弟子たるもの師匠に気を使え。
昔に友人から教えてもらったことがある。
この世には触られただけで死ぬという現象があるらしい。
俺はその話を聞いて・・・。
解決しないわけにはいかないと思った。
俺の名は神林善。この世の決して表に出ない事件や案件を解決する裏の解決屋さんをやっている。まあ、ただ師匠の後をついて行ってるだけなのかもしれないが、それで強くなれるならという思いでいる。今は今まで知らなかった世界を見れていることが楽しくて仕方がない。そういう思いでこの仕事を続けている。
現在進行形で居酒屋で社員全員でお酒の席。俺は大学生だが二十歳を超えているので飲める。今日はみんなの疲れを癒すべくみんなにお酒を配りまくる。
「師匠。もう一杯どうですか?」
「うむ・・・ゼンにだけ苦労を掛けてしまっているように見えるが・・・ゼンもたくさん飲んでくれ。どうせ会計は経費だ。な、社長さんよ。」
「ははは・・・割り勘じゃないんだ。勘弁してくれよ。まあ、別に不景気というわけでもないから大丈夫だけど。」
そういって師匠は俺にお酒を注いでくれた。
「無理しない程度に楽しもう!酒は飲んだらのま・・・のみ・・・えーっと。」
「酒は飲んでも飲まれるな。ですね。」
「そうそう!それそれ。俺はもう飲まれてるなこりゃ。」
俺からみた師匠は平常運転であった。師匠はうっかりを酒のせいにしている。酒が入ってなくても師匠はうっかりさんなのに。
社員全員でのみに来ても社員自体10人ほどしかいないので余裕で席が予約できる。そういった点ではなかなか便利な会社である。
まあまあ失礼なことを思いながらも団結力だけは高いというところを尊敬し、次々とお酒を注ぎに行った。
みんなかなり酔ったころ、社長さんが「よし、みんないい感じによってるな。じゃあ解散!」といって帰ってしまった。俺はころベロンベロンに酔った人たちをどうにかしなければならない・・・まあ、酔わせたのは俺なんだが・・・。
「・・・」
師匠はかなり静かだ。酔うと静かになるのがこの人だ。いつもは上機嫌で何も考えてないような人を演じ、いざとなったときに冷静な判断を下す何とも掴めない方だ。いったい黙って何をやっているのだろうか。
「・・・どうやって帰るか・・・タクシーはなんかな・・・金銭的にな・・・。」
やはり冷静な人だ。タクシー問題で困っている。調子に乗ってタクシーで帰るという行動を起こしていない。
「・・・でも妻は寝てしまっている・・・困った。」
俺が思ってたより師匠は困っていた。師匠の妻は俺の高校時代からのと大学の先輩・・・まあ、師匠も高校時代からの大学の先輩なのだが・・・大学生で解決屋を頑張っているところを見るといつ休んでいるかが気になるところである。ちなみに俺は授業中休んでいる。
師匠は「よし!」といって先輩を負ぶった。まさかこのまま帰るのか。
「行くぞゼン。家に帰るまでが仕事だ。」
今のセリフから考えてこの人は酒を飲むことも仕事だと考えてるのだろうか。楽しく飲もうと言っていた師匠はもうここにはいない。作り笑いは消え、すべてを見通しているかのような身の振る舞・・・なぜいつもあそこまで笑っているのだろうか。
師匠はキャッシュレス割り勘機能で自分と自分の妻の分の金を払い、店を出た。まじで負ぶって帰る気だこの人・・・かっこ悪くはないがこうなるまでの流れを知らない人がこの状況を見たら少し戸惑う可能性が・・・。
俺は師匠を心配しつつも割り勘決済を済ませ師匠についていった。
