眷属の意味
「シャリーさん。大体の事情は分かったけど、ダリュー様からどの程度の事を聞いているのか……聞いても平気?」
「え」
結局、ダリューさんは散々「嫌だ」を繰り返した。
しかしレオグルさんもレファール……君? も引く気はない様子。このままだとラチが明かないと感じ取ったのかすぐに別室に移動。
方向音痴と評して逃げようとしたダリューさんに、ダートルさんが抑えレオグルさんに抑えられて連れて行かれる。
それを苦笑いで見送った私に問いかけて来たのは、室長であるイルトさんで。
ディル君はずっと私の傍におり、上司である彼の事を睨んでいる状態だ。
「……」
「ディル。それはダリュー様からの命令なの?」
「うん。何がなんでもシャリーお姉さんの事、守れって言われた」
「君、殆ど見向きもしないのに一体どうしたの……」
「眷属同士、だからかな……。お姉さんは敵じゃない」
「あ、そう」
えっと……。
このバチバチとしか雰囲気はどうすればいいのか。しかも別に気にした様子でもない。
イルトさんは、私とディル君に新しい紅茶を用意してくれた。
あ、今更だけどディル君って呼んでも良いのかな。
「良いよ。お姉さんはダリュー様のもの。俺はそれ以外の奴から守るだけ。だって特別だから」
「特別……?」
それはダリューさんが純血種と呼ばれている事に関係があるのだろうか。
そう思った私の表情を読み取ったのか、イルトさんは「やっぱり」と何故だか予想がついたような感じに言われる。
「あぁそうか。今まで街中を歩いて来たからその話題は避けて来たのか。誰が聞いているのか分からないし、周りは敵だらけと考えていいしね」
「……敵って」
話題を避けていた?
誰が聞いているのか分からないって、一体……。
「では、1つ目の質問。ハンターと冒険者の違いは分かる?」
「えっと――」
ウルトさんの知りたい答えかは分からないけど、私が知りうる限りのことを告げる。
まずハンター。
この世界では、夢師であるダリューさん達が狩る夢魔とは別に魔物がいる。
魔物を狩るのはハンター達で、確かパーティーは滅多なことでない限りは組まないと聞いている。
そして、ギルドからは認められていない非公式に所属している人達。
逆に冒険者は、ギルドと呼ばれる所で正式に職業として認められた人達の事。
ハンターと違いこちらでは、パーティーを組んでいる。1人での行動を許していないんだったような気がする……。
ランク付けがあったような気もするが、よく分からない。
あと、ハンターよりも冒険者の方が魔法を使える人達が多い……気がした、かな。
でも、ハンターもギルドもやっている仕事内容は魔物の討伐。
冒険者はそれにプラスして、国の要請で防衛に関わったりして内容は様々。
このくらいかな。
ディル君が「え、全部一緒じゃないの?」と不思議そうに言っていたけど……。
違ったのかなと思ってイルトさんを見ると「正解だよ」と言う答えが返って来た。
「ディル。彼等とは関わらないけど、一応の知識として頭に入れておいて」
「……」
「ディル?」
「やだ、めんどい」
そう言ってそっぽを向き、私に寄りかかる。
ウルトさんが溜め息を吐いて「これだから君は……」と頭を抱えていた。
「ディル君」
「ん?」
「一緒にお勉強しよ?」
「うぅ……」
凄く悲し気に見上げられてしまった。
その目が「本気で言っている?」と言う感じに読み取れる。
「……分かった」
「え」
「お姉さんが言うなら……頑張るよ、勉強」
「ありがとう」
偉い偉いと頭を撫でると彼は嬉しそうに抱き着いて来た。
その変りぶりにウルトさんが驚きのあまり口を開けたまま。
……ダリューさんも無反応だと言ってたが、本当の様だ。
「コホン、幻でも見ている感じだな。あのディルが素直だと」
そんなにですか。
チラッと見ても、ディル君は気にした様子でもなく「んふふ♪」と嬉しそう。
「では次の質問だよ。2つ目、何故ハンターが非公式と言われているかは知っている?」
「いいえ。ただ噂だと……冒険者との仲が悪いと。ここに来るまでにそう言った噂や実際に、喧嘩が起きているのを見てきました」
フリーネルさんから軽く説明は聞いていた。
自分達、ヴァンパイヤは太陽の光に当てられると死ぬのだと。ただ、そんな環境下でも平気なのがいる。
