2-3
「……」
「……」
しばらくの間、僕たちは無言で歩いていた。ナイトは何食わぬ顔で歩いているけど、僕はそんな平然とはしていられない。
とにかく気まずい。
一人で帰るのは回避できたものの、無言で二人で歩いていても、グループで行動しているようには見えない。居心地の悪さは一人の時と変わらない……むしろそれより酷いかもしれない。
この時の僕は初対面の時よりはナイトと話せるようにはなっていたけど、この日は屋上での一件もあったし、とにかく気まずかったんだ。
何か話せよナイト、一緒に帰るって言い出したのお前だろ。
僕から話を振るなんて、ありえない。僕はナイトが嫌いなんだから、僕から話しかけたりしない。そもそも、振れる話なんて持ち合わせてない。
「……」
「……」
気まずい沈黙は続く。こんなの拷問と同じだ。なんで僕は、嫌いなやつと二人並んで、黙って歩いてるんだ。いつまで続くんだこれ。
もうすぐ校門も出てしまう。そうすれば終わるのか? ナイトの帰り道ってどっちだ? 僕の家と逆方面だといいんだけど。そうすれば校門でおさらばだ。校門まで耐えればいいのか?
「なあ、マッド」
「なっ、ななんだよっ」
急に話しかけるなよ! びっくりするだろ!
「お前、帰り道どっち?」
「……校門出て左だけど」
「左な。オッケー」
オッケーってなんだ、どういう意味だよ。普通『俺は右』とか『俺も左』とか言うだろ。
「お、お前はどっちなんだよ」
「どっちって?」
「右か、左か、だよ」
「ああ、帰り道か。いつもは右なんだけど、今日はちょっと遠回りだな」
「……遠回り?」
「だって左に行くんだろ? お前」
「いや、そうだけど……」
「じゃあ俺も左から行かなきゃな」
なんでだよ。なんでそうなるんだ。
「色々聞きたいこともあるしな。学校の中じゃ話しにくいことだと思うし」
「……」
僕は何か言い返そうと口を開くが、うまい切り返しが思いつかず、結局何も言えなかった。
僕とナイトはそのまま校門を出て、二人揃って左に曲がり、またしばらく無言で歩いた。学校からかなり離れ、僕らの他に誰も人が居なくなった辺りで、ナイトが再び口を開いた。
「もういいだろ。ここなら誰も居なそうだ」
ついに本題に入るらしい。ここはナイトのペースに呑まれないように、僕から話を振ってやる。
「聞きたいことってなんだよ。またアヤちゃんにストーカーするなとか、そういう話かよ」
「は? ああいや、そんなんじゃない。俺はお前のことを聞きたいんだ」
「え」
僕のこと?
「ほら、俺ら友達になったわけだけど」
いや、なってないけど。
「俺はマッドのこと何も知らないし、マッドも俺のこと何も知らないだろ? そんなんで友達だなんておこがましいよな。だからまずは、一緒に帰ったりして、お互いのことを知るってのが大事だって思ったわけだ」
「……」
呆れてものも言えないね。こいつ、僕のことストーカーとか言えないだろ。こいつの方がよっぽどストーカー気質じゃないか。
「というわけで、教えろよマッド。お前のこと」
「嫌だよ」
「え、なんで」
「『なんで』は僕のセリフだ。な、なんでお前に僕のこと話さなきゃいけないんだよ」
「……確かに」
「そ、そう、僕にそんなことする理由はない。諦めて自分の家に帰れよな」
「確かに、聞くのは先じゃないよな。相手のこと聞くなら、まずは自分のことを話すべきだ」
……ん? なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「そうかそうか、そりゃそうだ。順序が逆だったな、悪い。まずは俺のことだ。さあマッド、なんでも聞けよ」
「え。いや、何をだよ。何を聞けって?」
「だから、俺のこと。今ならなんでも答えるぞ。お前のこと聞きたいって言ったんだから、こうするのが当然だよな」
違うだろ……。僕が言いたかったのはそういうことじゃないんだよ。それくらいわかるだろ。
「さあ、聞け聞け」
「聞かないよ……知りたくもないし」
「なんかあるだろ。一つくらい」
「だから、ないって……」
くそっ、完全にナイトのペースじゃないか。このまま押し切られるのはゴメンだ。なんとかうまく切り返さないと。でも、こいつに聞きたいことなんて一つもないし……いや、待てよ。
