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【第二回】SSコン 〜段ボール〜

【SSコン:段ボール】 擁護

作者: しもひら

さがさないでくださいの一報があったので公園に行ったら、ダンボーがいた。

穴ぼこが空いたドームの中で、三角座りしていた。


「……なにしてんの」「お金を入れるとうごきます」「……」


半ズボンのポケットに手を突っ込み、布もひっくり返すが、何も無い。糸がぽろりと落ちただけだ。

少し距離をあけた向かい側に、同じようにしゃがみ込む。


「おまえさ」「ダンボーです」「じゃあきけよ、ダンボー。オレのしり合いがさ」


丸と三角の顔がほんの少し傾く。


「家出したんだって、また。どこにいるかしらねえ?」「しり合いってなんですか」

「は、バカじゃん」「バカじゃない」


鼻で笑うと怒気を孕んだ声が返ってきた。

顔を上げる。ダンボーは明らかに尻込みした。


「あやふやな言いかたじゃ、わかりません」「あっそ」


沈黙。日差しのないドームの中は日陰と砂利と砂の香りで充満している。

頭を搔く。


「…ともだち?」「……それだけ?」


ダンボーがもじもじと足を動かす。だんだん図々しくなっている。

曲げていた足を伸ばした。埃が舞う。穴から漏れた日の光に散った。


「すきなひと」


箱を見ずに呟くと、くふっと息が漏れる音がした。


「その、すきなひとがどうしたんですか?」「家出したんだって。言ったろ」

続け様に笑う。すっかり調子に乗っている。

睨むが、ダンボーには見えない。


「トクベツな日のに、なんで家出したんだろうな」


その四角い頭を見ながら言うと、ピタリと声が止んだ。


苦笑するおばさんと落ち込むおじさんの背後には『HAPPY BIRTHDAY』の風船。

誕生日おめでとう、という意味なのは知っている。


黙ったダンボーを、頬杖をついて観察する。

見事なクオリティの箱から覗く細い足には、装飾の剝げたスニーカー。

靴下は綺麗だから、その場にあった靴をそのまま履いたのだろう。

砂利を踏みしめて、ダンボーの無頓着な表情を外す。

鼻と目尻を真っ赤にした少女の顔が現れた。

箱を横に抱え、外すときにボサついた栗毛を指で撫ぜる。

歪んでいた唇が震えて、白い歯で噛む。

全身を震わせて、絞り出すように泣き始めた。


「あのね」「うん」


手が胸ぐらに伸びて、しかと掴んで寄りかかってくる。

尻餅をつく。箱の角が当たって痛い。

「チョコレートケーキがうり切れてたの」「うん」

「おとうさんがショートケーキを買ってきたの」「うん」

「おとうさんといっしょに食べたかったのに、ぼくはいいよって言うの」「うん」

「たんじょうびなのに、ひどいわ」


おじさんは娘に甘い。人が好い。娘がチョコレートケーキだけじゃなく、ショートケーキも好きなのを知っていた。

おばさんは娘が好きだ。朗らかな人だ。娘が父親のためにチョコレートケーキを頼んでいることも知っている。

難儀だな、と大人ぶって考える。


垂れ下がってきた長い髪を嗅ぐつもりはなかったが、ブルーベリーっぽい香りがした。

迷って、背中に手を置くと、より体重がかかってくる。


「ごめんなさいって言えなかった」


それからどのくらい泣いていたのか、明確な時間はわからない。


「おい、ダンボー」

「へっ」


落ち着いた彼女の頭に箱をかぶせ直す。


「交代だ。俺の番」


それだけ言って手を離す。「うん」とゆっくり頷いた。

そして、そのまま腕を顔の下に持っていって、箱の下から現れた。


「……うん。やっぱ、無い方がすきだな」「……ありがとう」


掌を差し出すと、腕のパーツを外して寄越した。


ダンボーと手を繋いだ娘が泣きはらした姿を認めたおじさんは驚いて、おばさんは笑った。

