アカイア勢、侵攻までの動き
ところで女神よ、トロイアの戦禍は10年もの長きに渡る出来事であったが、その実、アカイア人からすれば20年もの歳月を要したという。その謂れについて、我らに歌い聞かせたまえ。
まず、アガメムノンが輝ける君・アポローンに、戦争の行く末について神託を授かろうと儀式を行おうとした折、雷を愉しむ神ゼウスの取り計らいによって、先んじて予言は告げられた。予言は、九つの雀が止まったプラタナスに、蛇がよじ登り、雀を全て喰らった末、硬くなって落ちたというものである。雀を年数として予言をしたのであるが、手を広げたようなプラタナスの葉が雀の足を取り、足のない蛇を助けたのであろうか。神の中の父は、アガメムノンが呼び出したカルカースに予言を読み解かれ、満足げに笑まれたことであろう。しかし、神の予言は言葉足らずであったために、人の子には解読が困難なことは、無理からぬことであった。
アカイア人はトロイアを二度攻めたのであるが、一度目はトロイアを攻めなかったのである。案内人のないまま遠征へ向かったアカイア人の一行は、目的地へと辿り着いた。しかし、その目的地、すなわちはじめにトロイアと思われた都市はミューシアであり、激闘を交わした。最後にはミューシアとの交渉の末、一先ずは事なきを得た。
ところが、イリオンへ向かうという予定が崩れてしまったため、一行は一度仕切り直しをしなければならなくなった。航海にも時間を要する。彼らは二年の歳月を経て、再び海を臨むトロイア遠征へと赴くのであった。
続いて本格的なトロイア攻略に向かうことになるのであるが、ここでもいくつかの問題が生じた。アガメムノンが不遜を働いたがために、助産する君アルテミスのお怒りを買ったのである。
アガメムノンは、アウリスでアカイア人の勇士達が船を待つ間に、アルテミスの聖域がある森でアルテミスが寵愛された鹿を狩ってしまった。そのうえ、王はこのように勝ち誇って言う。
「見ろ、この見事な鹿を!狩猟の神であらせられるアルテミスでもなかなか狩れそうもない。私の方が狩猟においては手練れであろう?」
このような驕りが女神のお怒りを招いたのである。その結果、順風を待つはずが、アルテミスが順風を止めてしまわれ、アウリスで長い足止めを受けてしまうこととなった。
その上、女神の怒りを鎮めようと、アガメムノンは女神に求められるままに娘イーピゲネイアを捧げようとしたのであるが、ここでも妻を騙し、娘を勇士アキレウスと結婚させると言って呼び遣わした。しかもその後で娘が惜しくなり、アガメムノンは取り消しの手紙を書き送ろうとするのだが、これを弟メネラーオスに諫められる。こうして、イーピゲネイアは真実を嘆きながら、アルテミスに捧げられるのであった。
勿論、アルテミスは少女を守る女神であらせられる。イーピゲネイアを殺して捧げようとするアガメムノンの目を盗み、娘を鹿とをお取り換えになり、イーピゲネイアをお救い下さった。アガメムノンは気が付けば目前の祭壇にあるものが、鹿の死骸であったことを喜び、アカイア勢も罪のない娘を赦した女神の執り成しに大いに感激した。アルテミスもイーピゲネイアを隠すことでアガメムノンをお許しになられ、出征の為に必要な順風を吹かせたのであった。その後、イーピゲネイアが、アカイア勢の前に現れることは無かったが、アルテミスはイーピゲネイアを擁護して、父から逃がしたのである。
このように、トロイアまでの道中で、アカイア人は数多の困難に見舞われた。その間にも、イリオンの勇士達は着々と防衛の用意を進め、神々の設けたもうた大いなる城壁の内で、アカイア勢を迎え撃とうと待ち構えたのであった。




