ハーフにした理由
夢魔。
夢に巣くい、心を奪い、そして夢を見ている人物の生気を奪う存在。
それが世に認知などされない。
奴らの痕跡は殆ど見えない。
そう、我々ヴァンパイアでなければ――その存在を感知できないのだから。
「あぁ、お前の所為で寝不足だわ」
翌朝、ダートルが組み上げた魔法を自力で解くのに時間がかかった。
拘束具は魔力を吸い上げる仕様のものだし、扉の前だけでなく部屋の至る所にも同じく魔力を吸い上げる術が組んである。
いくら純血種だからって、歩いてすぐに魔力を吸われるような仕掛けに何度も当たりたくない。上位種だろうが何だろうが、その辺を一緒に考えられても困る。
不満を言うダートルを私は同じく不満をぶつける。
「こちらはお前の魔法と術式と拘束具で、ぐっすり眠れなかったんだ。お互い様だろが」
「へいへい。お前が変態なのがいけない」
「何でそうなる」
舌打ちしつつ、文句を言うダートルを睨む。
泊まった宿屋は食事をする場所も設けてある。その場所は1階で、受付からは少し離れた所にある。
朝食が来るまでは彼とくだらない話をしよう。
そう思っていたが、今日のダートルはなんだか様子が違った。
「なんです」
「なぁ、何であの子の事を――化け物にした?」
「っ!!」
カッと熱くなるのを抑え、ダートルの意図を探る。例え私にしか伝わらないような小声であろうとも、睨み付けるのを忘れない。
あの子……。
それは、私が眷族にしたシャリーの事だと容易に分かる。そして、彼がそんな事を言った訳も……分かる。
「お前が間に合わない場合は、死にかけた連中が多い。シャリーちゃんは運がいい。まだ息がある内にダリューに見付けられた……。だが」
眷族にする必要があるのか。
睨んだ彼の言葉と疑問に、私はぐっと堪える。
「ただのハーフじゃない。純血種の血を貰った人間……そんなハーフは恐らくシャリーちゃんが初だ。あの子の曖昧な存在は、そのまま夢魔に狙われる。お陰で、探す手間は省けるがなぁ」
「何を言っている」
「俺に当たりがキツイのは、シャリーちゃんの事を――」
「遅れてごめんなさい!!!」
互いに睨み合う中、シャリーが慌てた様子で駆け寄った。
女性の支度はかかるものだと、散々フリーネルに言われてきた。気配で来るのは察していた。
そんなに慌てなくともいい。そう思って彼女を見るも、その姿に耐えきれずに吹き出した。
「ま、待て待て。シャリーちゃんっ、髪……ボサボサ」
「へっ……。あ」
最初は気付いていなかったが、流石に窓に映った自分の姿を見て驚いたのだろう。シャリーのようなハーフも我々も、こうして人としての生活を送れている。
とはいえ、ハーフを除けば我々のような存在も稀だ……。色んな伝承がある中で、我々もそれ等に適応できるようにと工夫はしているのだがな。
髪を抑え顔を真っ赤にし慌てているシャリーに、私はクスリと笑う。
「うっ、ダリューさん!? わ、笑わないで下さいよっ!!!」
「居た!!! もうっ、そんなに慌てて……。男達は待たせていいんだから、こっちに来なさい。可愛くするからさ」
「い、いいえっ!!! フリーネルさんの選ぶ服はその……露出が多いと言うか、そのぉ……」
何故だか私の事を見ながら、困ったように声を小さくする。
髪で手を抑えているから当然、両手は塞がる。それ分かってかフリーネルは、そのままズルズルといつものように力技で――。
「ぐあっ……」
「バカかよ、お前」
連れて行かれるシャリーを見ていたら、頭に殴られる衝撃が来た。
フリーネルが魔法を使って攻撃してきたのだと分かる。周りの人達は変わらず食事を食べているので、恐らくは私にだけ結界を張り反射の魔法を放ったのだろう。
しかも頭にだけ集中攻撃とか……。
