推しと推しが結婚!?そんなの絶対に特等席で愛でたいにきまってます! ~推しと推しをくっつけるために自分との婚約を破棄させる簡単なミッション~
お手に取っていただきありがとうございます!
勢いで書いた作品です。
※ほぼ勢いしかありません
「メルディア、貴女との婚約を破棄したい」
幻想的な透き通った青い湖の真ん中に建つ、円形状の白い建物で沈痛な面持ちをした男が口にする。
今その言葉を発したのはこの国に存在する2大公爵家の内の片割れ、炎雷の君主と評されるマルティネス家の長男、エドモンドである。
彼は眉目秀麗で才色兼備な超人で、国内外からの人気が非常に高い人物だ。
性別が違えば、国の一つや二つ、がったがたと傾いていることだろう。
それほどまでに美しかった。
私はそう口に出した男を見る。
流れる水のように透き通った水色の髪に、黄金の輝きを宿した優し気な双眸。
水面に揺らめく光を纏うように風に髪を靡かせるその様は、幾度見ても見飽きない魔性さをはらんでいる。
だが所在なさげに揺れ動く金色の瞳には、今は少しの陰りが見えた。
「…訳をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
私は激高することも、悲壮感を漂わせることなく、ただ無難な質問を口に出した。
いや、理由などわかりきっているのだ。
これは、いわばテンプレートなやり取りに他ならない。
むしろ、この瞬間をどれだけ待ちわびたことか…!!
(…ああ、やっとっ…!!)
私は表情に出ないように懸命に力を入れる。
はたから見たら婚約破棄を突き付けられたものの、気丈に振舞おうと努めている状態なのだろう。
気持ちを我慢するという点では、あながち間違ってはいない。
ただその感情が悲しみか、高揚かの違いはあるが。
私は間違いなく、心を躍らせていた。
自分の積年の思いがようやく実を結んだのだから。
勘違いしないように言っておくと、私は別にエドモンド様のことを嫌っていて婚約破棄を喜んでいるわけではない。
むしろ、その逆だ。
私はエドモンド様のことを好きすぎるのだ。
その感情は好きという言葉では到底収まりきらない。
愛しているとも違う。
いや愛してはいるのだが、ベクトルが違うと言えばよいのだろうか。
ともかく、彼が完璧すぎる故に崇拝の対象となっているのだ。
言ってみれば、“推し”という言葉が該当するだろう。
そもそも、彼の隣に自分がいていいわけがない。
崇拝する対象は隣ではなくて頭上にいてもらわなければ困る。
供給過多で死んでしまうからだ。
もちろん親同士が結んだ婚約はほぼ決定のようなものであるから、それに不満を持ったことはない。
ただ、自分が隣に並んで歩いているところを想像できないだけで。
私は幼いころから彼の婚約者として接する機会が他の令嬢に比べて多く、そのおかげで彼と話しても昏倒することはない。
だがそれは、長い年月をかけて何度も昏倒しないように訓練を積んできた賜物であるにすぎない。
初めのころなど、何度失神したか分からないし、盛大に鼻血を出したことだってある。
今でさえ天使か?と思うこともあるのに、子供時代の彼が天使でないわけがなかった。
あ、幼いころのエドモンド様のことを思い出したらにやけが抑えきれなくなる。
やめよう。この話題。
私は半ば現実逃避しかけていた意識を引き締めると、再び彼の様子を伺った。
彼はベンチに腰を下ろしたまま膝に置いた手に力を込めている。
恐らく私への罪悪感からまともに私の顔を見られないのだろう。
それはそうだ。
幼いころから家族同然の付き合いである我がグランファルド侯爵家とマルティネス公爵家は非常に仲が良い。
それが故に婚約を結んだというのに、それを一方的に破棄してほしいと願い出ているのだから罪悪感がないわけがないだろう。
私はちらりと彼の様子を伺う。
少しうつむきがちなその所作も、さすがは公爵家。
もはや何かを言うことすら烏滸がましいと思う程洗練されている。
公的な場では所作の一つ一つの背景にバラでも出ているのではないかと噂されるほどだし、プライベートでも背景に花が咲き乱れている。
愁いを帯びたその表情のバックには、大量の笹百合が映し出されているような気がした。
ちなみに、女性の扱いもとてもスマートだ。
決して気安く触れたりしないのに、数いる女性たちのファッションなどをさりげなく褒める。
もちろん褒められたお嬢様などはその場で昏倒。周囲にいた令嬢たちもその光景に昏倒。
かつてとあるパーティで昏倒者25人を記録したこともある。
また話がそれたが、彼はややあって口を開いた。
「僕は…本当に愛しい存在をみつけたんだ」
「愛しい存在…」
(きた!?来ましたか!?)