「ん? どうした?」
聞いておきたいことなら、一つある。これは、重要な問題だ。
「もしかして、何かあったか? 聞きたいこと」
「な、ナイト、お前さ。アヤちゃんのこと、好きなんだよな」
「……ああ、そうだ」
虚をつかれたのか一瞬反応が遅れたが、ナイトははっきりと頷いた。
「なんで、好きになったんだよ。何かきっかけ、あったのか?」
「お前……ホントに桜庭のことしか頭にないんだな。ちょっと驚いた」
「そんなのどうだっていいだろ。早く答えろよ」
「ああ、そうだな。そういう約束だった。つっても、きっかけかぁ……。あんまり覚えてないんだよなぁ。好きになったきっかけというより、知り合ったきっかけなら話せるぜ。それでもいいか?」
「なんでもいいよ」
「そっか。えっと、あれはいつだっけな……中学入ってすぐだから、四月くらいか? 俺が学校から帰る途中で、桜庭を見かけたんだよ。たまたま、公園でな」
「……ああ。もしかしてアヤちゃん、猫と遊んでたりしてた?」
「え、そうだけど……なんで知ってるんだお前?」
どうしても何も。ナイトとアヤちゃんが猫と遊んでたのは僕も見てたし。
と、言うわけにもいかず。
「ほらアヤちゃん動物好きだし。昔から、よく、野良猫と遊んでたりしてたから」
「ああそっか。なるほどな」
「……それで? その猫がどうしたんだよ」
僕がナイトに続きを促すと、ナイトはアヤちゃんとの出会いを話し始めた。だが僕は、その出会いについては知っている。公園での猫との一部始終は、常に観察していた。アヤちゃんが猫と遊んでいたことも、アヤちゃんとナイトが出会ったことも、全て知っていた。もちろん、その後どうなったのかも。
「とまあ、そんな感じで猫と仲良くなって、桜庭とも仲良くなったってわけだ」
そう言って、ナイトは一息ついた。この話はこれでほぼ終わり。それは僕も知っている。その上で、あえて僕はナイトに聞いた。この話の最後のピースを埋めるために。
「……それで? 猫は飼えたのか?」
「いや、それがな。親から許可はもらえたんだけど、肝心の猫がいなくなっちまったんだ。公園行ってもいなくてさ。桜庭と一緒に探してたんだけど、結局見つからなかった」
「ふーん……」
もちろん、それも知っている。二人でずっと猫を探していたのを、見ていた。
無駄なことをするなぁ、と思いながら。
ずっと見ていた。
「ま、これが桜庭と知り合ったきっかけだよ。猫もいなくなったし公園には行かなくなったけど、学校でよく会うようになったんだ」
「……なるほど」
「こうやって話すの、けっこう恥ずかしいな。……さあ、俺のことは教えたぞ。お前のこと教えろよ」
「僕のこと、か」
と言われても、僕に話せるようなことなんてない。ナイトはアヤちゃんの話をしたけれど、それこそ僕にはアヤちゃんしかいない。
それ以外に、興味はない。
そもそも、僕はこいつと友達になる気なんか微塵もないし。
どうしようかと思案しているうちに、道端に寝そべる猫の姿を見つけた。猫の話をしてる時に野良猫を見つけるなんて、妙な話だ。そんなことを思いながら、僕はぼーっと猫を眺めた。
……ん。なんだあの猫、様子がおかしい。
「おいナイト、あれ」
「え? うわっ、大変だ!」
猫は横たわっており、四肢をわずかに痙攣させている。それ以外にはほとんど動かない。ところどころ出血も見られる。
どう見ても、健全とは言えない。
「なんだ、どうした!?」
「車にでも轢かれたんじゃないかな。足、折れてるみたいだし」
「ひっでぇ……病院連れてかないと!」
「もう遅いよナイト。手遅れだ。もう助からない」
猫は弱々しく身体を震わせる。その痙攣を最後に、猫の身体から力が抜けた。
ぐったりとした猫の身体。力尽きた猫。猫の死体。それを認めて、悔しそうにナイトの顔が歪む。
「……かわいそうに」
ぼそりとナイトが呟いた。確かに、かわいそうかもしれない。この猫の死は、完全に偶然の産物だ。誰の意志もなく、誰の悪意もなく、ただのランダムな事象として、この猫は命を落とした。
この死は、誰にも影響を与えることはなく。
この死に、意味などない。
それをかわいそうと言わずに、なんと言う?
