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イリオンの矢  作者: 民間人。
アカイア勢の攻勢
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英雄アキレウス

 では、プロテシラーオスを討ち取ったイリオンの勇士達は、どのように敵を迎え撃ったのか。

 始め彼らは、ヘクトールの掛け声に合わせて敵と槍を交わした。そして、やはりヘクトールの声に合わせて足並みを揃えた後退を開始する。

 勢いづいたプロテシラーオスは軍を前へ前へと進めたが、これは大きな間違いであった。

 ヘクトールは防戦から一転して攻勢をかけ、右翼を一気に前進させた。同様に左翼も一転して攻勢をかけることで、プロテシラーオスの軍を囲い込む。前進した両翼から、中央部へと射掛けられる弓矢の雨は、みるみるうちにプロテシラーオスの戦士を弱らせ、ヘクトールは中央の戦列で守られていた若い兵士達を蚕食するが如くに次々に討ち取っていく。

 かくして、後方をヘクトール、中央をパリスと共に行軍した弓兵たちに討ち取られ、プロテシラーオスの軍は瓦解したのである。これこそが、パリスがバランスを崩し、勇士達に散々に踏み抜かれてから、元の部隊に復帰するまでの戦争の流れである。


 ところが、その後戦場は全く異なった展開を見せたのである。まず、戦争の中核を担うポセイダオンの子キュクノスをアキレウスが討ち取る。不死身と名高いキュクノスは、戦車に乗って戦ったアキレウスと互角に渡り合ったものの、下車したアキレウスに槍をかわされ、首を絞め殺された。その後もアキレウスは戦場を凄まじく駆け回ると、最前列で戦うイリオンの戦士たちを悉く蹴散らし、その死体を野犬の喰らうに任せた。


 さすがのヘクトールもこれには対応できず、防衛に徹するように指示を投げる。しかし、アキレウスの活躍はまるで止めることができない。イリオンの戦士たちは一気に後退を開始し、アカイア勢の戦陣を浜辺に作ることを許した。


 ところで女神よ、アカイア勢は船の上にあって、どのようであったのか。我らに語らせたまえ。

 船の上にあった機略縦横のオデュッセウスは、直ぐに上陸をしようと迫るアガメムノンに対して、浜辺の様子を眺めながら諫めた。


「戦場に初めに降り立つ者は初めに死ぬものであると預言がなされています。ここは一つ、様子を見ましょう」

「ならば誰でもよいから下ろせばよいではないか!」

「すでに聞き知った死の預言に、簡単に頷く者などおりますまい」


 そう滔々と語るオデュッセウスは、その視線をアキレウスに向けた。この英雄はもどかしさに任せて、苛立ちを募らせてイリオンの勇士達を睨んでいる。


(アキレウスは先陣を切りたいのだ。しかし、アキレウスを初めに失うわけにはいかない。彼は半神であるから、仮に預言を覆すことができるとしても、神の理を破ればそれこそアカイア勢が神罰を受け、滅びるに違いない。ならば・・・)


 オデュッセウスはよくよく防具を見定めたすえ、プロテシラーオスから盾を奪い取ると、それを砂浜へと放り投げた。プロテシラーオスは悲痛な叫び声を上げて言う。


「形見の盾が・・・!」


 プロテシラーオスは後追いするように船を飛び降りた。これを機に、彼に従った兵士達が、続々と下船を始める。盾に傷のないことを確かめると、プロテシラーオスはイリオンの勇士達に向けて名乗りを上げた。


 アガメムノンはそれを見て驚き、オデュッセウスを睨みつけて言う。


「どういう事だ!貴様は、何を思って味方の盾を投げたのだ!」


「アガメムノン王よ、死を恐れずに先陣を切る勇士は実際にはおります。しかし、部隊の中核をなす者を失うわけにはいきません。感情に任せて船を飛び降りる者を見定めて、このように第一陣に駆り立てれば、いかがでしょう。これで陛下の思う通りに進軍を始められますよ」


 オデュッセウスの語りはどこまでも静かであり、身に沁みるほど正鵠を射ていた。アガメムノンは得心がいくと、次に出陣する者を指名しようとする。


 その刹那に、アキレウスが甲板を飛び降りた。蟻の従者らもこれに従う。


 アガメムノンが怒りに任せて全軍を下ろそうと声を張ろうとすると、オデュッセウスはこれを諫めて言う。


「彼ならば一人で十分でしょう。あとは命知らずが降り立てばそれで良い」


 かくして、アカイア勢は安全を確保したうえで、地上に陣地を敷くことを許されたのである。


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