それはダリューさん達、純血種。
その劣化版がヴァンパイヤだって聞いた。さらに、その中で太陽の光に出ても平気な特別種がフリーネルさん達だとも。
だから私達は日夜を問わず歩き続けても平気。
人と違って疲れ方が違うだけで、ずっと歩き続けられる訳でもない。野営もするし、街中で宿を取っては夢魔の情報を探っている。
そんな時だった。
喧嘩をしている場面を見た事があり、止めようとしたことがある。でも、それをダリューさん達は決して許してはくれなかった。
理由を聞いても「ここでは無理だ」の一点張り。
結局、フリーネルさんが様子を見に行った時には終わっていた。冒険者側の仲間が仲裁して、そこまで大事にはならなかったというけど……。
「あの、ハンターとギルドって……どっちの歴史が古いとかあるんでしょうか」
「出来た組織の順で言えばハンターの方だね。でも、ギルドに所属している冒険者達とではまず思想が異なる」
「思想……ですか?」
「そう。ハンターが標的としているのは魔物じゃない。私達、ヴァンパイヤだけだよ」
「え」
「俺、嫌い。なりふり構わずだし、良い悪いもない。……ヴァンパイヤもハーフも関係なく狩ってる。アイツ等だって化け物だ」
ディル君はハンターが嫌いなのだろう。
凄く怖い顔をしているし、イライラを募らせている。
思わずその殺気にゴクリと無意識に、唾を飲んでしまった。
「あ。……違う。お姉さんは全然いいの。俺、同一に見てない。レファールからも聞いている。……人間の中にも良い悪いがいるからって」
ディル君の纏っていた雰囲気が急にしょんぼりした。
私が怖がっているのだと感じ取ると、必死で「違う」を連呼した。
「私の方こそごめん。……私もまだまだだね」
「……嫌いにならない?」
「うん。平気だよ、嫌いになんてならないよ」
そう言えばディル君は嬉しそうにしている。
紅茶を飲んだかと思ったら「お菓子、貰って来る」と言って室長室から出て行った。
イルトさんはディル君が出て行ったのを見計らい、私に話してくれた。
ディル君がダリューさんの眷族になった経緯を――。
「彼の居る村には好戦的な者達はいないんだ。ただ、それが災いしてハンター達に狩られたんだ。……幼い彼だけが生き残っても、まだ自分の魔力を上手く練られなかったからね。死ぬ手前でダリューの血を貰ったんだ」
聞けば人間に色んな性格があるように、ヴァンパイヤ達にも様々な性格がいる。
ディル君達の住んでいた所は、温厚で戦闘は滅多な事ではやらない。ただ、その所為で襲われた時に何人かは命乞いをしたのだと言う。
それをハンター達は関係なく狩り取った。
子供も大人も関係なく。生まれて来た幼い子も、なにもかも……。
その惨状の中、ダリューさんがディル君に「この先も生きたいか」と問われ彼は「生きたい」と答えた結果として眷族になった。
「……」
「シャリーさんも気を付けて。ダリューの血を貰うと言う事は、人間を捨てるということ。まだ体に変化はなくても、彼の血は強力だ。体を作り替えることは可能だし、恐らくはハーフではなくヴァンパイヤとして生きるだろう」
ハンターが殺していくのはヴァンパイヤに絞られている理由。
その昔、ヴァンパイヤが眷族としていた中に人間も含まれていた。血を貰ったヴァンパイヤに逆らう事を許さず、生涯を尽くして仕えないといけない絶対的な支配力。
その過程で呪いも作り出されたのだとか。
その支配力を利用して、人間を家畜同然に扱ってきた。
ハンターに所属している人達は復讐心と言う共通の思いがある。
眷族にされた事で家族を奪われた人達。またヴァンパイヤによって起こされた人間狩りの犠牲で、復讐を誓った人達。
「だからギルドとは仲が悪い。彼等の思想は復讐そのもの。ヴァンパイヤを根絶やしにする事こそが正義としている。……そこにハーフも含まれるから、シャリーさんにもしものことがあるとマズいんだよ」
震える私の体をウルトさんは申し訳なさそうな表情で見ていた。
ダリューさん達が、私を止めた理由が分かった。
あの時、私だけでなくダリューさん達がヴァンパイヤだとバレたのなら……そこで戦闘は起きてしまう。
色んなものを巻き込んでしまうのだ。