「こいつ、埋めてやろう。どっか手頃な場所ないか? お前近所だろ、この辺」
ナイトが僕に尋ねる。しかし、今の僕にはそれに答える余裕はない。僕の頭は今、別のことを考えるのに必死なのだ。
これはチャンスだ。ナイトに、僕という人間を見せつけるチャンスだ。
こいつは『僕のことを知りたい』と言った。こいつ自身が望んだことだ。
「マッド? どうした?」
僕の中に巻き起こる、どす黒い感情。こいつに、僕が特別な存在だってことを見せつけてやりたい。お前なんかとは違うってことを、わからせてやりたい。
いいだろう、教えてやるよ。僕がどんな人間なのか、教えてやる。
ヒトの本質が見えるのは、そいつの大事なモノを破壊した時だ。壊すものはなんだっていい。そいつにとって大事なものであれば、なんだって。
そいつの好きな物。人。もしくはそいつの常識。信念。あるいは、そいつ自身。それらを破壊した時に、そいつは正体を現す。その時の反応こそが、紛れもないそいつの本性なんだ。
だから僕は。今からお前を破壊する。お前の常識と、信念を破壊してやる。
さあ、見せてくれナイト。お前の正体を。普段の優等生のお前は、本物なのか。お前の振りかざす正義が、理想が、どれほどのモノなのか。それを……僕に、見せてみろよ。
その目に焼きつけろ。
僕と友達になりたいと言ったお前は。
これを見ても、そんなことが言えるのかーー?
「埋めるより、いい方法がある」
「え?」
「こうするんだよ」
ポケットからビニールを取り出し、地面に敷く。ナイトから猫の身体を受け取り、その上に置く。
「おい、何するんだ?」
「いいから見てろって。目を逸らすなよ」
さらにポケットから、ナイフを取り出す。カバーを外し、その刃をむき出しにする。
「待て、なんだそれ。なんでそんなもの持ってる?」
ナイトの問いかけを無視して、僕はナイフを構えた。
「待てよ、お前……やめろ!」
ナイトの静止は間に合わない。僕は勢いよくナイフを振り下ろし、猫の首元に突き立てた。
ぷしゅっと音がして、血が飛び散る。
「うっ、死んだ直後だからか……制服汚れちゃったな」
「おま、お前……何やってるんだよ」
「何って、解体だよ。今からこいつを解体するんだ」
「かいたい、って……なんで」
「僕の趣味、だけど」
「……趣味、だって?」
ナイトには理解できないようだ。まあ、常人には理解できないだろうけど。
「ふっ、ふんっ、ふひっ」
僕はナイトを無視して解体を続ける。まず四肢を千切り、次に腹を裂き、それから内臓を取り出す。ナイフを入れるたびにぷしゅぷしゅと血が飛び散り、敷いてあるビニールを赤く染めていく。
ああ、これだ。この瞬間だけは、僕は自分が特別だと実感できる。誰よりも異質で、他を寄せ付けない、そんな存在なんだと確信できる。
「ふひっ、ひっ、ぎっ」
細かく分断したパーツを、さらに細かくバラしていく。そのたびに、僕は口角を上げる。自分の歯がむき出しになるのを感じる。
「ぎっ、ひっ、ぎひっ」
僕の手は血で真っ赤に染まり、制服もかなり汚れてしまった。だが、そんなことはどうでもいい。
「ぎひっ、ひっぎっぎひひっぎひっ」
僕は声をあげて笑いながら解体を完了する。
「ひっ、ひいっ、ふうっ、ふうっ……」
息を整えながらビニールを縛り上げ、ビニール包みを完成させる。
「はぁ……終わったよ」
「お……お前……」
「このビニール、いいだろ。外から中身が見えないんだ。重宝してるんだよ、僕の愛用品」
「愛用品……?」
「これは、そうだな……いらないかな」
僕はビニール包みを近くのゴミ箱まで持って行き、捨てた。
「これであの猫はもう生ゴミと同じだ。あとは勝手に処分されるよ。埋めるより、こっちの方がいいだろう?」
「……」
ナイトは何も言わず、ただ僕をバカみたいに見つめている。仕方ない、もう少しちゃんと解説してやろう。
「ナイト、お前僕のこと知りたいって言ったよな。これが僕だよ」
そう、これこそが僕自身。僕を説明するのに、これ以上のものはない。
「趣味は解体。たまにやってるんだ」
