ダリューさんのもう1つの顔
ダリューさんの話を聞いて、私は何と返して良いのか分からなかった。
ただその時の彼は酷く悲し気で、自分が生きているのが罰だと言わんばかりの……そんな表情だ。
「私達が夢を見ないのは、夢魔に乗っ取られない為です。例え異形に姿を変えても、彼等は生きたいと言う願いを叶えようとしただけ。だから私は彼等を狩るんです。私の所為で人生を狂わせ、死んでからも長い苦しみの中で夢を探す。そんな私に……。いえ、私は幸せになるべきではなく罪を背負うべきなんですよ。だから――」
私を助けたのはただの気まぐれ。
幼い私が言った言葉に、ダリューさんが耳を傾けたのは気まぐれなんだと。
「すみません。こんなこと、話すべきでなかったですね。要らぬ想いも抱いて――」
パン!! と、気付いたら私はダリューさんの頬を叩いていた。
でもダリューさんはなんともない、涼しい顔をしていた。
それが……無性に腹が立った。
「満足しましたか?」
「っ!!」
痛くもかゆくもない。
そんな当たり前みたいな顔をしているダリューさんが……そんなダリューさんが――。
「大きっらい!!! ダリューさんのバカ!!!」
ダリューさんの事を突き飛ばして、私は自分の部屋へと帰る。
中にはディル君が居て、息を切らしている私を不思議に思ったようで駆け寄って来た。
「どうしたの?」
「なんでも、ない……」
「でも」
「なんでもないったら!!! いいから出て行って」
「シャ――」
「早く!!!」
ビクリと体を震わしたディル君は、少し迷った素振りだけど私の言うように部屋から出て行った。
「また明日」と。
そう言った彼の声は、心配している様子なのは分かっている。
でも……。
「なんで、あんな……あんなに苦しそうに、してるんですか」
衝動的に叩いた手が、未だに熱を持っている。
目を閉じれば、ダリューさんの涼しい顔とそれに反して苦し気にしている顔とが交互に思い出される。
ディル君に、悪い事をしたと思ってる。
でも、もう……訂正は出来ない。
自分の血が原因で、夢魔が発生した事。
眷族にしない理由を聞いているようで、でも同時にダリューさんは酷く優しすぎるんだと分かる。
「ディル君の時も、私の時も……ダリューさんは見捨てられたのに。でも、見捨てないでいた」
全ての夢魔を狩る。
それが自分に課せられた罰と一生の業。
あの悲し気な表情からは、そんな自虐的なダリューさんの一面を覗かせたような感じだ。
結局、私はあの日を境に……ダリューさんと会うのを避けた。
ダートルさんは何か言いたげだし、フリーネルさんは会う度にダリューさんの事を殴り飛ばしていた。
ディル君にも酷い事を言った自覚があるのに……。
彼はいつまでも私の傍に居てくれた。そんな優しさに、私はまた……密かに泣いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「レオグル。次は黄色のドレスを用意して」
「あの、お嬢様……」
「エーデル。次は緑なのはどうかな?」
「あの……」
レオグルさんが困惑したように私を見ている。
それもそうだろう。
私は……ただいま、着せ替え人形となっている状態だ。
両サイドにはアトワイル家の中で、レファール君もお兄さんであるアレス様も逆らわらないと有名なエーデル様とレナリ様がいた。
「お疲れ様です。良ければお庭で散歩などしていかれたらどうですか?」
気分が優れてない様子だと言うレオグルさんに、私は曖昧に笑う。
あれから3カ月。
私とダリューさんとの仲は修復されないままとなり――気付いたら、ダリューさんが出席するという純血種会議に一緒に行くことになった。
何で私が指名されたのかというと……どうも、レファール君から話を聞いたエーデル様が私に会いたいのだとか。
バーティス国の中で、王族に忠誠を誓っているとされるアトワイル家。
聞けばレナリ様もその王族なんだと言うではないか。でも今は、エーデル様のお兄さんと結婚して王族ではなくなったのだとか……。
何故か指名された私が逃げられる訳もなく、アトワイル家の屋敷に入った時はもう凄かった。
全身を綺麗に洗われ、目が回る中で綺麗に仕上げていく侍女さん達。
「あのっ、私は貴族でもなんでもないですから!!! ただの元人間で」
「いえ関係ないです」
「エーデル様から綺麗に仕上げるようにとの仰せですから」
「レファール様にも頼まれましたから」
一切、私の話を聞く事はせずに自分達の仕事を淡々とこなされる。
助けて欲しいと途中、部屋に入ってきたレオグルさんに視線を合わせても「申し訳ないですが、我慢をして下さい」と言われてしまう。
結局、今日の会議に着るドレスの色をあれやこれやと決めてるのに2時間。
私は目を回している間に決まった様だ……。
「そんなに酷い顔をしていましたか。ごめんなさい」
「そうではないです。……ダリュー様と何かあったのですか?」
ギクリとなった。
今はイルト室長から頂いた夢師の証である黒コートを着て、その下は動きやすいようにと半ズボンと長袖くらい。
フリーネルさんには別にものを言われたが遠慮した。
まだ夢師として働いていない私は無職だ。給料が出た時に、きちんと服を買う。それまでは簡単なものでいいのだ。
「そんなに分かりやすいですか」
「すみません。余計なお世話なのだと思いますが、ディル様に相談されたので……。俺達が帰る時には普通でしたから、何かあったのならその後なのだと思って」
ま、隠せるとは思ってないですけどね。
なんせ生きている時間が違い過ぎる。まだ18年ちょっとしか生きていない私が、何百年も生きているレオグルさん達にかかれば表情を見ただけで分かる。
観念した私はレオグルさんに話していた。
誰かに聞いて欲しいと思えばなのか、口に出せば少しはスッキリするのかなと思って。
「綺麗な花壇ですね」
「お嬢様が――エーデルが花が好きなんです。色んな色の花も好きですが、特に好きなのか青系統なんですが」
「へぇ」
そう言えばレオグルさんとエーデル様って、夫婦なんだっけ。
じっと見ているのがバレていたのか、バチリと目が合ってしまう……。
「今でも身分違いだと思っていますよ。エーデルは貴族の教育を受けていますし、一方で俺は拾われた身ですし」
「あ、いや……別に、そうではなくて……」
「ですが、それでも彼女は俺に手を伸ばしてくれました。俺はその思いに答えただけです」
「……」
「彼女の夫であることを恥じないようにしています。アトワイル家の人達に迷惑を掛けないように立ち振る舞うのが俺の務めです。とはいえ、言いたいことはきちんと言って置かないと喧嘩します。シャリー様はきちんと話されていますか?」
咄嗟に答えられなかった。
避けているのを知らないとは思うけど、ある程度の予想は出来そうなものだ。答えに迷っているとレオグルさんはポツリと言って去っていく。
「ダリュー様は、ご自身の力を嫌っています。優しすぎた故の孤独を選んだ身……。どうか誤解のない様に」
そう言って礼をして、レオグルさんは仕事に戻っていった。入れ違いにディル君が来て、一緒に花を見るんだけど……妙に今の言葉が残る。
何度も頭の中で繰り返していく。
(ダリュー……さん?)
その日の夜。
バーティス国の王城で行われた夜会で私は息を飲んだ。
漆黒のコートに金の薔薇が縫われ、スラリとした長身はいつものダリューさんであってそうではなかった。
白い髪に紅い瞳。
その目には優しさの欠片もない、冷たいもの。その圧倒的な雰囲気に、その場に集まっていたヴァンパイヤ達は自然と頭を下げていた。
その光景に、私は足がすくみ呆然と見ているしか出来なかった。