私は今世紀最大と言える興奮の嵐に陥った。
人生を差し出してもいい“推し”に愛しい存在がいるということに興奮を隠しきれないのだ。
私ではなく私のもう一人の“推し”の名前を早く出してくださいませ、と心の中ではカーニバルを踊っている。
「僕は…アリストラを…」
おおおおおおお!!!!!!
盛り上がってまいりました!!!!!
推しの口が推しの名前を呼んだ。
若干前のめりになりながらも外見は変わらず平静を装う。
(ああ、誰か私に金メダルをかけてくださいませ!)
表情筋コンテスト優勝ものだと勝手なコンテストを開くありさまである。
今上がった名前は私のもう一人の推し―アリストラ・ウェディン伯爵令嬢。
彼女は伯爵家でありながら貴族であることを鼻にかけることもなく、孤児院や貧しい人たちのために多額の寄付をしたり、災害対策をしたり多くの活動をしている。
巷では聖女様なのではないかと噂が立つほどだ。
私はそんな彼女のことをとても好ましく思っている。
エドモンド様が美しさコンテストナンバーワンならば、さしあたり彼女は愛らしさコンテストのナンバーワンだ。
まさにトップ・オブ・ザ・推し。
どちらがより好きかなんて愚かしいことは聞かないでほしい。
よく言うではないか。ジャンル別に推しがいると。
現実という一つのジャンルであっても違う競技ならトップが二人いてもいいではないか。
それはそれとして。
彼女が寄付を行えば私もそこへ投資を惜しまないし、転んだ子供を助け起こした時は心の中でカメラのシャッターを幾度も切った。
彼女は性格だけでなく見目もとても麗しく、艶のあるハニーブロンドの緩やかなウェーブのかかった髪に、大きな黄緑色の瞳を持つ。
まるで木々の精霊のようなその容姿には、もはや聖女を通り越してドライアドなどの高位精霊なのではないかと思ってしまうほどだ。
遠い国の民族衣装とか来てくれたら絶対に似合うだろう。
そんな推し二人を見た瞬間に私の中にはある願いが生まれてきた。
―推し同士が絡んでいるところが見たい
至極当然ともいえるこの願い。
恐らく2Ⅾであれば、誰もが妄想し、大量のイラストが生まれるであろう。
それは3Ⅾであっても同じなのだ。
ただ、イラストなどは生まれないだけで。
―だったら公然とくっ付けてしまえばよいのでは?
誰が言ったか、その言葉は私の胸の奥底に眠っていた欲求をさらけ出させた。
そうだ。推しと推しがお付き合いでもしていれば自ずと供給も増える。
そして他の方々と推しについてのお話が堂々とできるようになる。
その悪魔的なささやきは日に日に強くなっていくばかり。
けれどもそうするには一番の障害が自分となる。
学園を出れば、卒業と同時に自分とエドモンド様は結婚せざるを得ない。
どうすれば穏便かつ最も近くで推し同士の辛みが見れるようになるか。
それは婚約を破棄すること以外にあり得ない。
そう思い立った日から私はエドモンド様とアリストラ様が行動を共にできる様にフォローを続けてきた。
ある時は学園での昼食にアリストラ様を招待し、またある時は委員会にエドモンド様を招待したり。さらには学外でお茶会を開いたり、…etc.
