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マナーが蔓延る空間

 彼女はとても苛立っていました。彼女は巨大お絵描き掲示板の利用者の一人なのですが、頻繁に他人を不快にさせるような絵やコメントが投稿されていたからです。

 グロテスクな化け物、リアルな昆虫、露出の多い女性のイラストなどなどなど。

 

 「未成年だって観ているのに、あまりに自分勝手だわ!」

 

 とどのつまりは、マナー違反に腹を立てていたのです。それで彼女は、その掲示板内でこんな提言をしたのでした。

 

 「もっと皆が使いやすいような掲示板にしましょう! 皆さんが不快だと思うような投稿を禁止にし、マナーを徹底させるのです。

 そこで提案なのですが、皆さんが不快に思うような絵やコメントを書いていってくれませんか? そして、それをマナーに取り入れれば随分とこの掲示板は過ごし易くなると思うのです」

 

 その彼女の提言に多くの人が応じました。

 

 「気持ち悪い絵は描かないで欲しい」

 「批判コメントは禁止にしよう」

 「あからさまなご機嫌取りのコメントも止めてくれ。イラつくんだ」

 

 彼女はそれに喜びました。

 何に対して皆が不快に感じるのかが分かれば、皆は気を付けて投稿をするようになるでしょう。この掲示板はきっと今よりずっと良い場所になるに違いない!

 彼女はそう思っていたのです。

 そして、書かれた内容をまとめ、箇条書きにして残すようにしていったのでした。だけれども、ある程度、彼女の提言が話題になるとこんな声が出始めました。

 

 「窮屈なんだけど?」

 「正直、もっと気楽に投稿したいんだけど…… 芸術って自由なものじゃない?」

 

 その反対の声は始めはごく小さなものでした。が、少しずつその声に賛同する人は増えていきました。

 「世の中、ちょっとした事で怒りだす人もいるのに、そういう人の為に絵やコメントを制限し始めたら、そもそも何にも投稿できなくなっちゃうんじゃないですか?」

 「マナーで投稿を制限しろって主張がイラつくから止めてくれない?」

 彼女はそれに苛立ちを覚えました。そして、抵抗の意味を込みて、それら反対意見を無視して“皆が不快に思う投稿”の羅列を続けたのです。

 ところが、ある時にこのような意見が出たのでした。

 

 「誰かの投稿が不快だ、ムカつくって外罰的な事ばかり言っているけど、“その程度の事で腹を立てる自分の方が間違っている”って発想はないんですか?

 感情のコントロールができない小さな子供は、自己中心的な理由で腹を立てます。それが成長して、怒りをコントロールできるようになるんです。嫌な体験を避けていたら、いつまで経っても人間は成長できないんですよ。

 趣味嗜好が異なる様々な人が影響し合って成り立っているのがこの社会なのだから、他人の嫌な部分も受け入れられるようになるのは住み良い社会を作り出す上で必須のスキルなのじゃないですか?

 僕だってもちろん嫌な気分になる投稿を目にする事はあるけど、この程度の事で腹を立てる自分に自己嫌悪を覚えますよ。もちろん、意図的に悪意を持った投稿をするなんてのは問題外ですが、それ以外はできる限る受け入れるように努力した方が良いとは思いませんか?」

 

 その投稿は多くの人の共感を呼びました。そして、それで流れは完全に変わったのです。もう“自分が不快に感じる事”を書き込む人は一人もいませんでした。それでも彼女はまだマナー強化の意見を主張しました。が、「否定するより、まずは受け入れる努力をしろってことだよ!」と、叱責を受けて何も言えなくなりました。

 

 その件で、彼女は強いショックを受けていました。

 自分は間違っていない。

 今でも彼女はそう思っていました。

 ですが、そんな彼女にメッセージが届いたのでした。それはそのお絵描き掲示板で以前よりも交流のある友人の一人でした。

 

 『大丈夫ですか?

 もしかしたら、睡眠不足だったり、無理な食事制限ダイエットで怒りっぽくなったりしていませんか?

 少しの事も許せないのは、きっと体調不良の所為ですよ。心配です』

 

 そのメッセージを読んで、彼女は思わず涙を流してしまいました。

 実は彼女は結婚後の生活が上手くいかず、ここ最近睡眠不足が続いていたのです。多分だから、ちょっとした他人の言動に我慢ができなくなっていたのでしょう。

 

 苛立ちを覚えた時、人は自分の外に原因を求めがちですが、実はちょっとした体調不良が原因なんて場合もあるのかもしれません。

 少しくらいは冷静にそれを受け止めて、本当の原因がどこにあるのか、ゆっくりと考えてはみませんか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『皆が掲示板を気持ちよく利用できること』より『違反者を攻撃すること自分が気持ちよくなること』を優先してしまうこともありますね。 主人公は大事なことに気づけてよかったです。
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