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94.元八神輝ゼルギウス

「パーティーを脱退だって? ふざけるなよ」


 帝都の冒険者ギルド本部において、一級冒険者パーティー「天泣」が揉めていた。

 怒ったのはリーダーのヨハネスである。

 なぜならばパーティーの老魔術師クルトがパーティーを抜けたいと言い出したからだ。

 依頼を受ける前に一度言った時もヨハネスが怒り出し、その時は仲間が仲裁に入って依頼を終わってから話しあうことにした。

 そのうち考えが変わるだろうと仲間たちは思ったのだろうが、クルトの考えは変わらなかったのである。


「せめて理由は教えてもらいたいな」


 神官が困ったようにクルトに言った。


「理由は言えない」


「はあっ?」

 

 クルトの問いにヨハネス以外のメンバーもいらだちを見せる。

 パーティーを抜けたいならば抜けてもよいのだが、せめて理由は明かすというのが暗黙の了解だった。

 それができないと言えば腹を立てるのは当然だろう。


「どこのパーティーに引き抜かれるんだ、クソジジイ?」


 クルトは老年だが、魔術師としての実力は間違いなく一流だ。

 どこのパーティーですら欲しがるというのがヨハネスたちの見立てであり、好条件を提示されて裏切ったと考え始めている。


「いや、他のパーティーに行くわけではない」


 クルトはゆっくりと首を横に振った。


「あん? じゃあ隠居するのか? それだったらあんまり無理は言えないが……」


 よそのパーティーに移るわけではないとはっきり言われたせいか、ヨハネスの頭は一気に冷える。

 この三十路のドワーフは怒りっぽいだけで、そこまで悪い奴ではないのだった。


「隠居するわけでもない」


「ええ?」


 クルトの次の発言で再びパーティーメンバーたちは怒りの火を灯す。

 端的でもったいぶっているようで分かりにくい老人の話し方は、これまで個性だと好意的に受け止めてきた。

 しかし、今は逆で怒りを煽るような結果になっている。

 その青色の瞳が落ち着き払っているのも、彼らにとっては気に入らない。

 老人に馬鹿にされているような気分になるからである。


「総長、こっちです!」


 その時若い女性の大きな声が聞こえた。

 彼女は受付嬢のひとりであり、事態の仲裁のために建物の最上階にいたギルド総長を呼びに行っていたのである。

 彼女の後ろからぬっとイェレミニアスが登場すると、「天泣」のメンバーは一斉に黙った。

 「轟雷の暴虎」の異名は冒険者ならば誰でも知っているし、生きた伝説の一角だと思われている。


「いったい何事だ?」


 その伝説のイェレミニアスが落ち着いた力のある声を投げれば、ヨハネスがふてくされた顔で事情を打ち明けた。


「聞いてくれよ、総長。このクルトのじいさんがパーティーを抜けたいって言い出したんだ。けどよ、詳しい事情は言えないってふざけたことを言うんだ。だから事情を聴いていたんだよ。俺らは何も悪くないだろう?」


「そうだな」


 イェレミニアスは彼の言い分を認める。

 しかし、次の一言はホッとした「天泣」のメンバーにとって意外すぎるものだった。


「だが、今回は特例としてクルトの言い分は認めてくれ。手続きはこちらでする」


「はっ?」


 驚いたのは天泣のメンバーばかりではない。

 他の冒険者たちも、ギルド職員たちもだった。

 このような特例を認めてしまえば、悪い前例ができてしまう可能性が高い。

 

「ふざけるな! 何でだ! 何でだよ!」


 ヨハネスが激高し、ギルド職員たちですら「無理もない」という顔になる。

 イェレミニアスは事情を明かさずにこの場を収めるのは不可能と判断し、話すことにした。


「皇帝陛下の召集はかなり前だったはずですぞ。元八神輝、【水神】ゼルギウス様」


「……えっ?」


「……はぁっ?」


 間抜けな声があちらこちらから聞こえる。

 水神ゼルギウスは水の魔術の達人と知られていて、破壊神ユルゲンに次ぐ有名人であった。

 クルトという名前を使って冒険者をやっていたゼルギウスは、悪びれずイェレミニアスに言い返す。


「難しい依頼を請けた。困っている人がたくさんいた。我の力なしでは達成無理だった。だから後回しにした。八神輝はもう辞めた身だ。文句を言われる筋合いはないはずだ」


 分かりにくい言い方は同じだったが、発言者が元八神輝だとなれば違って聞こえる。


「文句を言う気はありませんが、もっと配慮は欲しかったところです」


 イェレミニアスはあきらめ顔でため息をつく。

 そしてヨハネスをじろりと見る。


「理由は分かったか? クルトの正体は元八神輝のゼルギウス様。お前たちのパーティーから脱退する理由は、皇帝陛下の召集に応じるからだ。何か不満は?」


「え、あ、いや……」


 ヨハネスたちは間抜けな顔で口をパクパクと開閉させるばかりだった。


「言ってもよかったのか?」


 疑問を浮かべるゼルギウスに対して、イェレミニアスは苦笑する。


「あなたが上手に立ち回って下されば、言わなくても解決できたはずですがね」


「無理だな」


 かつて水神と呼ばれていた老魔術師は即答した。


「口下手は相変わらずですか」


 イェレミニアスは苦笑し、今この場にいる者たちに言う。


「あえて他言無用とは言わないが、それでも話す相手は選ぶように」


「口止めしなくともいいのか?」


「どうぜそのうち分かりますからね」


 ゼルギウスの問いに彼は肩を竦めて答える。

 


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