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90.八神輝ギーゼルヘール

「聞いたか? 聖国の神殿騎士団が魔物の大群に惨敗したってよ」


 といううわさが帝都の二等エリアの酒場で流れるようになった。

 

「本当かよ。あいつら、偉そうな態度のくせに情けねえ」


 麦酒が入ったグラスをかたむけながら、ひとりの若い男がいい気味だと笑う。

 聖国の者は帝国内において西の王国と並んで嫌われているのだった。

 帝国の民は「聖国が負けてひどい目にあっていい気味」で片づけてしまうが、統治者である皇帝はそうもいかない。


「ギーゼルヘールに出撃を命じる。聖国では魔物の大群が城塞都市トリーアを占拠し、オーガキングも出現しているという。これらを打ち破ってかの地の民草を救い、または我が国の憂いを排除せよ」


「はっ」


 命令をされたのは青い短い髪と燃えるような赤い瞳が印象的な三十五歳の男だ。

 青いワニ革の全身鎧をまとい、背中には大きな黒い弓を背負っている。

 彼こそ帝国が誇る八神輝のひとりギーゼルヘールであった。

 

「城塞都市トーリアから南東に馬を二日も走らせれば、我が国の国境となる。分かるな、ギーゼルヘールよ」


「御意」


 当代皇帝に出撃理由を念押しされ、彼はかしこまって答える。

 オーガキングがいるということは敵の推定戦力は一万を超える計算だ。

 聖国との国境にある砦は人間の軍勢五万に包囲されても簡単には落ちないだろうが、人間の常識が通用しない魔物の大群では心もとない。

 その前に禍根を断っておくというのが皇帝の判断であり、いきなり八神輝を投入するのが彼が「臆病者」呼ばわりされている理由だ。

 ギーゼルヘールは一礼をすると転移魔術で国境砦付近へと移動する。

 八神輝は帝国の領土であれば皇族の私室と浴場以外を除いて、どこにでも転移魔法を使って移動してもよいという特権を持っているのだが、さすがに外国ではそうもいかない。

 国境を超えてからは自力で進まなければならなかった。

 

(聖国の機能がどれだけ残っているかだが)

  

 と彼は思う。

 城塞都市トーリアは聖国において対帝国用と言っても過言ではない、重要度の高い都市のひとつだ。

 そこが陥落したくらいなのだから、周辺の村や町は全て魔物に占拠されている可能性が極めて高い。

 そうだろうと予想しているが、もしも違っていれば面倒なことになる。

 聖国では一度神殿に行って手続きを済ませなければ、入国できないからだ。

 国家の一大事にそのようなことにこだわっている場合か、という理屈は少なくとも聖国には通じない。

 イラッとするくらい融通が利かない国だった。

 彼はまずは周囲の状況を把握するために走り出す。

 誰か目撃者がいれば驚愕しただろう。

 ギーゼルヘールは大きな弓を担いだまま、馬よりもはるかに速く走っているのだから。

 そして軽く息が乱れ始めたころ、ある程度のことは把握できたため、黒い円盤状の魔術具を腰に吊るした白い袋から取り出す。

 思念通話を行うための道具である。

 相手は皇帝その人だった。


「ギーゼルヘールか?」


「はい。報告いたします。国境を越えてから城塞都市トーリアのあたりまで、神殿も村も町も壊滅状態で生存者はいません。他の土地に避難できた者がいるかどうかまでは、まだ分かりません」


「そうか……」

 

 ギーゼルヘールの報告に皇帝はため息をつく。

 調査にかかった時間が短すぎることに疑問を抱いたりはしない。

 そのためにギーゼルヘールを選んだからだ。

 

「ではギーゼルヘールよ。魔物どもを殲滅せよ。後のことはこちらに任せて気にするな」


「はっ」

 

 皇帝に改めて命令されたギーゼルヘールは、魔術具を袋にしまうと城塞都市トーリアを目指す。 

 城塞都市ではおおかたの予想通り、魔物たちの巣となり果てていた。

 灰色の石で造られた頑丈な城壁のあちらこちらには亀裂が走り、硬い樫の木で作られた門は破壊されている。

 そして外には城塞都市の守備兵らしき死骸が野ざらしにされていた。

 魔物には遺体を埋めて弔う習慣などないからだろう。

 中から盛大な笑い声が聞こえるのは、酒盛りでもやっているのだろうか。


(ゴブリン、オーク、オーガは基本的に人間とそこまで変わらないのだったな)


 ギーゼルヘールは嫌悪に顔を歪めながら考える。

 聖国の人間はいけ好かない奴らではあるが、このような仕打ちをされても当然とは思えない。

 城塞都市の中にいる魔物の数を探ってみると、三万を超えていた。


「三万を超す魔物の軍勢に攻められてはひとたまりもなかっただろうな」


 精強な帝国軍ですら簡単に撃退できる相手ではないだろう。

 統率された魔物の群れと人間の軍隊は、同数では人間のほうが不利だというのが通説だった。

 

「せめて仇はとってやるぞ」


 ギーゼルヘールは弓を取り出すと、魔力を矢に変換してかまえる。

 そして城塞都市の中に打ち込む。

 攻撃するためではなく、敵に自分の存在を教えるためだ。

 数秒後、ゴブリン、オーク、オーガの群れがぞろぞろと外に出てきた。

 数は約二千くらいである。


「こちらの気配を探ってひとりしかいないのだから、二千もぶつけてなぶり殺しにしてやろうということか? 所詮は魔物の浅知恵か」


 ギーゼルヘールは冷笑した。

 彼は今気配を巧みに隠しているため、相当な実力者でなければ彼は弱者にしか感じられないだろう。

 つまり城塞都市の中に彼の真の力を見抜ける存在はいないと分かってしまったのだ。

 

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