』になっている夢を見ているような、そんな気がしたんです」ここまでスラスラ話すと、伽はふと妥縒たよりを見た。伽には姉妹のように心の本音を察知する特殊な能力こそ無いが、相手の眼差しから心境を読み解く事は出来る。今妥縒たよりが真剣な気持ちで伽の話を聞いている……それは正しく伝わっている。その様子は親が子へ童話でも読み聞かせている風にも思える。(続きを待ってるのね)ならば話を続けよう。この姉妹になら重い話をしても、憂鬱な感情にはならない。「そんな奇妙な現象が起きているのに、私は微塵も怖くなかったんです。それどころか存在しないで欲しいとさえ思

えたんです。存在していなければ、嫌いな集団行動をしなくて済む……そう思えたんです。兎に角決まりごとが苦痛でした。もし生きている世界が存在しないモノなら、決まりごとに従わないで済む……ですが、その夢は覚めないので、これは現実なのだと知らされるわけです」当時の光景は消えることなく、伽の脳裏に刻まれている。守りたくない決まりごとに従い、嫌いな給食を食べなければいけない。そんな世の中なら、存在しない方が良いと考えていた。「生きている世界が無ければ夢から醒めて『人間』という『存在』していないモノから、本来の姿で自由にいられる……と思えば楽になれました。でも年を重ね小学校という『存在』していないかもしれない組織に入らされ、苦しいながらも楽しいことも増え始めたんです。縄跳びに迷路にルービックキューブに手作り万華鏡……好きなことがどんどん増えていく度に、世界が『存在』していなければ興味を持った者は実は『存在』していない……そういうことになり、考えるとゾッとするわけです」寒い……伽が話す『存在』についてのこれまでを聞かされている間、その場の空気が、というよりは精神の部分がひんやりと寒くなっているのだ。そんな冷えきった空気をかい潜り、妥縒たよりの口から言葉が出てきた。「『存在』しています、私たちがいますから」「!」理由になっていないのだが、妥縒たよりが言葉をその場に置くと、大きな効果をもたらした感じがする。その効果は調べものに集中する小珠こだまにも影響していた。長時間パソコン画面を観ていても疲れが来ない。些細な事だが、動きやすい。(精神的、頭脳的な症状には様々なモノがあるのね。『不思議の国のアリス症候群』、『ディスレクシア』……あ!あったかも!『離人症』!内容からして、症状か、類似してるわ!)この症状を伽に伝えようと、小珠こだまは彼女へと顔を向けた。今の伽は初めに逢った時に比べて柔らかい表情を見せている。その時小珠こだまの脳裏に一つの案が浮かび上がった。「華江様、今からお時間頂けますか?」「え……?」占いに出ていない展開が起き、伽は強い驚きを表情に出した。「華江様が現在悩まれている原因が分かりました。その原因に対しての向き合いかた……とでも云いましょうか、その考え方を和らげるような対応力を持てるよう、出掛けましょう」(これは、予想外のお応え!)それが正解なのかどうなのかは小珠こだまには確かな事は分からない。自然に浮かんできた動きかたであり、結果はなんとも云えやしない。「華江様はプライベートでは、どのような場所へ赴かれるのですか?」小珠こだまは出掛ける気満々。そんな気配を読み込み、妥縒たよりもまた楽しげな気持ちになっていく。「あの……私は時々、牧場へ出掛けたり、万華鏡記念館へ出掛けたりしています」「わあ……!楽しいよね、それ絶対!」妥縒たよりはついお客相手にフレンドリー口調で話してしまった。自然にそんな話し方が出てしまうくらい、楽しい気分になっているのが分かる。「場所をお調べしますので、少しだけお待ちくださいね」「あ……はい」

