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イリオンの矢  作者: 民間人。
アカイア勢の攻勢
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アイネイアースとアキレウスの手合わせ

 さて、戦場では、パリスの日常を嘲笑うかの如く、凄まじい殺戮の嵐が吹き荒れていた。それは日夜労務に勤しむごく普通の奴隷達や、その主人たちを巻き込み、恐ろしいことにその全ての魂をアイデスの供物と変えた。


 アキレウスは神への供物としての家畜を欲していた。体に浴びるほどの脂を得られ、神の恵みを取り込むことの喜びは、アカイア人にとって忘れられぬ快感であった。そこで、羊飼いの多くいる、イーデー山へと攻め込んだ。

 山を数刻もしないうちに登り切り、そこにある放牧地を荒らしていると、羊飼いが怒りに任せてアキレウスについて主人に訴えた。アキレウスはこれを怒り、「戦う気もない者は口ばかりで情けない」と、羊飼いを殺してしまった。さらに、周囲にいた、逃げ惑う村人と奴隷、ニンフを一人残らず殺してしまい、アキレウスは大量の家畜を手に入れた。

 そこに、放牧地の主人である、アイネイアースが駆け付ける。一目で剛の者と分かる脚線美と、衣類と脛当ての見事なさまに、アキレウスの闘気にすぐに火が付いた。


「貴様、さてはイリオンの勇士ではないか!私はアキレウス、敵として不足ない男と見た!」


 アイネイアースは盾を前に構え、槍を後ろで構える。長い柄の後部を持ちながら、しかし矛先は揺らがない。


「噂に聞く勇士アキレウス!私はイリオンのアイネイアース。これほどの強者と手合わせ願えて光栄だ!早速雌雄を決しようではないか!」


「その言葉、後悔するなよ、アイネイアース!悔いなど残さず、戦おう!」


 アキレウスは素早く槍を投げつけた。槍は大地と平行に、真っすぐ一閃にアイネイアースに迫り来る。アイネイアースは身を躱し、盾だけで槍を受け止める。ずしりと重たい衝撃が、左手に圧し掛かる。見れば盾は易々と貫かれ、アイネイアースの胸ほどの深さまで、柄が貫通していた。

 眼を白黒とさせるアイネイアースは、しかし快活に笑い声を上げ、盾からアキレウスの槍を引き抜いた。


「楽しいなぁ、アキレウス!こちらも楽しませられると良いが!」


 アイネイアースは右手に構えた槍を、大きな助走をつけて投げつける。槍は美しく弧を描き、素早い動きでアキレウスへ迫る。これを円盾で弾くと、アキレウスは跳ね返る槍をそのまま掴み、姿勢を戻すアイネイアースに投げ返した。


「なかなかどうして力強い!お前はどこの神の子だ?」


 アイネイアースは槍を躱し自らの盾を貫いた槍を投げ返す。


「実に数奇なことではあるが、私は女神アフロディーテの子なのだよ。母は心配性だから、あまり戦を好まれないが」

「なるほど、奇遇だな!勇士アイネイアースよ!私は女神テテュスの子だ!母は心配性でな、お前と同じく戦に出ることを拒まれていたのだ!」


 アキレウスは言葉と共に盾で槍を受け止め、痺れる腕を嬉しそうに振るった。そして新たな槍を持ち上げ、盾を構えて爽快に笑った。


「楽しいな、アイネイアース!是非とも槍を交えたい!」


 足速きアキレウスは、アイネイアースが槍を投げるより速く、その懐に入り込む。盾と盾をぶつけ合い、槍でアイネイアースの腹を貫かんとすると、アイネイアースは飛び退いて、即座に山を降っていく。凄まじい速度で駆け下りていくアイネイアースを、アキレウスは更に素早い足で追う。ところが、イーデーの山はイリオン人に縁多き山、それ故に、アイネイアースの方が素早く麓へ降りた。

 アキレウスは山の家畜を根こそぎ奪い、抵抗する牧人を皆殺しにしながら、アイネイアースの逃れて行ったミューシア地方の町に降り立った。


 ミューシア地方の町リュルネーソスでは、アイネイアースと、ミュネースの兄弟率いる軍勢がアキレウスを迎え撃つ。アキレウスは数多の敵に怯むことなく、大音声の雄叫びを上げて襲い掛かった。いずれも稀な勇士達であったが、アキレウスにはおよそ敵わず、見かねたゼウスはオリュンポスの御座より雷霆を落とされておっしゃった。


「アキレウス!今はその時ではないぞ!」


 ゼウスの雷霆を寸でのところで躱したアキレウスは、アイネイアースを見失った。強敵と見込んだ男を逃し、アキレウスは地団太を踏む。苛立ちに任せてリュルネーソスの町を掠奪して回るアキレウスは、まことに美しい娘が泣き崩れているのを見つける。彼は娘のもとに駆け寄ると、鼻を赤くした娘が大粒の雫を滴らせながら、美貌を備えたアキレウスの顔を見上げた。頬は白く薄桃色の血の色がよく映え、すらりと伸びた細い腕はさながら女神ヘーラーの孔雀の羽根のよう。涙も真珠のように美しく、アキレウスはすぐにこの娘が欲しくなった。そこで、アキレウスは先ず涙の理由を尋ねて言う。


「おい、娘。名前と泣いている理由を教えろ」

「私の名前はブリセーイス。ミュネースの妻だった女です。何故泣いているのかですが、それは・・・」

「いやまて。みなまで言うな。あいわかった。お前を私の女にしよう」


 罪悪感から、そう言葉を遮ったアキレウスは、力なく泣き崩れるブリセーイスを強引に抱き上げ、彼女が抗うのも構わずに、彼女を持ち帰ったのであった。


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