夢魔の正体
はぁ、私は会議に出席することを無理矢理に取らされた。
仕方ないだろう。レオグル君は綺麗に無視しているし、レファール君は笑顔で血の槍を作り出しては「嫌だ」と言う私に槍を投げていくんだから。
主にダートルが犠牲になったが。
体に刺したりはしないが、手足を鎖で縛っては真横に突き刺していくのだ。私が何度も「行きたくない」、「嫌だ」を繰り返す度に、ダートルに刺さっていく距離は縮まる。
『最終的にダートルに刺さるね。……どこに刺されたい?』
『どこもさされたくないね!!! ダリュー、お前意地張ってないで行けよ!!!』
『ちっ……』
『行きたくないようだから、最初は足から刺そうか♪』
嬉しそうに言うレファール君に、涙目で『行け』と言ってくるダートル。
別室に移動してまで血見どろは嫌なので仕方なく『行きます』と答えるしかなくなる。
……彼は脅す時の手段が容赦なさすぎる。
「おや?」
浴場から出て髪を乾かしていた時だった。
シャリーが浮かない顔をして、吹き抜けから見える星空を見ている。
何度か溜め息を吐き、暗い表情にイルトから言われていた事を思い出す。
『貴方様には悪いと思ったが、彼女にはハンターとギルドとの明確な違いを説明した。貴方の血を貰うと私達と同じヴァンパイヤになるということも。……怒りが収まらない場合、私を処分しても構わないよ』
シャリーには告げていないことが多い。
これからのこともだが、ハンターの思想も含めると人間だった彼女には辛いものだろう。
本部についてから話そうとしたのは、ハンター達がいつどこで襲って来るか分からないからだ。
私達が野営をしている時、宿で休んでいる時でさえも……休むことは許されない。
ダートルがシャリー達の部屋の前に居るのも、襲われた時に対処できるようにするためのもの。私の場合はその気になれば、拘束具も関係なしに破壊すればいいだけの事。
ここ最近、ハンター側の察知が高くなっている。
ヴァンパイヤを研究する為に、恐らくは死体から私達の魔力を辿れるようなものでも作り出したのだろう。
彼等の執念は相当なものだ。
人間の寿命は短いが、その分あとの世代に残す手段をとる。その思想が歪められ、手段を択ばなくなってきているのも知っている。
冒険者達との溝は深まるばかり。
非公式であることを良いことに好きなように動いているもの厄介だ。
(我々が居なくなればそれでいいという訳でもないだろうに……)
獲物がいなくなれば、次に何を狩られるか分かったものではない。
人間同士で争い、血で血を洗うのだろう。
平穏など遠いではないか。
「シャリー。お風呂には入ったのですか?」
「ダリューさん」
はっとしたように彼女は私を見上げる。
気まずそうにしながら、でも何度か私の事を見ると意を決したように駆け寄ってくる。
「あの、ダリューさん。……ごめんなさい」
「え」
いきなり謝られ、頭を下げられた。
はて? 怒る様な事があったのかと考えるも答えはでない。
「えっと、イルト室長から聞きました。ハーフもハンターの対象になるって。それで……ディル君の事も聞いて」
「あぁ。そうだったんですか」
「ダリューさん達が止めなかったら、私はハンターと冒険者達の喧嘩を止めようと動きました。自分がハーフだっていう事も忘れて……」
「仕方ないですよ。私達は話したくても出来なかったのですし、お互い様です」
「あの、それで……」
すると、じっと見られ言葉を待ちました。
口はきつく結んだかと思えば、何度も開きては閉じるを繰り返す。
言葉に迷っているのか、言って良い事なのかを選んでいるのだろう。
「ディル君は……実際、何歳なのでしょうか。見た目的には15、6歳ですけど……」
「確か300歳ほどですかね」
「……。え、と……レオグルさんとレファール君? も見た目に反して長生きですか?」
「そうですね。あの2人は600歳ほどでしたかね。私達は太陽の光に浴びた時点で死にますし、特殊な銀の武器でも死にますから。それがない限りでは、皆さん見た目に反してかなりの長生きですよ」
「あ……そう、ですか」
そのまま黙ってしまった。
シャリーの求める答えるなったのだろうかと心配になる。そう思っていると私の年齢も聞いて来た。
ふむ。久しく聞かれなかったな……。
「正確な年齢ではないかもですが、およそ2000歳ですかね」
「……」
「もしやそこまで長く生きる事に不安でも?」
悲し気に伏せられた顔は何を思ったのか分からない。
ただ、彼女はそれを聞いて何故だか震えていた。
「……ダリューさんは、私のこと……嫌いにならないんですか?」
「え」
何故そんな事を質問するのか。
疑問に思ったが、シャリーの声は震えたまま続けられた。
「室長さんから聞きました。……ダリューさん、長く生きて来た間に色んなものを見て来たんだと。好きな人も出来たのに、ダリューさんと同じだからっていう理由で……ハンターに殺されたんだって」
思わず舌打ちをしそうになった。
イルトの奴、余計な事をシャリーに言ったな。
なるほど。だから、消されても構わないと言ったのか……。
「うくっ……。その後も、何度も……自分よりも好きな人が奪われて……。ダリューさんは、人間を憎んでいないんですか」
「シャリー……。貴方はハンターと同じ人間でも違います」
「でもっ……。私と居たら、悲しいことも思い出すかも、知れないし……」
ずっと泣くものだから、私はそっと抱き寄せる。
自分が変わることよりも私の気持ちを優先した彼女。
思わず私が与えた血で、自分の体が変わる事への非難かと思ったが……その予想が裏切られた。
「言っても信じられないかもしれないですが……。幼いシャリーは私に言ったんですよ。自分の命が危ないというのに、貴方が優先したのは自分ではなく他人である私だ」
「え?」
『同じでいい。――寂しそうな、貴方の傍にいたい。悲しい、顔を……してる』
今でも思い出せる。
シャリーが8歳の時、彼女の住んでいた街中では夢魔の大量発生が起きていた。
夢に住み、見ている者の体を奪い異形へと変貌する特殊体。
破壊衝動が強く、魔物とそう変わらない。
だが、あれは……私の血で変貌させてしまったものだ。
まだハンターという組織が生まれるよりももっと昔のこと。
不死身に近い私達ヴァンパイヤと人間は仲良くやっていた時代があった。だが、私達は歳をとってもその変化は僅か。
それは私達に魔力があるからであるが、逆に太陽の元には出られない。
唯一、私は平気だった。だから――人間達は私の血を使い、自分達もその存在に近いものになれないかと思い始めた。
別に平気だ。
血を抜かれても、魔力を研究材料とされても……。あの時の私はそれで平穏が保てるのならと、バカな考えをしていた。
人間は欲深い。
僅かな寿命でできることは限られている。なのに、ヴァンパイヤにはその時間の感覚が分からない。
人間が何に苦しみ、私達に対して何を妬むのか。
研究を重ねていた時、私の血に耐えられなくなった人間やヴァンパイヤが突然いなくなった。
姿を消したのだと思い、捜索を開始したが違った。
消えた翌日から、夢を見た人間が次々と苦しんで亡くなった。中にはヴァンパイヤだった者が、太陽の光でも平気だと聞いた時に異形へと姿を変え――そこにいた人間も含め、ヴァンパイヤも殺されていった。
夢魔は……奇病なんかじゃない。
私の血で変貌して、夢に取り着くと言う能力を得た人間でありヴァンパイヤのなれの果てだ。