牧場と万華鏡記念館についてをパソコンで検索する小珠こだまの眼差しからは、接客などではなく家族のポジションで行動している感じが伝わる。小珠こだまが調べものをする空白時間を見計らい、妥縒たよりはお茶菓子を運んできた。「お茶菓子のおかわりです。どうぞ」接客ウマイ!「ありがとうございます。すみません」妥縒たよりが運んできたお茶菓子はゴボウ(タマゴボウロ)ではなく、ロールケーキとアイスティーだ。妥縒たよりにしては、珍しくちゃんとした物を運んでくる。(こうやって普通にお茶菓子を出していれば、お出掛けに連れてってくれる、かも)珍しくはない。いつものように、妥縒たよりだった。「ありました!牧場『ラムット』……羊と兎が跳ね回る小さな牧場。そして万華鏡記念館ですが、記念館というよりも『民婆たみばあさんの民芸品寺子屋』という万華鏡をはじめ、色んな民芸品を創る施設が……場所は別々ですのでどちらかしか行けません。華江様の御希望に沿い、そちらへ向かいます。どうなさいますか?」場所的に両方へは行けないらしい。それは少し残念だが、ここまで親身になり提案を下してくれる事に喜びを感じる。「ありがとうございます!御言葉に言葉に甘えまして、『民婆たみばあさんの民芸品寺子屋』、でお願いします。万華鏡、好きでして創るのが趣味です」「「ほう……っ!」」流石にそこまでは、姉妹の特殊な能力でも察知出来ずにいた。「万華鏡……良いですものね」「ん―ん―!幻想的な仕掛けで、見ていて飽きないですよね」実は二人も万華鏡を手にしていた次期があり、二人で一本の万華鏡で代わる代わるに遊んでいたのだ。「夢心地って云うんですかね、でも、夢を見ている感覚とは違って……実感は在りました」その気持ちは分かる。現実での夢心地には、生身の意識が働いているもの。『夢のような現実』を語る伽の笑顔はいいものが見え隠れしている。その表情は掛ける時にも変わらず、リアルな魅力が宿っていた。

目的地まではバスで四十分の場所に在った。山側に建てられている藁葺き屋根の

民家で玄関には切り株で形どられた看板に『民婆たみばあさんの民芸品寺子屋』と書かれている。独特な雰囲気が漂う民芸品ファクトリーには、何組かの家族連れが訪れていた。家族は楽しそうに好きな民芸品を制作している。「いらっしゃいませ、三名様でしょうか?」年輩の女性が歩み寄り、三人を出迎える。どうやらこの女性が『民婆たみばあさん』らしい。民婆たみばあさんは彼女たちが想像していた通りの、いかにも民芸品が似合う年輩の女性だった。「あ、はい……三名です。私たち、万華鏡作りの体験をしに来ました」「はい、万華鏡ですね。あちらの設置空間に万華鏡作りの材料が在りますので、お好きな組み合わせでお取り下さい」民婆たみばあさんが手で指し示す場所には『万華鏡コーナー』と記されたポップが貼られ、鏡、筒、色とりどりのビーズや細かい紐が置かれてある。糊やテープも側に在る。既に完成された物しか目にした事がない三人には、組み立てる前のパーツを見るのは新鮮な事。「わぁ……っ、キレーイ!どれを好きなだけ使っても良いんですか?」好奇心旺盛な妥縒たよりは、万華鏡の材料を見るだけで大はしゃぎ。「はい、どれでもお好きなだけどうぞ。万華鏡の仕上がりは、手にするお客さんの数だけ在りますから」妥縒たよりの楽しそうな姿が、民婆たみばあさんの精神に影響力を与えている。「迷うわね。ビーズをふんだんに使って、紐を一色ずつ使うとか、ビーズと紐を同じ割合で混ぜても良さそう!」「バリエーションが豊富な民芸品ですね。万華鏡って」「それって、まさに『夢』かも!」またしても妥縒たよりは言葉を遊ばせる。妥縒たよりの言葉を耳にして、民婆たみばあさんは予想外の顔付きを見せ、小さく笑う。品の在る笑顔だ。笑顔を浮かべ、民婆たみばあさんは抱いている心地よさを心に踊らせた。第一の本音。(そんな風にいっ