酒を飲んだ後だと電車に乗ると酔ってしまう俺に支障が気を使って歩きで一緒に帰ってくれた。なんというか・・・すごく申し訳ない。電車で帰っていいですよといっても「まあ・・・なんだ。歩きたい気分だ。」といって一緒に帰ってくれる。そのたびおぶられてる先輩は師匠が歩けば歩くだけ酔って顔色が大変なことになっていく。俺は先輩に気を使って師匠に電車を推奨し、師匠は俺に気を使って一緒に歩いて帰る・・・これに関しては寝てしまう先輩が悪い気もするが。
俺はこの悪循環の犯人が誰かを少し考えてみたが、どう考えても先輩が原因の一つとしか思えなかった。
若干ふらふらした足で家を目指す俺たち・・・たまに歩道からはみ出して車道に出てしまうほど酔っている。
「・・・ここで俺が重いなんて言ったらぶっ飛ばされちゃうんだろうなぁ・・・」
師匠がつぶやく・・・その音量だと聞こえちゃいますよ・・・。
「こいつももうちょっとしっかりしてくれれば俺も安心なのだが・・・まあ、これも一つの夫婦の形ということにしておくかな。」
「・・・のろけですか?」
「・・・今の状況うらやましいと思うか?俺もふらふらなのに妻を負ぶっているこの状況を。」
俺は何も答えられなかった。もし俺が好きな人と同じような状況だったら・・・幸せ・・・?なんだろうか。
「まあ、一応言っておくが俺は幸せだ!だからこれはのろけだ!」
はっきり言ってくれた・・・師匠の顔がどんどん笑顔になっていく。酔いがさめたのだろうか。
家への近道の公園を通っていたら、こんな夜遅くに少女がブランコに乗っている。これは危険だ。どうするか・・・取りあえず師匠に相談してみよう。
「師匠、この状況は・・・」
「んー・・・いんじゃね?」
ダメだこの人。
師匠は少女に話しかけに行った。行動早いなこの人。さっきまで「いんじゃね?」なんて言ってたのに。
「君。早くお家に帰りなさい。こんな夜遅くに公園で・・・あれ?そういえば夜だ。あはははは・・・俺一体何時間飲んでたんだよ、わっはっは!」
全然酔いがさめてない。
師匠が独りで大爆笑していると、少女は消えていた。あれ?今までブランコに乗っていたのに。もしかして俺の幻覚?でも師匠も見ているし・・・。
「師匠!少女がいません!」
「あれま!幻覚だったのかな?でもゼンも見てるし・・・」
「もしかしたら偶然同じ幻覚だったりして。」
師匠は少女がいたブランコに座った。
「うむ・・・冷たい・・・こりゃ間違いなく幻覚だな。」
師匠は幻覚だということを確認すると、思いっきりブランコで遊びだした。危ない危ない!先輩が吹っ飛びそうだ!
「ブランコやめろアホが!」
とうとう先輩が怒り出した。
師匠がめっちゃびっくりしてる。びっくりした拍子に手を放してしまっている。そして吹っ飛んでいる。師匠と先輩が宙に舞っている。どうしよう。助けた方がいいかな。
先輩の方を見てみると、小さく「私だけ助けろ」といっている。これは・・・先輩だけ助けた方が面白そうだ。
俺は霊術、重力操作で先輩をゆっくり降ろした。この霊術に関してはまた今度詳しく説明しなければならない時が来るだろうが、今はまだその時ではない。簡単に言えば俺が特殊な人間だってことだ。特別なのではなくて特殊な人間なのである。
先輩は無事着地し、師匠はブランコの柵の上に立った。どんなけ運動神経いいんだこの人・・・。
先輩は超ふらふらだが一応自分で歩けるぐらいまでには回復していた。
「あの人私の扱い雑・・・人乗せときながらブランコになるなんて・・・。」
先輩は身勝手な人だ・・・乗らなきゃいいのに。
師匠は「悪い悪い」と先輩に言って、家の方向に歩き始めた。
先輩はすごくふらふらしながら師匠の後を付ける・・・これは補助しに行った方がいいかな?
