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2-2

 夏休みを挟み、時は流れ、季節は秋になった。タイガはナイトの言葉を忘れ、再び僕に暴力を振るうようになった。あの時も、僕はタイガにズタボロにされていた。集団リンチを食らい、私物を撒き散らされ、暴言を浴びせられていた。

 そこをナイトに助けられたんだ。ズタボロになった僕を鮮やかに救い出したあいつは、悔しいけれどさながらヒーローのようだった。それから僕は教室を飛び出し、一人で屋上に逃げた。あそこなら誰も来ないから。ずっと一人でいられるから。

 今ではタイガの横暴にも慣れたけど、当時は全然だった。暴力を受けるたびに頭の中はぐちゃぐちゃになり、まともな考えなんてできなかった。

 どうして自分は救われないのか。

 どうして自分は報われないのか。

 そればっかり考えて生きていた。

 この日もそうだった。屋上で一人、柵を痛いほど握りしめ、ずっと歯を食いしばっていた。自分を痛めつけるタイガたちが憎くて。それを見て見ぬふりをする周りの連中が憎くて、仕方がなかった。

 でも、それだけじゃない。

 ナイトに助けられた自分が惨めだった。

 僕はナイトが嫌いだ。それはこの時も同じだった。僕からアヤちゃんを奪おうとするあいつの存在を、認めるわけにはいかない。あいつを認めることは、今までの僕自身の人生を否定することになる。そんなことはできない。できるはずない。

 でも、僕はそのナイトに助けられた。認めるわけにはいかない相手は、迷いなく僕に手を差し伸べた。それでも僕は、あいつを認めることはできない。ましてや感謝なんてできやしない。ずっと救われたかったはずなのに、自分を助けたナイトに対して敵意を向けるのが情けなくて。

 そんな自分に嫌気がさして。

 それでも、僕はナイトのことが大嫌いで。

 それに気づいて、また自己嫌悪。

「……どうして」

 なんで、ナイトなんだ。

「どうして、僕を助けるのはあいつなんだよっ……!」

 叫ぶことしかできなかった。ナイト以外のやつだったら、僕は素直に感謝できるのに。こんな惨めな気持ちにならなくて済むのに。

 だいたい、なんであいつが僕を助けるんだ? あいつに、そんなことする理由なんてない。そんなことするメリットなんて、ないはずだ。それに、あいつは僕のことをアヤちゃんのストーカーだと思っていた。そしてあいつはアヤちゃんのことが好き。なら、僕はあいつの敵であるはずなんだ。少なくとも、僕にとってあいつは敵だ。それなのに、なんであいつが僕を助ける?

 まさか……僕なんか敵じゃないって、そう言いたいのか? 僕はあいつの敵にすらなれないっていうのか?

「……違う」

 確かにあちこちで噂はされていた。ナイトとアヤちゃんは両想いなのだと。いつ付き合い始めてもおかしくないと。

「違、う」

 だから僕みたいなイカレ野郎の入る余地なんて、もうどこにもなくて。

「違う……!」

 僕のしてることは、アヤちゃんの迷惑にしかなっていない。

「違う、違う……!」

 僕は邪魔者で。アヤちゃんには相応しくない。

 相応しいのはナイト。誰が見たってそう言う。

「違うっっっ!」

 頭に響いてくる声を、絶叫で無理やりかき消そうとした。

「アヤちゃんに相応しいのは、僕だ! ナイト、お前なんかじゃないんだ! だってずっと……ずっと、僕が……!」

「そうか」

「ひいっ!?」

 突然、背後から声がした。いつの間に来たのか、いつからここにいたのか、僕には全くわからなかった。

「な、ナイト……なんで」

「俺は桜庭に相応しくない、か……なるほど」

「お、お前いつからここに……?」

「お前が『違う、違う』って呟き出したあたりからだ」

「……っ!」

 聞かれた。僕の惨めな叫びを、よりによってこいつに聞かれていた。

「タイミング悪かったな、すまん。でもおかげでやっとわかった」

「な……なんだよ。何がわかったっていうんだ」

 こいつにはわからない。わかって欲しくない。

 これ以上、僕の中身を見られたくない。

「あの程度じゃダメなんだな。俺は、お前を助けられてなんかいなかった。タイガから守る程度じゃお前は救えない」

「……そうだよ。お前の助けなんていらないんだ。だいたい、お前どういうつもりなんだよ。僕なんかを助けようなんて、正気かよ」

「正気だよ。よしマッド、じゃあこうしよう」

「なに」

「俺たち、友達になろう」

「……は?」

「そうすれば全部解決だ。友達が友達を助けるのは当然だろ?」

「え、いや、それは」

「確かに今まで、でしゃばりだったな。突然助けるとかなんとか、気持ち悪いにもほどがあった。お前が困惑するのも当然だ」

 でも、とナイトは爽やかに笑う。

「これからは違うぜ。なにせ俺たちは友達になるんだからな。これでお前を助けられる」

「な、え……はぁ……?」

 ダメだ。こいつが何を言ってるのか、さっぱりわからない。

「じゃあマッド、今日一緒に帰ろう。教室で待ってろよ、迎えに行く」

「お、おいナイト、僕は……!」

 友達なんていらないんだ。

 と言う前に、ナイトは屋上から出て行ってしまった。僕は無言で、一人立ち尽くすしかなかった。



 そして、その日の放課後。

 教室は話し声で溢れかえっていた。部活に行くもの、帰りに寄り道する場所を話し合うもの、その内容は様々だ。

「……」

 そして僕は……自分の席でひとり、無言で固まっていた。

 いつもなら、授業が終わればすぐに帰る。誰よりも早く教室を出て、誰にも会わずに校門までたどり着く。そして校門でアヤちゃんを待つ。

 教室からアヤちゃんと一緒に帰りたいけれど、そんなことを学校でする勇気はない。だから僕は、まず誰にも見られないところまで一目散に移動する。それがいつもの下校の仕方だ。これは今も昔も変わらない。