とにかくうまい具合に二人がかかわる時間を増やし、かつお互いの良いところをお互いに見せられるように努力を重ねてきた。
ようやくそれらの努力が結ばれる時が来たのだ。
(思い返してみると、とても苦労いたしましたわ…でもその分嬉しさがひとしおですわね)
私はしみじみと感じてしまった。
―いけない、今はエドモンド様の話を真剣に聞かなくては。
私は彼の口から続く言葉を待つ。
(さあ!!!早く!!!続きをくださいませ!!!)
目はこれでもかという程大きく見開かれ(興奮で)、体も小刻みに震えている(興奮で)婚約破棄を申し出られた令嬢は、どこからどう見ても必死に涙を堪えている状態(尊みで)だ。
顔を上げたエドモンド様はその表情に心を痛めたように悲痛な面持ちとなった。
(えっ!?やだ!!そんな泣きそうな顔をしないでくださいませ!!!尊すぎて死んでしまいますぅ!!!はっ!!心のシャッターチャンス逃がしてはならないわよ私ぃ!!!!)
心のカーニバルが収まらないうちに追い打ちをかけられた気分だ。
心の中でそっとダンサーが追加された瞬間だった。
パシャパシャとシャッターを切っていると(心の中で)、一度エドモンド様はきゅっと口を引き結び決意したような目つきになる。
「僕は、アリストラのことを…愛している」
(きゃあああああー―――――!!!!!)
興奮で死にそうな私をどう受け取ったのかは分からないが、真っ直ぐに私の目を見てくるエドモンド様と目を合わせていられない。
思わず目を伏せ下を向く。
(うわああああああ!!!!キュンキュンしますわああああ!!!!)
自分でもフルフルと震えているのが分かる。
私は顔を上げていたらとてつもない緩んだ表情をしていただろう。
とっさに下を向けただけ褒めてほしい。
貴族令嬢がとんでもない顔をさらすという悲劇だけは回避されたのだから。
「…っ!!すまないっ」
上から掛けられる声の震えた謝罪に、今彼がどのような顔をしているのかを知りたい衝動に駆られる。
きっとひどくつらそうなお顔をしているに違いない。
顔を上げれば、そのシャッターチャンスを捉えることができるだろう。
だが、それは許されない。
私にもプライドというものがある。
こんな引き締まらない顔を推しに見せる訳にはいかないのだ。
推したちには常に自分の完璧な部分だけを見てほしい。
それが自分の矜持なのだ。
こら、そこ。つまらない矜持だとか言わないでください。
私は矜持を思い出し、軽く息を整えて顔を上げた。
「…お話は分かりましたわ。っざ、残念ではありますが……そういうこと、なら仕方がありませんわね」
途中尊みがこみ上げてきてつっかえてしまったが、何とか了承の意を口にする。
「私は、いつでもあなた方の幸せを祈っております」
―綺麗な笑みを作れているだろうか。
私は努めていつも通りの笑顔を作ったつもりだった。
目の前の彼はそれでもひどくつらそうな顔をしている。
別にそんな顔をさせたいわけじゃない。推しにはいつも健やかな笑顔でいてほしいのだ。
いったいどうすれば笑顔にさせられるのだろうか。
「…一つお願いがございます」
「何だい?」
ああ、推しに対してお願いができるという幸せ…。
私はきゅっと胸の前で手を結び、瞳を潤ませながら(嬉しさで)、彼の瞳をじっと見つめる。
あら、いけない。
油断すると涙が出てきてしまいます。
私は慌てて目に力を入れた。
「差し出がましいようですが、…お二人の結婚式にはぜひ呼んでいただきたく…」
「え?」
「あ…もちろん無理にとは言いません。…ですが婚約者でなくとも私にとってエドモンド様は家族も同然のお付き合いです。そんなあなたが好いた女性と結ばれるということは、私にとっても喜ばしいことですの」
推しと推しの結婚式などみたいに決まっている。
むしろそれを見るために穏便に事を進めてきたのだから、それが達成されないなどあっていいわけがない。
私は強く懇願する。
「…ダメ…でしょうか」
ダメと言われたらどうしよう。
あ、考えたら涙が出てきてしまいそうです。
私は思わず口を引き結んで涙を堪えた。
「お願いします!!!」
こうして彼女の願いは現実のものとなり、とても幸せな表情で推したちの話をするメルディアが目撃されたのは言うまでもない。
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