ツンデレ悪役令嬢は塀の中に入れられてしまった!!
べ、別に読まなくたっていいんだからね!! 読んでもらったところで、全っ然、嬉しくないんだから!!
――別に寂しくはないけど、来たら話くらいはしてあげるわ――
そんな手紙がクロイツ伯爵の三男坊の僕、マルティンに来たのは夏も終わりの頃だ。いつもなら、これは喜ぶところだが、今回ばかりは溜息しか出ない。
だって。
送られてきた場所は留置場で、送ってきた相手は僕の幼馴染だったのだから。
◇
彼女と面会したのは晩夏の曇った昼下がりだった。彼女はいつもの着飾ったドレスとは違って、質素な、まあその手の服を着ていた。
僕は笑顔で話しかける。
「やあ、元気してたって……そんな訳はないか」
「別に会いたくなんかなかったけど……まあ、来てくれたことに感謝はするわ。マルティン」
仏頂面で僕に話しかけているのはアンナ・フォン・シュタイアーマルクだ。察しのいい方ならお分かりかと思うが、彼女は貴族、それも公爵令嬢なのだ。そんな彼女が留置場にぶち込まれているというのは余程のことである。
僕は彼女に差し入れが後で看守さんを通じて渡されることを話してから本題に入る。
「ねえ、あの件は本当なの?」
その言葉に露骨にアンナの顔が歪む。
「ずいぶんずけずけと聞くのね」
「ああ、いや、ごめん。そういうつもりじゃなくて……」
「まあ、でも。それを聞くために来てくれたんだろうし。話してあげるわ」
話したくないなら話さないでいいのになあ。こちらとしても、中々に聞くには体力のいる話だし。下手に言うと、”じゃあ、帰れば?”、とか言われそうだし。
「アレは、夏の園遊会で起きた事件」
夏の園遊会――確か、皇室主催の貴族を集めた社交会だっけか。貴族の令嬢、令息にとっては人脈作りで大事だから参加する人が大半だとか。
僕は三男坊の味噌っかすだから行かなかったけど。
「私はアルベルト皇太子殿下と一緒に参加する予定だった」
「まあ、曲がりなりにも婚約を結んでいるんだから当然だね」
「アンタ、帰りたいなら帰れば?」
おっと、言われてしまった。気をつけなければ。
「まあ、いいわ」
「アッハイ」
「でも、殿下は私をエスコートしなかった。別に寂しくなんてなかったんだけどね」
寂しかったんだな。というか、殿下、それは失礼すぎないだろうか。
「代わりに、殿下が連れて入ってきたのはどこの馬の骨とも知れないピンク髪の頭の悪そうな、色ボケした女だった」
うん、前言撤回。アンナもアンナで心の中はかなり恥知らずだ。まあ、その女性、クラウディア男爵令嬢は色んな意味で問題があるというのは聞き及んでいるから、彼女がそう言いたくなるのもわからんでもないが。
「それだけなら、まあ問題は無かった。まだ耐えられた」
彼女は淡々と話しだす。
「でも、あのバカ殿下はあろうことか、園遊会のど真ん中で私を貴様呼ばわりして呼び出した上に、婚約を破棄するって言いだしたの」
「ああ……うん。それは」
元々気位の高いアンナにとっては耐えがたいことだっただろう。
「しかも、殿下は周りの取り巻きと一緒に私がその色ボケ女にバカみたいなことをやりだしたって糾弾し始めたの」
「……例えば」
「窃盗、傷害、脅迫、殺人未遂、それから未来の皇妃に対する不敬罪――殺し以外は全部やったとかいう勢いだったわね」
外患誘致罪と内乱罪もやったことにされたのか。というか、それ以上に突っ込みどころが多すぎて色々言いたい。
「されたわよ。敵国と結んで国家権力を乗っ取ろうとしたとか何とかで」
されたのか。
「無論、そんなこと私はやれるわけないから否定したのよ。でも、そしたら『皇太子たる俺を愚弄するのか』とか、『証拠は揃っている』とか、もう好き放題言いやがって」
「言葉がだんだん崩れてきてるよ、アンナ」
「そんなのどうでもいいわよ」
どうでもいいのか。まあ、その程度には怒りを感じているってことだろうけど。
「で、極めつけは色ボケ女の『罪を認めてください』って一言。それを聞いて、聞いて、私は――」
「……どうしたの」
アンナは一つ大きなため息をついてから一気に話す。
「……記憶にはないけど。気づいたら、殿下も取り巻きも気絶していて、私は色ボケ女に関節技をかけていた。それで、衛兵に引き剝がされてここにぶち込まれたの」
さも、アンナは自分が悪くないかのように話すが、うん、正直これは捕まってもしょうがない気がする。
まあ、でも、ここまでは僕が風聞で知った内容と大体同じだ。せいぜい、事件の内容を少し詳しく知れたに過ぎないのだ。
問題は。
「アンナ、僕は君が好きだ」
「私は好きじゃないけどね」
