98.ミーナの意見
老人たちの錆落としが終わって、バルはミーナとともに自宅へ戻った。
「ミーナから見てあの三人はどうだった?」
彼女はすぐに答えず、まずは確認した。
「あの三名が先代八神輝のトップスリーでしたか?」
「そうだよ。今で言うところの私、ミーナ、クロードだな」
とバルは答える。
破壊神ユルゲン、水神ゼルギウス、暴風帝オルドヴィーンは帝国人にとって頼もしい英雄の名前であり、他国人にとっては何よりも恐ろしい悪魔の名前と言われたことすらあった。
「三名ともクロードよりも弱いと感じました。イングウェイ並みでしょうか。ブランクなのか、お年による衰えなのかまでは分かりませんが」
ミーナはバルの師匠ユルゲンもいるせいか、彼女にしては遠慮がちに評価する。
「恐らくは両方だな」
バルは自分の予想を言った。
「いくらあの人たちでも、いつまでも全盛期のままではいられないさ。長命のエルフから見れば、一瞬のような儚さにすぎないだろう」
ミーナは黙って目を伏せる。
彼でもいつかは老い衰えてしまうのだという現実から逃避するように。
「まあイングウェイ並みの実力があるなら、アカデミーの講師は十分務まるだろう」
バルはそう結論を出す。
老い衰えてまだ八神輝級の実力があるのか、という疑問は両名は持たない。
「ミーナはやろうと思わないのか、講師を?」
彼の問いにミーナはきっぱりと答える。
「私は自分が誰かを教える役に向いているとは思いません。何故できないのか分からないタイプですので」
「なるほど」
バルは納得した。
彼女の自己申告を信じるのであれば、たしかに教えるのに適性はなさそうである。
エリートを育てる目的の機関に、適性がない者が関わるのはまずいだろうと考えた。
「残り二名は行方が分からないとのことなのですが、放置していてもよろしいのですか?」
ミーナは疑問を尋ねる。
元八神輝であれば緊急性が高くない場合、たとえ皇帝の要請であっても拒否する権利を持つ。
ユルゲンたちが応じたのは「よほどの事態が起こるのか」と深読みしたからで、字面通りに受け取った者は応じなくとも不思議ではない。
「現在地を伝える義務、召集に応じる義務、両方ともないんだから仕方ないさ。師匠、ゼルギウス様、オルトヴィーン様が応じてくれただけでもありがたいよ。もしかしたら陛下は、師匠だけは私に説得させるつもりだったかもしれないが」
バルは皇帝の真意を予想してみる。
彼から事情を聞けば少なくともユルゲンだけは来てくれると、皇帝ならば考えていただろう。
「皇帝ならそれくらいは考えそうですね。もしかすると残りの元八神輝の居場所も、本当は知っていたりするのかも」
ミーナが小声で言えば、彼は真面目な顔でうなずく。
「そうだな。それはありえそうだ。そうでなくとも、現在地の推測くらいはできているかもしれないな」
何も言わないのはまだ必要ではないからということか。
バルとミーナは勝手に解釈することにした。
「ところでエルフと使節派遣の話もあまり進んでいないようだが」
とバルはふいに切り出す。
「ああ。エルフはどうしても人間と比べるとのん気なのですよ」
ミーナは呆れまじりに事情を打ち明ける。
「もう少し人間の感覚を考慮しろと伝えておきましょうか」
「そうしてくれると助かる」
バルはそう答えた。
国家同士の問題をまるで勝手に扱うようなやりとりである。
エルフ相手だとミーナを通したほうが話は早く、ミーナに話すならばバルが言うのが一番だというのは暗黙の了解となっているからだ。
(それはどうなんだろうな)
と比較的常識人のバルは思うのだが、皇帝もエルフたちも問題ないという認識だから変わらない。
「私が言ったほうが早いのか。陛下のお許しを得た上で」
「たしかにバル様が直接おっしゃるのが一番でしょうね。あの者たち、バル様からご覧になれば怠け者同然でしょうし」
ミーナは相槌を打ちながら同胞をこき下ろす。
「それは言い過ぎだろう。種族が違えばリズムが違うのは当然で、どうしようもないことだ」
バルが寛大と言うよりは、彼女が同胞に辛らつなのだ。