そんなに力だけでと言うのが気に入らないのか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夢魔は、人間達にとっては奇病と思えるだろう。
相手は夢を喰らい、体を乗っ取る力を持った異形なのだから。それを感知できる我々も、十分に化け物に見える。
そして――。
「ダリューさん。この人に見えていた黒い印、ちゃんと消えていますよ」
「分かりました。シャリー、疲れていませんか?」
今日も秘密裏に夢魔を狩る。
奇病とは言え、いい夢を見てそのまま亡くなる。人によっては悪い夢を見たまま亡くなる。夢に喰われ、殺されるのは気分として悪いだろう。
夢を見る権利は誰にでもある。
我々は夢を見ない。
夢魔は夢に巣くう。我々が対抗できるのは、人間と違い夢を見ないからだ。叶えたい願いはあるだろうが、それを夢として見る事はない。
我々は人と違い長い寿命がある。本来なら太陽の光に当てれば死ぬが、純血種である私や太陽の光を浴びても大丈夫な者もいる。
そういう希少種は、同族からも人間からも狙われるのが厄介だ。
人間はと言うより、ハンター側は吸血鬼を狩る材料が欲しい為。
同族は妬みから命を狙われる。同じく眷族とした彼女も、ハーフも狙われる。
「大丈夫です!! ダリューさんのお陰で、前よりも体力はありますし」
「!!」
人間とは違い、体力が減る感覚は違う。
それを嬉しく思う彼女を見ていると、自分の胸がザワリと揺れる。
時々、考えてしまう。
彼女を……私の身勝手で、変えてしまった。あの時、彼女は本当はどう思っていたのか。
「ダリューさん?」
「いえ、何でもないです。さて、もう少しで本部に着きますから頑張りましょうか」
答えを聞くのが怖いのだろうか。
吸血鬼の上位種と言われている私が逃げている?
そんな疑問を振り払うと、シャリーはとてとてと歩き手を握って来た。
「はぁ~。ダリューさんの手、あったかいです」
「それは良かったです」
「手を握っていても良いですか?」
「構いませんよ」
「やった♪」
嬉しそうに手を握り返し、ニコニコと歩く。
夢魔に乗っ取られた人はすぐにでも目が覚めるだろう。悪い夢だったとして、体が暫くだるくなるだろう。
それでいい。
その夢魔によって、人知れず亡くなっている人達がいる。
間に合ったのならいい。
全ては私の所為。
私が犯した罪だ。だからこそ収束させないといけない。例え世界中を歩き回らないといけないのだとしても、必ず全ての夢魔を倒す。
シャリーのように住んでいる場所が奪われる。そんな事態になるのは避けないと。でないと……この子のような犠牲者は増えていくんだ。
「ダリューさん、大丈夫ですか?」
そっと彼女の手が私に触れる。
まるで壊れ物を扱うような手つき。誰に向けている者だと思っていると、彼女はニコッと笑った。
「私は感謝しています。ダリューさんに助けられていなかったら、あのまま死んでいたんだし。こうして人助けが出来ているのは嬉しいです。あと色んな場所に行けるので」
「……そう、ですね」
上手く笑えているだろうか。
シャリーにはバレていないだろうか。
貴方は気付いていないでしょうけど。感謝を口にする度に、私がどんな思いで聞いているか分からないでしょう。
私は……恐ろしいのだ。
感謝を口にする度に、いつか「化け物にした」と非難されるのが――堪らなく恐ろしい。
『なぁ、何であの子のことを――化け物にしたんだ』
ダートルの言葉が、ズシリとのしかかる。
分かっている。分かっているんだと繰り返す……。
それでも、私は求めてしまった。
幼いシャリーが、まだ死にたくないのだと訴えた瞳に。
『同じで、いい……。だから――』
貴方が口にした約束に、私は夢を見てしまった。
抱いてしまった……。
もう眷族にはしないと、自分の中で決めていたのに――。