てくれるお客さんがいてくれて幸ー)第二の本音。(ーもう少しだけ続けてみようかー)姉妹に驚きの気持ちが駆け抜けた。集中していないのに、心の本音が聴こえたのだ。この辺りは伽にはなんとなく占いで読めていた。あえて秘密にしいたのは、云わない事での楽しみな驚きを体感したかったからだ。「私たちの能力、ステップアップしてるわ」「この場所に来たから……かなぁ?」万華鏡の材料を選びながら、姉妹は驚きを隠せない様子。「お二方の努力の印ですよ」選んだビーズを小箱に入れていく伽のいたずらっ子な顔つきには、無垢な遊び心が弾けている。「そうかな?」「そうなんだね!たぶん!」好きな分だけ材料を取ると、三人は民婆たみばあさんへ尋ねる。「材料決まりました。作り方を教えて下さい」「はいはい。少し待っててくださいね。」民婆たみばあさんはプロペラ飛行機のコーナーにいる家族連れのお客に声をかけ、彼女たちの方へ歩いてくる。「どれどれ?」伽は作り方を知ってはいるが、訪れた事の礼儀として学ぶ側へ回ることにしている。謙虚な性質を持っている。教室を思わせる席につき民婆たみばあさんから作り方を学ぶ三人の姿は、それは無邪気で児童のよう。万華鏡という無限のファンタジー絵巻を自身の手で作る、これは忘れられない体験だろう。

「「「ありがとうございました!」」」楽しい時間を過ごした三人の手には、各々が作った万華鏡がある。個性溢れる万華鏡には、それぞれにの魂が宿る。「気を付けてお帰り下さいね。また、おいでませ」日本の母らしい別れの言葉を弾ませ民婆たみばあさんは三人が見えなくなるまでその場に佇んでいた。万華鏡のような時間を過ごせ、その日に特別な色が混ざりあっている。「華江様、現実で見られる夢とこの日を比較しまして、朧気なのはどちらですか?」遊歩道を歩きながら、小珠こだまの問いは夢の文字を強調させた。「え……朧気なのは夢、の方です」そんな質問をされるとも占いには出てこず、伽の脳内には不思議が生まれていた。「と言いますことは、華江様が夢かもしれないとおっしゃっていましたこの世界こそが、紛れもなく現実として存在している世界ですよ」「!」伽はこの時気が付いた。小珠こだまが外出の提案を下した理由が。この世界がリアルな存在。今、確かにそう生身に感じている。「症状について色々な種類が在るそうです。風景が異様に大きく見える『不思議の国のアリス症候群』、文字の解読が困難な『ディスレクシア』等……他にも色んな症状に悩まれている方がおられるとの事です」サイトから未知な事を知れた小珠こだまには、目の前にいる離人症に悩む伽が普通の人として存在する事が不思議でならない。「華江様、もう悩まれなくて良いんです。華江様がこの日常現実味を感じられているのでしたら、存在そのものが存在しているのです」「この為に外出を共にして下さったのですね。これほど親身になってくださる方々、そんな風に生きたいものです」手の中に在る万華鏡と自身の人生には匹敵する何かを感じた伽。この姉妹を頼って良かったとしみじみ噛み締めてしまう。加えてもうひとつ気付いた事が伽には在る。「あの、思うんですが、お二方占い師というよりは『人生アドバイザー』と云う方が適しています」伽の一言には姉妹も納得。「じゃあ、『音野シスターズ人生相談』に改名しましょう」「はいな!」


おしまい



三人は帰る途中にある採石場

にて咲羅や千夏、元文学部愛好会のメンバーを呼び出し、恒例の悪役ショーを開くのでした。


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