「たまに、って……」
ナイトはしばし言葉を失っていた。自分の見た光景に脳が追いついていないのか、まだ放心状態が続いていた。僕はそれを見て、悠然と笑う。
この優越感……たまらない。自分が特別であると思える瞬間。異質であると実感できるこの瞬間が、とてつもなく愛おしい。
「どうした? お前が見たいって言ったんだぞ、ナイト。なんとか言えよ」
「……お前が」
「ん?」
「お前が動物殺してるって、噂があった。俺、そんなの嘘だと思ってた……嘘だと信じたかった」
「そんな噂あったのか。知らなかったな」
それこそ嘘だ。クラスの連中が噂してたのは、僕にだって聞こえてた。
しかしこの会話の流れ、いい感じだ。ナイトは今、僕に怯えてる。ナイトと僕で、僕が優位に立っている。今この瞬間、この場を支配しているのは僕だ。ここで一気に畳み掛ける。ナイトに、僕がどれだけ特別なのかを印象付ける。お前なんかとは比べ物にならない、わかり合えるはずもない、そんな存在だってわからせてやる。
「そういやナイト、さっきの話だけどさ」
「さっきの……?」
「猫の話だよ。アヤちゃんと一緒に公園で可愛がってた猫」
「あ、ああ……それが、なんだよ」
「実は僕、それ見てたんだよ。物陰からずっと。お前とアヤちゃんがあの猫と遊んでるのをさ」
「え……」
「全部見てた。最初から、最後まで」
そう、全部……猫とアヤちゃんが仲良くなるまで。アヤちゃんが初めて猫に出会い、すぐに逃げられたこと。何日も公園に通い、徐々に距離を詰めたこと。そこにナイトも加わり、最後には抱きかかえられるまでになったこと。
それを全部。二人の後ろから、見ていた。
「あの猫、公園に来なくなったよな。なんでか教えてやろうか」
「知ってるのか……?」
「ああ」
「どうして、お前が……」
そしてナイトの目は、僕の右手に注がれる。血にまみれた手。そしてナイフ。
「ま……まさか……」
ナイトの目が見開かれる。その視線を受け止め、僕は笑う。
「ああ、察しがいいな。そうだよ」
「僕が解体した」
「……っ!」
「あの猫は公園に来なくなったんじゃない。単純に、死んだ。それだけだ。それだけのことだったんだよ」
「なんで……なんでだ」
「ん? 何が?」
「なんでそんなことしたんだ! 桜庭だってあの猫は気に入っていた! 見てたんなら、それもわかってただろ! なのに、なんで……なんで殺した!」
「……わかってないなぁ、ナイト」
「なんだと……!」
「アヤちゃんはあの猫を気に入っていた。だからこそ殺すんじゃないか」
「どういう意味だよ、それ」
「お前には一生理解できないよ。理解してもらうつもりもない」
「桜庭は動物好きだろ。それなのにお前は動物殺すのが趣味って……お前、桜庭のこと好きじゃないのかよ。そんなことして桜庭が喜ぶと思うのかよ」
「喜ぶ喜ばないじゃないんだ。アヤちゃんが動物好きなのは知ってるよ。だから殺す。だからこそ僕はあの猫を解体したんだよ。ただそれだけなんだ。
そしてそうすれば、アヤちゃんはきっと僕を見てくれる。やがて気づくんだ。アヤちゃんに見合うのは僕だけだってことに。僕が一番アヤちゃんに相応しいってことにね!」
「……好きな女子にちょっかい出す小学生じゃないんだぞ。もうこんなことやめろよ。意味わかんねえよ」
「だから、理解しなくていいって。どうせお前にはわかんないんだから」
「お前……おかしいよ」
「おかしい? それがどうした。僕にはアヤちゃんしかないんだ。お前と違って。お前みたいになんでも持ってるやつと違って。大した努力もせず、なんでも手に入ったお前とは違って。僕には、アヤちゃんだけなんだよ。お前にはわからない。わかるわけないんだ!」
「マッド、俺は」
「お前は、色々持ってるじゃないか! 十分すぎるほどに持ってるじゃないか! これ以上求めるなよ、欲しがるなよ! どうしてお前ばっかり優遇されてるんだよ……なんで僕だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ!
