97.一対三
隔離結界とは空間魔術の一種だ。
ただの部屋でも戦闘可能なスペースに変えてしまう便利な魔術なのだが、結界の強度は術者の力量で激変する。
彼らが招かれたのは長方形型で全てがダークブラウンの結界だ。
それでもはっきりと見えるのはミーナが太陽代わりに作り出し、空間の中央上空に配置した大きな白い球体のせいである。
「まあミーナ製の結界だから、私がリミッターを四つ以上外さないかぎり壊れる心配はいりませんよ」
とバルはユルゲンたちに保証した。
「お前のリミッター四つ分の強度とは大したものだ」
ユルゲンたちは目を丸くしてうなる。
バルの強さを嫌と言うほど知っているからこその反応だった。
「もしかすると世界で二番目に強いのはヴィルヘミーナなのかもしれんな」
とオルドヴィーンが言う。
「帝国安泰。我ら安心」
ゼルギウスもうれしそうだった。
穏やかなようでいて三名の老人たちは、気の弱い者が失神しそうなほどの強烈なプレッシャーを放っている。
「懐かしいですね」
それを受けるバルはさわやかな声を出す。
破壊神ユルゲン、暴風帝オルドヴィーン、水神ゼルギウスの三名が並びたつ様を見れば大陸各国は震え上がったものだ。
「【暴風鉄槌】」
「【天破豪水】」
オルドヴィーンの「暴風鉄槌」は巨大竜巻を三つ叩き込む荒業で、かつて城塞都市を粉砕した挙句周辺の村まで壊滅させたという逸話がある。
ゼルギウスの「天破豪水」は敵国の砦を標高八百メートルの山ごと水没させたことがあった。
どちらも決して最初の一撃で、溜めなしで放たれるようなものではない。
バルは自分の左からくる暴風鉄槌を光の柱を撃ち出して止め、右から迫る天破豪水の濁流を光熱で蒸発させる。
「私が知っている頃より少し威力は弱めですし、射出速度も0.3秒ほど落ちていますね。やはりブランクのせいでしょうか」
とふたりの初撃を評価した。
城塞ふたつが消えそうな攻撃をいきなり浴びせられたとは思えない態度である。
「やはり錆びついているか」
「そもそも年のせいもある」
オルドヴィーンは残念そうに言い、ゼルギウスは仕方なさそうに肩をすくめた。
「まあ年齢で衰えるのは多少は仕方ないな」
ユルゲンはため息をつき、そんな彼にバルが声をかける。
「師匠もどうぞ」
「ああ」
ユルゲンが返事をした瞬間、バルの足が爆発した。
空間の地面を通して彼の足元へ破壊の闇を伸ばし、タイミングを見計らって攻撃したのである。
バルは光をまとってそれを防ぎ、師匠に抗議をした。
「師匠はどうして私と戦う時は、このような不意打ちまがいのことをするのです?」
ミーナと軽く手合わせをした時は真っ向から戦っていたのだから、彼が言うのも無理はない。
しかし、ユルゲンは少しも悪びれなかった。
「それはお前が儂の弟子だからだ。お前が油断していないか、確かめる必要がある」
「師弟関係は一生変わらないと思いますが、説明になってない気がしますね」
バルがあきれ顔で言った途端、彼の背後が爆発する。
もちろんユルゲンの攻撃だ。
彼は当然という顔で光のバリアーで防ぎ切る。
「バルトロメウスの【光君】、相変わらず速くて柔軟性が高いな」
オルドヴィーンは満足そうに笑う。
「ほとんどインチキ。バルトロメウスの場合は努力の結果だが」
ゼルギウスは淡々と感想を述べる。
彼らはバルが現在の実力を手にするまで、どれだけユルゲンにしごかれたのかを知っていた。
だからこそ素直に賛辞を送れるのだが、詳しくない者は「強すぎて不公平だ」と思うかもしれない。
「まあユルゲンも大概だが……」
オルドヴィーンはそう言いながら、風の刃を五百ほど乱射する。
ゼルギウスは雨を弾丸に変えて撃ち出す。
一軍相手に無双する暴風帝と水神の攻撃も、バルは全て光の弾で相殺してしまった。
引退したとは言え八神輝が三対一で勝てないという、恐ろしい展開が繰り広げられている。
しかし、今この場にいる者で驚く者はひとりもいない。
「バルトロメウスがいるかぎり帝国は安泰だろう。安泰だと思いたいというのが正確だが」
「あいつひとりじゃ帝国全土を守りながら敵を全滅させるのは厳しいだろうがな」
オルドヴィーンの言葉にユルゲンが言い返す。
「そのための八神輝。他の七名」
とゼルギウスが指摘する。
何もバルがひとりでやってしまう必要はないと。
「ヴィルヘミーナはともかく、他の六名がどこまでやれるかだな。まさか儂らより弱いとは言わんだろうな」
ユルゲンはそう言う。
「確かめておくか?」
オルドヴィーンがぽつりとつぶやくと、ゼルギウスがこくりとうなずいた。
「インヴァズィオーンに備えるのは大切」
「陛下の悪い予感はだいたい的中したものだ。それは今も変わらんらしいからな」
ユルゲンは真剣な顔で考え込む。