俺が補助した方がいいかどうかを悩んでいると、師匠がお姫様抱っこで先輩を抱えて歩き始めた。なぜこういうことを躊躇なしにできるんだ・・・。
先輩はとても満足そうな顔をしている。この二人を見てると、俺も妻が欲しいと考えてしまう。この人たちは18で結婚しているから結構な結婚歴になっている。まさか師匠が18になった途端に結婚するとは、恐ろしい。
「そういえば善君は彼女・・・いないの?」
先輩がなかなか痛いこと聞いてくる。ああ、いないとも・・・そもそも同世代の女がいない。俺の高校時代はめっちゃ師匠と先輩の教室遊びに行ってたから同級生と話すことなんてなかった。そもそも師匠がめっちゃ呼び出してくるからというのもあった。まあ、それからというもの自主的に行くようになったんだけど・・・しかしやっぱり一番の理由は師匠じゃないか?とか思いつつも・・・うーん・・・まあ、どうしようもないな。
俺は俺が置かれている状況に少し悲しみを浮かべつつも彼女探ししてみようかなと思ってみたり・・・誰か紹介してくれないかな・・・。
「善よ。まあ、人生長いんだ。そもそも俺たちの夫婦関係なんて結構特殊だぞ。だって一番最初に妻に殺されそうになったんだからな。殺人未遂から恋愛事になるなんて思いもよらなかった。まあ、俺は全然危機的状況だとは思わんかったがな。」
「・・・死んでないんだからいいじゃない。」
先輩は師匠に少し不満げに言い返した。死んでたら大変なことになってますよそれ・・・。
「師匠・・・先輩・・・なんでそんなに前向きに生きられるんですか?」
俺は師匠と先輩に直接聞いてみることにした。これ以上遠回りしている暇はないんじゃないかという焦りでもあった。
「前向き・・・前向きと定義とは何だろうね。」
「うむ・・・定義ってなんだ?」
先輩と師匠が考え込んでいる。なんか難しい質問をしてしまったようだ。
「そうだな。師匠として答えようじゃないか。社長の修行を受けよ!あいつはとんでもなくスパルタだが有意義なことをしてくれる。お前はいつも守られ過ぎなんじゃないか?俺は何回死にかけたかわからない。妻と一緒に死にかけた回数はもう数えられないな。それもこれも全部社長のせいだった。」
「師匠・・・」
俺は引いた。この人は遠回しに俺に「死にかけろ」と言っているのだろう。正直痛いのは嫌だ・・・死ぬのも嫌だ・・・俺はこの人みたいな意志と決意とガッツと闘志を持っていない。どうすれば・・・。
「取りあえず社長に頼んでおくから。じゃあ!」
と言って師匠はパッと一瞬で家に入ってしまった。ちょっと待て、何を頼むつもりなんだ・・・。
「つらいかもしれないけど・・・頑張ってね!応援してるからね。」
先輩も家に入っていった。
俺は不安でいっぱいになったが、このまま外でぼーっとしているわけにもいかないので自分の部屋に入った。
俺の部屋は師匠と先輩の部屋の上のアパートである。かなり広いアパートだが、昔社長が建てたものらしい・・・それも高校時代に・・・いったい何者なんだろう。
「お悩みですか?」
窓から師匠二世が話しかけてきた。いやここ二階だぞ!
「ああ・・・二世君・・・びっくりした。まあ、悩みと言えば悩みかな。」
「大人は大変ですね。まあ、私も両親の帰りがこんなに遅いと困ってしまいますね。」
この子はさすが師匠と先輩との子だけあってとんでもない男である。いや、とんでもない男子?
「そういえば善さん、この本たちありがとうございました。」
そういって二世君は俺が大学受験に使った参考書すべて返却してくれた。魔法による重力操作で・・・この子やはり怖い。
「では私はこれでお暇させていただきます。失礼しました。」
そういって二世君は一瞬で消えた。いったいこの世はどうなってしまったのやらと時々思う・・・もう慣れ始めてるけど。
俺は多分これから面倒なことになるだろうと思いつつもそれに立ち向かっていく覚悟を決めてみた。