「……けれど、君とクラウディア嬢の間に実際のところなにがあったかを、僕らの未来のために教えてほしいんだ」
そう、僕が得られた情報は全て伝聞でしかないのだ。当事者からの情報を得ようと思っても、皇太子殿下とその御学友の方は謹慎処分となっており、そして騒動の中心人物であるクラウディア嬢は杳として行方が知れない。
つまり、何があったかを知るかにはアンナに話を聞くしかないのだ。
無論、これは彼女に拒否されたら終わりだが――
「いいわよ。貴方に真実を知ってもらえないのは辛いしね」
「ありがとう」
さて、まずは。
「クラウディア嬢の教科書を盗んで、八つ裂きにしたという話だけど――」
「ああ、アレ? アレは上級生向けの教科書を借りたいというから貸したのよ。でも、期限を過ぎても中々返してくれなくて……」
「勝手に取りに行ったと」
「勿論八つ裂きなんかしてないわよ。というか、元から彼女の教科書は扱いが悪いせいか、汚かったわ」
李下に冠を正さず、とはいえどもこれはクラウディア嬢に非が大きいだろう。八つ裂き云々というのも、もしかすると噂に尾ひれがついたせいかもしれない。
「じゃ、脅迫罪は?」
「服装が乱れていたから、風紀委員長としてちょっと注意しただけ。ついでに格好があまりにもだらしなかったから、ちょっと手を入れさせてもらったわよ……と言ってもせいぜいシャツの襟を直した程度だけど」
「……じゃあ、殺人未遂は?」
「知らないわよ。第一、私は彼女のことなんか歯牙にもかけていなかったわ」
アンナの言だけ信じるならば、彼女には基本的に非は無い。そうでなくても実際にこんなことをやっていたならば、断罪されるまでもなく憲兵が介入する事態になっていただろう。
高位貴族は強大な権力を持つ分、周囲からの目も厳しいのだ。
「ところで、アンナはいつ、ここを出るの?」
「……五日後ね。帰る場所は無いけど」
確かに大部分の彼女の罪状については問うことが難しいだろう。とはいえ、流石にこれほどの騒ぎを起こして、しかも皇太子を殴ったとなれば残念ながら勘当は当然だ。
「ということは、今婚約者もいない?」
「当然でしょ。面と向かって言われたんだし、それにあんな奴はハナから願い下げよ」
ここまで裏が取れたなら問題はない。
「じゃあ、僕は用事があるからそろそろ帰るね」
「えっ……もう帰るの?」
「さっき、”帰れば”とか”好きじゃないし”とか言っていたじゃん」
「ア、アレはちょっとした冗談みたいなものだし。それに、嫌いとも言ってないわよ!!」
彼女は自らの言葉にハッとした後、気まずそうに下を俯く。皇太子殿下とクラウディア嬢を小説の中の人物のようだと評した人間がいたが、彼女も大概だと思う。
「ねえ、殿下とかにもそんな態度だったの?」
「はあ!? なにいってんのおまえ!? そんなに親しくない相手にこんなことを言えるわけないでしょ……あっ」
親しくないのか。確かに本当に親しかったら、アンナを放っておいたりはしないだろうけど。
「じゃあ、そんなアンナにこれを」
アンナの後ろから、看守さんが小さい箱を持ってくる。本来ならば、規則上駄目だが頼みこんでやってもらった。
「これが僕からの差し入れ。開けてみて」
「……何よ、これ。散々虐めておいて、変なもの渡したら殺すからね」
そう言いつつも、彼女は小箱を開けてくれる。
そこには――
「綺麗……」
桔梗を模したムーンストーンの指輪だ。高かった。
「アンナ・フォン・シュタイアーマルク令嬢。僕と結婚してくれませんか?」
「……わよ」
「聞こえないので、もう少し大きな声で!」
「考えておくわよ!!……まあ、答えは決まっているけど」
アンナは顔を赤らめて、僕から目をそらす。
悪くないけど、もう少し頑張りたかったな。
看守さんが、そろそろ時間であるということを告げてくる。
「じゃあ、五日後に改めて答え聞かせてね。あ、そうだ。小さいけど父親から所領を分けてもらって、そこに家があるから。行き場所なら心配しないで。もし良かったら一緒にそこに住もう」
「……仕方ないから、あんたが寂しいと可哀そうだから、住んであげるわ」
「ありがとね」
「どういたしまして」
僕は魂が抜けた様なアンナをその場に残して今度こそ留置場を出る。
五日後には、アンナが出てくる。その時には素直に好きと言ってもらえるように、彼女を幸せにしよう。
そう自分に誓って。
その、評価とか感想とか……くれたら、ちょっとくらい、ほんのちょおおっとだけ、感謝してあげるわよ。
だ、だから……その、くれると嬉しいかなあーって。
言っとくけど、別にすごい欲しいわけじゃないからね!!