 でもこの日は、僕はそうしなかった。なぜすぐ帰らなかったのか、今でも疑問に思う。

 たぶん、期待したんだ。あるはずもないことを、期待してしまった。救われたいと、願ってしまったんだ。ナイトには、僕を救えない。そのことを、まだ僕はわかっていなかった。

「……」

 周りの視線が痛い。いつもと違う僕の行動を、不審に思っているのか。不快に思っているのか。

『早く帰れよ』という無言のプレッシャーが伝わってくる。

 ちくしょうナイトのやつ、来るなら早く来いよ……。自分から誘っておいて待たせるなんて、非常識だろ……。

 そう、ナイトはまだ現れていない。

 授業終了のチャイムが鳴ってから、もう五分も経っている。五分も僕は、こんな居心地の悪い教室で待たされていた。

「なんなんだよ、もう……」

 誰にも聞かれないように、そっと呟く。

 まさかあいつ、忘れてる? 自分から言い出しておいて、僕のことすっかり忘れてるのか?

 いや、もしかしたらこれはナイトの攻撃なのかもしれない。わざと遅れて、僕を教室に留まらせることで、僕にダメージを与えようとしてるに違いない。

 当時の僕は、そんなことを考えるまでに追い詰められた。

「……」

 胸が苦しい。自然と呼吸が荒くなる。この攻撃は、絶望的に僕に有効だった。

 そもそもこの日は、ナイトが僕を助けたせいで、僕への注目度が普段より増していた。今でこそゴミのような扱いにも慣れたけど、クラス全体からの悪意ある視線を耐え凌ぐのは、当時はまだ難しい時期だった。

 アヤちゃん……アヤちゃんは、もしかしたら僕を助けてくれるかもしれない。藁にもすがる思いで、僕は周りを刺激しないように、こっそり教室の様子を伺ったりもした。しかし、アヤちゃんはいなかった。既に教室を出てしまったようだ。

 しかも教室を見回す途中で、全く別の生徒と目が合ってしまった。その生徒の、僕を不審がる目が、突き刺さる。

「……っ」

 ダメだ。もう限界。帰ろう。

 別にナイトとの約束なんか、反故にしたって構わない。僕はあいつのことが嫌いなんだ。僕はあいつの敵なんだ。

 そもそもあいつとの約束を守ろうとしていたことがおかしいんだ。いや、まずあれは約束じゃない。ナイトが勝手に言い出したことなんだから。僕はそれに了承もしてない。

 よし、決めた。僕は帰る。一人で帰る。

 決心して、席を立とうとする。しかしここで僕は気づいた。

 今から、一人で帰る?

 放課後の学校は、至る所に人が溢れてる。教室から校門まで、そこら中に人がいる。そしてそいつらは、すべからくグループで行動してる。

 多数のグループがひしめく中、一人で帰る?

 それは、とても惨めだ。

 きっと周りから笑われる。嘲笑われる。それこそサーカスの見世物だ。そうなるのが嫌で、いつも誰もいないうちにさっさと帰ってたのに。

 この頃の僕は、他人からの評価をひどく気にしていた。タイガに暴力を振るわれたことがきっかけで、自分がなぜ標的にされるのかわからなくて、自分が他人からどう思われるのかを気にするようになっていた。今では、もうそんなことに惑わされることはなくなったけど。この時はまだ、僕は弱かった。

 足がガクガクと震えだす。僕は上げかけた腰を、ゆっくりと席におろした。

 ダメだ、動けない。まだ学校から出るわけにはいかない。こうなったら、学校から人がいなくなる時間まで……下校時刻まで、ここで粘るか?

 僕は再び、教室を見渡す。

「……ぅぅ」

 無理。こんなところにいられない。教室内の全員が、僕が帰るのを今か今かと待っている。もちろん、さっさと帰れよって意味で。

 八方塞がり。僕には、どうすることもできない。

 ちくしょう、ナイトのやつ許さない。ふざけんな。なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。全部お前のせいなんだからな。何が友達だよ、わけわかんないことばっかり言いやがって。

 あいつ、やっぱり僕を騙したんだ。友達になるだなんて嘘だった。当然だ、僕と友達になりたいやつなんて、この世のどこにもいないんだ。でも、僕だって友達なんかいらない。あんなやつこっちから願い下げだ。僕は、あいつのことが、世界で一番大っ嫌いだ。

 自分が惨めで仕方がない。あまりの惨めさに、涙まで浮かんできた。

 もう、ダメだ。死にたい。誰か僕を殺してくれ。

 ナイトなんて信じたのが間違いだった。僕にはアヤちゃんさえいれば、それで良かったのに。それだけで十分だったのに。絶望し、机に顔をうずめたその時だった。

「悪い、待たせたな」

 ハッと顔を上げる。そこには、僕が世界で最も嫌いな顔があった。

「な、ナイト、お前……」

「すまん、担任に捕まったんだ。俺クラス委員でさ」

 知らねえよ。

「いや、それにしても待っててくれるなんてな。絶対帰ってると思ってた」

 帰りたくても帰れなかったんだよ。お前のせいでな!

「そんな怖い顔すんなよ、悪かったって。じゃあ帰ろうぜ」

「……」

 僕はナイトを睨みつけながら席を立ち、自分のカバンを持った。ナイトが教室を出て、僕もその後に続く。

 教室を出る時に、クラスのやつらの会話が聞こえてきた。

「マッドと帰る……?」

「ありえない……」

「ナイトのやつ、本気かよ……」

 僕は誰とも目を合わせないように、急いで教室を出た。



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