好きな女の子、一人……僕が望んだものは、たったそれだけなのに! どうしてそれすらも奪おうとするんだよ、お前は!」
「お前じゃダメだ。お前は桜庭を苦しめる。そんなことさせない」
「僕は誰よりもアヤちゃんのことを知ってる。お前よりもずっと、アヤちゃんのことを見てきたんだから」
「ストーカーして、だろ」
「違う。見守ってきたんだ」
「どちらにしろ、桜庭は嫌がってた」
「そんなことない」
「ある。お前はただのストーカーだ」
「じゃあお前はなんだよ。アヤちゃんの彼氏かよ」
「……違うけど」
「じゃあ偉そうな口聞くなよな。ちなみに僕はアヤちゃんの幼馴染だ、お前と違ってね」
「お前がそう思ってるだけだろ」
「なんでそんなこと言えるんだ? アヤちゃんがそう言ったのか、お前に?」
「いや、言ってない。でもわかるよ。桜庭はお前を避けてる。誰が見たってわかる」
「……理由があるんだよ。色々と」
「もういいよマッド。悪いな、やっぱり俺、今のお前とは友達になれないみたいだ」
「なんだ、ようやくわかったのか。お前にしては気づくの遅かったな」
「お前のこと誤解してた。ただイジメられてる被害者だと思ってた。でも違った」
「へえ?」
「お前はストーカーだ。加害者だ。それを見過ごすことはできない」
「見過ごせない、ね。じゃあどうするんだ?」
「お前を更生させる。そのナイフ、絶対に捨てさせてやる」
「こうせい……更生? 僕を? ふっ、は、ははっ、面白い冗談だなナイト!」
「冗談? バカ言え、俺は本気だ。何としてでもお前を真っ当な人間にしてやる」
「やれるもんならやってみろよ。お前のその偽善、どこまで続くか楽しみだ」
僕とナイトは睨み合う。
「……」
「……」
しばしの時間、僕らは無言で佇んでいた。僕は下から睨め上げるように。対するナイトは、しっかりと僕の目を見つめてくる。悪意のない、まっすぐな瞳。僕の嫌いな目だ。
先に視線を外したのはナイトの方だった。
「じゃあな、マッド。また明日」
あくまでも柔らかい物腰で、爽やかに言い放つ。対する僕は何も言わない。僕は無言で身を翻し、その場を後にする。背中にナイトの視線を感じながら。
嫌味。驕り。愉悦。
きっとナイトにそんな感情はない。僕を更生させるとかいうのも本気だろう。悪意がなく、損得感情も関係なしで、自分がやるべきと思ったことに全力で取り組む。自分の信じた正義を、迷わず実行する。ナイトというのは、そういう人間なんだ。
この日以来、僕とナイトは敵になった。恋敵ってだけじゃない。
信条。性格。主義。主張。
その全てが相容れない宿敵として、決して見過ごせない相手として、僕らはお互いを認識した。
それからずっと一年近く、僕らはお互いを倒すことだけを考えている。でも僕らは、相手の倒し方までもが正反対だった。
僕は徹底的にナイトを拒絶する。あいつの言うこと全てを否定し、決して自分の考えを曲げなかった。
それに対してナイトは、徹底的に僕という存在を取り入れようとする。僕の言葉一つ一つに耳を傾け、僕を理解しようとする。理解した上で、あいつの言う『正しい道』に引きずり込もうとしてくる。
僕らは互いに有効打を見出せず、かといって諦めることもできずに、こんな膠着状態を続けている。諦めることは敗北と一緒だ。自分が相手より劣っていると認めるってことだ。それだけは我慢できない。認められるわけがない。
いつか必ず屈伏させる。そんな決意を腹に含み、それをお互い理解した上で、僕らは向き合ってきた。決して相容れない関係。しかし、最も理解し合っている間柄。それが、僕らの繋がりだった。
そして、僕たちの繋がりはついに決着の時を迎えた。
準備は終わった。もう後には引けない。
僕とナイトの、雌雄を決するとしよう。