アトワイル家
フリーネルにぶっ飛ばされた私は、何枚目かの壁にぶつかったことで止まる事が出来た。
止まる事が出来てホッとしたのも束の間。さっそく問題が起きた。
「……どこだ、ここ……」
やっとの思いで、本部まで戻って来たのにフリーネルの所為で知らない道に出た。
首が少し痛いなと思いつつ起き上がる。
吹き抜ける風は、外よりも温かい。まだ建物内であった事にほっとしつつ、ある人物の魔力を感知して足を止めた。
「何故、レファール君がここに……?」
レファール・アトワイル君。
バーティス国の公爵家の吸血鬼であり、あることしか力を発揮しない。逆に言えばそれがある分、厄介でもあり被害を受けるのは決まって男性だけ。
彼が動く理由は分かりやすい。だから、余計にどうしたのだろうかと思ってしまう。
「……ダートルに用なのか、私に用なのか……」
んーー。彼の逆鱗には触れていないと思いますし、抜き打ちで来る事はあってもギリギリまで魔力を感じないのはおかしい。
……誰か特定の人物に対して、特攻を仕掛ける場合か罰を下す時だと決まっている。
なんとまぁ、恐ろしいことか。
別の意味で寒く感じる。さっきまで雪に埋もれていたのに、別の寒さで体が震えるとは。
「見付けましたよ、ダリュー様。そちらは物置ですから戻って下さい」
そこにすっと私に頭を垂れる男性を見て私は綻んだ。
「レオグル君も来ていたんですね。良かったです、知っている人に会えるのは嬉しいです~」
「えぇ、お久しぶりです。数十年ぶりですが、お変わりないようで安心しました」
そう言って綺麗なお辞儀をする彼も、レファール君と同じ吸血鬼。
執事服を着て変わらない笑顔。うんうん、凄く安心できます。
黒い髪に海のような青い瞳の男性。
レファール君はどこか黒い部分を覗かせている笑顔ですが、彼が微笑んでいるだけで全然違う。私にとっては癒し成分。
ぐっ、と拳を握る私にレオグル君は不思議そうにしている。
あぁ、そんな表情も癒しです。アトワイル家の中で常識が通じる方ですし、話しをちゃんと聞いてくれます。
なんといっても暴走するレファール君の事を止めてくれます。これ以上ない位に安心なんですよ、彼は!!!
「あの、ダリュー様……?」
「っ!! いえ、なんでもないです。意識が飛んでしまい申し訳ないです」
おかしい。服は着替えた筈なのに、まだ寒く感じる。
うぅとガタガタと震えていると「では」とレオグル君が私の手をさっ握ります。そうして、スタスタと歩いて行くので部屋に行くのだろうかと思っていると――着いたのは本部にある浴場だ。
「無理もないと思います。上半身裸では思考もまとまりません。湯加減はさっき確かめたので大丈夫です。服と下着も用意してありますが、他に用意して欲しいものがあれが何でも言って下さい。まずは身体を温める事を第一に考えて下さいね」
「レオグル君……」
仕事が早いとはこういう事を言うのだろう。
そして、彼の言ったことで自分の姿に思わず「あっ」と声を出す。
寒いのは当たり前ですね。着替える途中だったんですから……。
寒くなった体を温め、レオグル君に髪を乾かして貰い小腹が空いたなと思っていると軽食を用意している状態。
そんな至れり尽くせりで私はすっかり幸せな気分に浸っていた。
なんというか、今までの旅の疲れが一気に吹き飛んだと言うかスッキリした気分です。
そんなホワホワとした思考でいると、室長から呼び出しを受けることになった。シャリーの事だと思い準備万端で、室長室に行こうとしてさっそくレオグル君に止められる。
「ダリュー様、そちらではないです。一緒に行きましょう。俺も用事があるので」
「ありがとうございます」
室長室へ行こうとして、別の道に行きそうになった……。
いかんいかん。また本部の中で1週間は彷徨い続けるところだった。塔の色も変えて貰ったと言うのに、本当に申し訳ない。
自身の方向音痴をどう直そうかと軽く潤んでいると、レオグルん君は「まぁまぁ」と言って背中をさすってくれた。
うぅ、レオグル君の優しさが身に染みます。
