ヘーラーの激怒
取り返した黄金の矢を手に持ったまま、輝ける君は神々の御座にお戻りになった。自らの椅子にお掛けになってすぐに、斜に構えた君アポローンのもとに、ご立腹のヘーラーがいらっしゃった。
白い腕の女神ヘーラーのご立腹は凄まじく、オリュンポスの座におわす多くの神々が恐れ戦いていらっしゃった。
斜に構えた君アポローンは、神々から視線を外されて、お席からお立ちになる。もっとも、神々のうちでもその心の内は様々であったので、輝ける君の行いには各々に賛否があったのであるが。
牛眼の女神ヘーラーは、その怒りに任せて地団太を踏まれ、大地を激しく揺るがしつつ、斜に構えた君を御諫めになっておっしゃった。
「フォイボス。あなた、アキレウスを殺しましたね?」
「確かに、アキレウスを討つようにパリスに執り成したのは事実です」
斜に構えた君アポローンがお答えになる前に、牛眼の女神ヘーラーは平手で神の美しい容顔を打ってしまわれた。女神は激しく御髪をかき乱され、甲高いお声で捲し立てておっしゃった。
「なんてことをしたのですか!?あなたは神として、神にも見紛うペーレウスの子を討ってしまったのですよ。フォイボス、あなたはペーレウスの結婚を確かにお祝いなされました。私は式にあなたが列席されたことを覚えておりますし、あなたもその式で私に挨拶をしたことは覚えておいででしょう?いいですか、あなたはこの式において、神々の前で素晴らしい演奏や催しをして、確かにお祝いなされたはずです。あの銀の足持つ女神テテュスに、その胎を痛めて産む御子が、素晴らしい勇士となることを予言されていました。それほど気にかけておられたというのに。何故にあなたが手ずから竪琴を奏でて祝い、木々や河川、小鳥や家畜までもが囃し立てた神の御子を射殺して、よりにもよってあのパリスを助けてやったのですか。パリスと言えば、あのラーオメドンの子孫、ポダルケースの子であるパリスを。いいですか、その父祖ラーオメドンは、あなたを奴隷にして落とし、神の見事な働きに対して報酬さえ惜しんで支払わず、ポセイダオンや他ならぬあなたの怒りに触れて数多の災厄に見舞われた愚かな男なのですよ。どうしてそのような愚かな男の子孫を助けてやり、神々の血も濃き神がかりのアキレウスを殺すのですか。愚か者!愚か者も甚だしいですよ。やはり鶉と陰気な黒衣の女神レートーの御子、賢しいふりをしているだけで、考えも無しに誤った判断をしているのですよ。さて、どうするのですか。どうするのですか、惨めなアポローン。同じ神の御子でありながら、武勇に秀でた銀色の足持つ女神の御子に嫉妬して狂い、有益な判断せず、誤った判断をして殺してしまわれた。あなたは酷い過ちを犯したのです。いいのですよ?そうやってしらを切っていても、どうせアキレウスの見事な子、ネオプトレモスがスキュロス島からイリオンにやってきて、あなたの努力を水の泡にしてしまうでしょう。それをあなたは知っておいででしょうに、愚かなことに、犠牲を増やしてしまわれるのですものね。テテュスはあなたをとても可愛がっておられましたよね。顔を涙で滲ませて、ゼウスのもとに、この場所にやって来たあの女神に、あなたはどう顔向けするおつもりなのですか?」
このように、女神ヘーラーは激しく叱責して捲し立てる。激しく責め立てられて、アポローンは俯いて黙ってしまわれた。アポローンは婚姻という秩序を司る女神の言葉に、秩序を愛する神として責任を感じてしまわれた。アポローンが激しく葛藤されているのを見て、女神は勝ち誇っておっしゃった。
「ふんっ。なるほど、あなたは秩序を愛している。それは私の権能を尊重しているということですものね。であれば順当にギリシャの子らを助けるのが筋というもの。しかしあろうことか、あなたは私の権能と序列を踏み躙ったパリス、あの男を助けたのです。あなたがどう思っていようと、それは私の権能へ対する明らかな挑戦ではありませんか。何故なら、貴方は結婚という私の権能を蔑ろにし、そして浮気、つまり私の権能を貶める行為を重んじたのです。ああ、それだけではないですよ。理由はもちろんお分かりですね。所詮あなたは私よりはるかに格下のレートーの子、それが私に歯向かってくるのに、秩序の神を気取っていらっしゃるなんて、そんなことがどうして許されましょうか」
女神はこのように激しく罵っておられたが、神の中ではアポローンに同情し、その行為も評価していらっしゃる神もいらっしゃった。とはいえ、輝ける君アポローンは、激しい葛藤の中に陥ってしまわれ、激しく逡巡しておられた。
ヘーラー様カンカンで草。




