冒頭1
~日本皇国 東京 上空~
いつもは絶えることなく輝きを放つその都市も、今夜だけはその明かりを失っている。年に一度新月の夜に行われる星詠みという皇室の伝統行事が行われるためである。そんな真夜中の東京の空を7機の飛行物体が駆け抜けていく。
「こちら三徳開発魔装士。ウイングアームズ試験稼働の状況は良好です。これより、東京湾へ抜けそれぞれの担当試験を行い、その後帰還します」
俺はこうやって空を飛んでいてもまだ現実として感じられない。恐らく俺の後ろについてくる彼らもそうだろう。いくら魔法といっても空を飛べないことは、魔導士の中では常識だった。多くの人間は空を飛ぶほどの魔法的処理領域を持たないからだ。もし飛べたとしても、浮くだけで実用性は低かったしな。科学と魔法の融合によって、そんな常識をくだらないとあざ笑うかのようにあいつは砕き、俺らを空に飛ばした。あいつはまごうことなき天才だな。
ウイングアームズ開発を主だって進めたかつての同僚、久遠に思いをはせていると目標の海域に到達した。
「これよりそれぞれの担当試験を開始する。魔力切れになる前にデータを集め、迅速に帰還するぞ。じゃなけりゃ、海の底でオダブツだ。では散開!」
6人の部下がそれぞれの担当試験を始める。
継続飛行距離試験、戦闘魔法併用試験、高速飛翔試験、水中稼働試験などそれぞれに任務が割り振られている。俺は急上昇・急降下試験だったな。あいつらに何かあったとき助けられるよう、さっさと終わらせるか。
気を引き締めて一気に魔力を開放する。背部の翼型ユニットから青白色の微粒子が奔流となってあふれ出して加速が始まる。体にひしひしと負荷がかかる。試作機だから仕方ないが、まだ人体への負荷軽減は完全に上手くいっているわけではないようだ。これは報告が必要だな。ウイングアームズは操縦士が特別なトレーニングなしで運用できることが目標だと聞く。
体への負荷を確認していると、あっという間に雲よりも高い高さに到達した。上昇に伴い自身の周りの気圧を一定に保つ魔法が展開されていることも確認する。
よし、次は急降下だな。
さっきと同じように、魔力を開放しながら海面に向かって加速していく。急上昇時よりも多くの魔法が展開され身体の保護が行われる。海面にぶつかる前に急減速をする。急降下時においても魔法で和らげてもかなりの負荷がかかる。
これを連続で行うのは魔力的にも身体的にもなかなかきついものがあるな。もっと魔力の使用効率を上げなければ、戦闘は難しいだろう。あと1セット行って、とりあえず試験を終了しよう。
今度の上昇は手動で身体保護魔法を追加でかけよう。それでどれほど負担が軽減するかのチェックしないとな。
よし、いくぞ。
身体保護魔法を重ね掛けしたまま、さっきと同じように一気に上昇して、下降する。さっきと違って連続で運動したが、だいぶましになったな。後日、身体保護魔法に関しては開発部と話し合おう。
「全員指定地点へ集合」
定時になったので部下たちに無線で呼びかける。無事であってほしいが、結構なハードワークだ。魔力切れをおこした者がいてもおかしくない。
「隊長~死んじゃいます~」
無線から情けない声が届く。山口のやつは飛行距離試験担当か。想定では残り5キロは稼働できるはずなんだがな。とはいえ試作機であるのを考えればガス欠になっても仕方ない。
「山口か。今どこにいるか報告しろ。あと、魔力欠乏時用安全装置を起動しろ」
指示を出して、すぐに彼女のいる海域に向かって加速していくと、今にも墜落しそうな彼女の姿が見えた。安全装置のおかげで何とか浮遊してるが、あれも長くはもたないからな。急いで彼女を捕まえ姿勢制御にのみ集中するよう促す。
「ほぇぇぇ、このままドボンして死ぬんだって思いました。ありがとうございます。隊長」
「礼には及ばんさ。この魔装は開発されて日が浅い。軍のエリート魔導士といえども上手く扱うにはきついものがあるだろうしな」
山口を支えながら集合地点に行くと、残りの隊員は全員揃っていた。良かった。あとは全員無事か。よし、帰投しよう。
日本皇国軍から兵器生産を受注する三雲製作所の本社ビル屋上に無事到着した。
「今日の試験はこれで完了だ。明日は開発部へのフィードバックを行う。では解散」
部下たちは各々、帰宅を始める。
俺も今日はもう限界だ。休みたい。
ウイングアームズのモードをディスアームドに変更し休憩室に向かう。スポーツドリンクを冷蔵庫から取り出し、それを枕代わりにして、ベンチに横になり目を閉じる。
皇国軍本部にも秘匿された魔法兵器ウイングアームズの開発か。三雲と若草宮魔法大臣はあれを完成させてどうするつもりなんだ。
