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「謎」  作者: 赤の他人
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黒髪さん

━まもなく○○、○○駅です。お降りのお客様は忘れ物のないよう再度ご確認ください━


時々音割れのする機械質のアナウンスが流れる。声のトーンで女性だろうし、アナウンスに抑揚がついているから生身の人間の声にも聞こえる。最近の技術はすごいなあと改めて感心する。

(もう少しだ。この駅できっと今日も……)

停車駅が近づくにつれ電車のスピードも緩やかになる。

ぷしゅー

空気音をたててドアが自動で開く。車内の人間が次々と降りていく。それに混じって電車に乗る人影が見えた。

黒くて長い髪の毛に、白い顔を上半分以上埋めつくした女性。アンバランスな真っ赤な唇が見え隠れし、その口もとがもごもごと動いている。奇妙だが何故か魅入ってしまう。電車から降りる人間たちのほうを(キッと睨みつけるように)見ながら口もとを動かしている。

(やっぱり来た。今日も来た!【黒髪さん】だ)


【黒髪さん】

それはわたしが勝手につけたあだ名である。夕方の○○駅で必ず電車に乗ってくる女性。黒くて腰まで長い髪で文字の如く顔を埋めつくしている。(そんなんじゃきっと前見えてないよね…よく転ばないな)

電車に乗ってはすぐに所定の座席に座る。列車の連結部側の端っこの席だ。わたしはその向かい合わせの座席だ。ゆっくりと腰を下ろし、脚をそろえて座るさまはとても美しい。ひとつひとつの仕草が丁寧でつい、見とれてしまうのだ。

今日も相変わらずこうべを垂れて長い髪を邪魔そうに耳にかけている。(まとめるか、切ればいいのにな…)

外見以外はいたって周りの人間と変わりない。スマートフォンを眺めたり、手帳になにかを書いては止まり、また書き始める……本当に何ら不思議ではない。

それなのに、なぜか、不気味な、不安な感じがする。わたしだけだろうか。そうなのかもしれない。【黒髪さん】が電車に乗ってくると一瞬にして空気が変わる。まだ夕方なのに闇く感じる。それに、他の乗客は【黒髪さん】のことをちらとも見ない。こんなに目立つ外見をしているのに。

(う~ん。考えすぎだな。他人のことを気にするほど暇じゃないか)

その日はもう考えるのをやめた。



翌日

【黒髪さん】はいつも通り電車に乗ってきた。見た目もいつもと変わらない。不穏な空気も一緒に連れてきた。今日も所定の座席へゆっくり腰を下ろした。

わたしはふと、【黒髪さん】が駅に降りるところを見たいと思った。ただ本当に気になっただけだ。いつも途中で寝てしまうから、どの駅で降りるか知らない。それだけ知れればいいかなくらいの気持ちだった。


(いや…うそでしょ…)

○○駅になっても、△△駅、□□駅になっても一向に降りていかない。そんなことよりも、なぜか、【黒髪さん】はわたしの隣に移動していた。

(なんで、どうしていつの間に!!寝てた?嘘…寝てないよね、なんで気づかなかったの…?)

一瞬にして脳内はパニックだ。

隣に座る【黒髪さん】の不穏な空気がとても苦しい。尋常じゃない圧を感じる。わたしだけ異空間に閉じ込められてしまったようだ。こういうとき、小説だと、同じ車両に乗客はいない、なんてことがあるけれど、現実はそんなことはなかった。女子高校生が数人できゃあきゃあしているのも、仕事帰りのサラリーマンがぐうぐう寝ているのも、アニメっぽい音楽がじゃんじゃか音漏れしている男性も、みんな普通だ。

(生きている、大丈夫、みんな生身の人間だ。)

【黒髪さん】だって、きっと同じ人間のはずだ。わたしが異常なほど魅入って、勝手に怯えているだけだ。わかっているのにゾッとする。全身の血の気が引くのを感じる。手指の先がつめたい。思わずさすって温めようとした。そのとき


―次は○○駅、○○駅です。お降りの方は落とし物のないようお気を付けください。―

機械質の車内アナウンスが流れた。女子高校生のわいわいした声に駅名をかき消されてしまった。同時に隣に座る【黒髪さん】がもそもそ動き出す。カバンの準備をしているようだ。

(やった、この駅で降りるんだ。駅名、聞きそびれたけれど、まあいいか)

やっと降りてくれると思ったら、一気に力が抜けた。それと同時に耳元すぐ近くでパン!!と勢いよく何かが割れるような音がした。目が見開く。車内が凍り付く。女子高校生の賑やかな声も音漏れも、サラリーマンのいびきも止まった。無音。何が起こったかなんて見なくてもなんとなく察した。だからわたしは絶対に隣を向かなかった。

低くとてつもなく重い声が通り過ぎた。

「最後まで見ろよ」




今日も変わらずあの女性は電車に乗っている。黒く腰まで長い髪を垂らしながら、口元をもごもご動かしている。

でももう、わたしは女性をいちいち確認しない。ああ、いるな、くらいで。気にしない。気にしすぎちゃいけない。

なんら変わりない日常。他の乗客もいつもどおり。

わたしの近くに立った数人の女子高校生が話すのが聞こえた。

『ねえねえ、あの女の人なんかこわくない?髪長すぎ。井戸からでてきそうー』

『えーやだやめてよー。ホラー映画の見過ぎだってー』

『あはは!頭の後ろにもでっかい口とかあるよきっと!ね、明日も観察してみよーよ』

『え~怖すぎ(笑)』

『あたし、あの人のあだ名思いついた。』

『なに?』

『【黒髪さん】』

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― 新着の感想 ―
[良い点]  パリンって何の音だったのでしょう?  無茶苦茶ゾッとしました!
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