夜、ダンボーの着ぐるみを窓伝いに返すと、受け取りながら寝巻きの彼女が口を開いた。


「ありがとう」「さっきもきいたぞ」

「でも、ありがとう」「そうかよ」

「あとね、すきだよ」


最後にもう一度だけ指を絡めて見つめ合う。

オレが吹き出したら、相手も笑った。


「ありがとう。オレも」

「えへへ。おやすみ」「おやすみ」


おやすみ。




走っていた。前回があまりにも前で、ルーティーンを忘れていた。

遠いところから虱潰しにしたせいで、もう日暮れはとうに過ぎている。自分だけが少しずつ焦りを増していた。


一度通り過ぎ、戻って来て、穴だらけのドームに駆け寄る。

入り口らしき場所から中を覗くが、誰もいない。

遠くのフェンスを眺めると、ドームの向こう側に人影があった。

近寄るが、膝に顔を埋めたままこちらを向かない。

上がった息を整えるのには好都合だった。

目が慣れてくると、制服の彼女が箱を抱えているのに気づく。

行き場のない、小さな嫉妬心が芽生える。否、確実に昔からあったものだ。


何か呟いたが、はっきりと聞き取れない。


「あ?何って?」「お金を入れないと動けません」


やたらと語気の強い発言に呆れたが、口角は緩む。

ジャケットの内ポケットを探り、百円玉が一枚あった。

“お金を入れるところ”は無い。

仄暗い公園の中で彼女の明るい頭だけは認識できた。

しゃがんで、慎重に横髪と頬の間に掌を差し込む。

びくっと震えたのでビンゴだ。そのまま頬を支え、半ば強引に引き揚げた。

潤んだ瞳と目が合う。混乱している様子に、笑わないよう努力した。

自分も黙り込んで、話を待つ。しばらくしてからようやく口を割った。


「あたし、変なんだって。いつまでもおおきな人形部屋に置いて、子供みたいだって」


一度回ったらもう止まらない。捲し立てるように段々と、早口になっていった。


ただの人形じゃない。拠り所なの。お母さんがいないあたしを埋める。

そう言っていっそう箱を抱きしめる。

月の光はここまで届かない。優しいが、それでは闇で役に立たない。


「ねえ、どうしよう。もうダンボー、あたしよりうんと小さくなっちゃったの」


何年も何年も前からずっと、彼女の見方で、理解者で。

守ってくれるのはいつもダンボー、身も心も、大切に閉じ込める。

幼少期に作られたその体躯は、大人になった彼女を収める隙間はない。


「作りゃいいだろ」


苦し紛れこの上ない、情けない声で囁く。

彼女もまた苦しそうに首を横に振り、小さく嘆いた。


「作れないよ、お母さんじゃなきゃ」


もう見ていられなかった。必死に掴む小さな手ごと、ダンボーの一角を掴んだ。


「俺が作ればいいだろ」


本気だった。その場しのぎの慰めなんかじゃなく、ずっと、ずっと考えていた。

この手で直したなら、もう箱相手に醜い感情を抱く必要もない。

見つめ合ううち、逆にこっちが泣きそうなことに気づく。

もうお見通しのようで、雪が溶けるように微笑んだ。


「…嘘。本当はもういいの。顔さえあれば十分」


にわかに信じがたい発言だった。

呆気にとられる間に、あっさりとダンボーの顔を抱え直し立ち上がる。

顔を屈めてもう一度見つめられる。


「あとは、君が手を繋いでくれたら」


恥ずかしげで、期待を込めた瞳を噛み締めた。

震えそうなのをなんとか押さえ、差し出された掌にぎこちなく重ねる。


「帰るか」「うん」


ありがとう、と夜道に落とす。

好きだと返した。



『あんたねえ、たった二週間の出張で大げさよ』

「だって!」


そうやりとりする親子の電話をそばで聞いていた。

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