......現場の人間にはわかりっこねぇか。今日もこき使われたし風呂に入って寝よう。
だんだんと足音が近づいてくる。部下はさっさと帰ったし誰だ。
目を開けて、体を起こすと、白衣を着た久遠が居た。
「やあ、三徳君。久しぶりだね。軍の入隊式以来かな。まさか君が魔法大臣のもとから寄越されるとは思ってもいなかったよ」
「俺もお前と再会するとは思わなかったよ。入隊三か月で脱退した前代未聞の天才とな」
同じ歳だというのに久遠はだいぶ老けて見える。三雲を立ち上げてからもだいぶ苦労したのだろう。
「天才とは恐れ多いね。僕はただの復讐者さ。これからの世の中は魔導士が覇権を握れるようにしたいだけ」
久遠が軍を離れた理由。忘れがたいものだな。
彼はかつて戦闘と魔法知識の面にて圧巻の成績を修めて軍に入った。しかし、出る杭は打たれるというべきか当時の軍幹部は彼に対して嫌がらせを行った。特に陸軍の嫌がらせは暴力を伴っていた。
司令部であの連中がでかい面してふんぞり返ってるのは、俺も胸糞悪いが久遠は俺以上にやつらが憎くて仕方ないだろうな。
「そうか・・・・・・ところで、あれは完成したら皇国魔法軍に卸すのか?」
「半分正解。さっきも言ったよね。僕は魔導士に覇権を握ってほしいんだ。皇国だけじゃなくて世界でね。だから時期はともかくいずれ列強各国に設計データはリークすると思う」
確かに、現在、魔導士の各国での社会的な地位はいまだに低い。というのも、魔法が社会的に認められたのは約20年前であり、それは現代魔法が確立した時期である。それ以前の魔導士は天災を呼ぶと言われ忌み嫌われていた。実際、魔法への理解不足による魔力暴走を原因として地震や暴風、洪水、大火災などが起こっていた事実がある。
皇国では隔離政策がとられ、魔導士たちの出身は北海や南九州、山陰といった皇国の中心地から離れた地域が多い。それに欧州では、魔法使い、魔女狩りが行われていた。
とはいえ現代魔法の近代化にともなって魔導士のための学校や魔法軍設立など皇国は魔導士の社会進出を援助している。魔導士の差別問題はこの国では時間と共に解決されると思うのだが。
「俺は列強各国にリークしても無意味だと思うが?アルバート合衆国ならまだしも欧州各国での魔導士への差別は根強いからな」
「そうだね。でもさ君は知ってるだろう。皇国軍が予定しているロレーシュに対する北方諸島制圧作戦のことを」
まさかあの噂は本当だったのか。軍本部は北方海域の島々の支配権を奪わんとしていると聞くが事実とは思わなかった。軍事力に開きがありすぎる。
「しかし、あれは陸海軍の世迷言だ。戦力に差がありすぎる」
「ふむふむ。戦力か。皇国が唯一かの国に勝るのは魔法戦力。そして魔法で現代兵器に対抗するのは可能だ。しかし、魔導士は生身の人間でしかない。発砲された弾丸に反応して魔法障壁を展開するのは無理だし、航空機にはどう頑張ったって追いつけないから射程に入れるのも難しい。でも、魔導士が機械的なサポートを受けることによって反応速度の壁を越え、航空機並みの機動力を得たとしたらどうなる?」
まさかウイングアームズはそのために開発してるのか。確かに先ほどの試験においても十分航空戦力としての役割を果たせそうではあった。しかし、あれは魔力を湯水のように使う。戦闘魔法を十回も使えば魔力切れをおこしてしまうだろう。ただこいつのことだ。俺らが不可能と思っていることを可能にしちまうんだろうな。
「もしその軍事行動が行われるとしたら、主戦力は俺たちウイングアームズを纏った魔導士になるな。そしてお前の目論見通り、魔導士の発言権が大きくなると」
「ご名答。だからこそ僕はなんとしてもウイングアームズを完成させなければならない。それに若草宮様ら皇室の期待に応えないわけにもいくまい」
皇室の関与が気になるところだが、なんにせよ俺ら軍の魔導士は戦争の道具になろうなんて思っちゃいない。そもそも魔導士が軍に入るのも居場所を得るためだしな。進んで戦争したがる奴はいない。まあでも、陸海軍の輩に思うところはある。
「よし久遠、お前の復讐に協力してやる。ただ......いや、なんでもない」
俺ら現代の魔導士のエゴによって、将来の魔導士たちが苦しむことのないようにしなければ。魔導士が使い捨ての兵器とならないように。俺の望みはそれだけだ。そして、それは自分で動くしかないだろう。
「じゃあ、明日もあるからシャワー浴びて寝るわ。お疲れさん」
「お疲れ様」
次の次くらいで本編始めれるといいな。
今回の小説もマイペースで行くけどエタらないよう頑張るね。
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