レファール君は何故こうならないのかと疑問に思う。家族思いなのは良いんですが、尖った方向にいきすぎなんですよ……アトワイル家は。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ダリューさん」
「ダリュー様だぁ」
レオグル君に案内して貰ったお陰で、無事に室長室に辿り着きました。
中に入るとシャリーとディルが駆け寄って、来てそのままぎゅーと抱きしめてきた。
その様子を微笑ましく見ているレオグル君を端に捉えつつ、彼はレファール君の元へと歩いていく。
シャリーとディルの艶のある黒髪を撫でつつ、心配させてしまった事を謝る。
そんな私の様子をニヤニヤとした表情で見ているのは、この本部をまとめている室長だ。
「ディルを拾った次には女の子を拾うとは……。ま、事情は聞いたよ。彼女の事をハーフにしたのもね」
室長であるイルト。
彼は眼鏡をかけた知的な見た目、銀髪に銀色の瞳。私達と同じ黒コートで身を包んでいるのは、まとめ役でもあるけど戦闘もする。
吸血鬼を狩るハンター達と何度か争う場面もあるし、魔物が来る事もあるしね。
本部の中と言えど油断は出来ない。しかしハーフを受け入れてくれる所は殆どない。――ある国を除いてはね。
「レファール様。それ位にして怒りを収めてください。出来れば……もう少し、手加減をしていただきたいですね。ダートルも親切心なんですし」
「えーー。姉さんに近付いていい距離は3メートルなんだけど、明らかに近かったでしょ」
「向こうから来たら、どうしようもないですって……。あの時、私も居たので証明になります。誓ってお姉さんであるエーデル様に不埒な事はしてないですから」
むすっとしままイルトの言葉を聞いているレファール君。
えぇ、彼はお姉さんが大好きすぎて許容範囲が狭すぎなんです。
3メートルどころか、話しかけるのもアウトとかどうすればいいんですかね。それでダートルがこんなにぐったりしている訳か。
……レファール君の怒りに触れると、大体の人達はこうしてぐったりしているか壁にめり込んでいる場合が多い。
「レファール様、怒りを鎮めて下さい。エーデルに言いますよ」
「うっ……」
同時に姉であるエーデルちゃんに弱いのもまたレファール君だ。
レオグル君がそう言うと途端に縮こまる。これで弱点を見付けただなんて思わない。
後日、倍返しが酷い事になっているのを知っているからね。
何も見てない、何も見てない。
「……。分かった、兄さんに相談してもう少しだけ条件を緩めて貰う。出来て5メートル前後だけど」
それはただ話す距離が変わっただけです。
そうなったら直に話すとかしない方が良いですよね。そんなに異性を近付かせたくないなら、屋敷から出さないであげたら――。
「何を思ったの、ダリュー様」
「なんでもないです。お願いですから、殺気を向けないで!?」
考えている事が何で分かるのとか言いたくはない。
尋常じゃない家族愛がなせるものだろう。
そう思っていたらレファール君が、私にと赤い封筒を手渡した。
「ラーバルお義兄ちゃんから伝言。いつまでも逃げるな、だってさ」
思わず「うげっ」と言ってしまったのは仕方がない。
バーティス国は吸血鬼だけが住まう国。統率しているのは私と同じ純血種のラーバル。彼は柔軟な思考の持ち主だし、シャリーのようにハーフを受け入れている。
とはいえ行きたくないと言うのが私の気持ちだ。
「すみません、ダリュー様。アレス様にも、ラーバル様にも了承してくるまで戻って来るなと言われているので」
「なんですか、その強制力……」
そうでした。
レオグル君は職務に忠実。自分を拾ってくれたアトワイル家に恩を返す。その一心で働いていて、レファール君のお姉さんであるエーデルちゃんとは夫婦だ。
レオグル君がどんなに素晴らしいかをエーデルちゃんから聞いてますしね。
その最中で、お兄さんのアレス君から攻撃されるんですから理不尽も良い所だ……。
「赤い封筒には何が入っているんですか?」
聞いてくるシャリーに私は「招待状だ」と答えた。
しかも、ラーバルが統治している国――バーティス国での純血種会議だ。