88.ツッコミどころ満載
「しかし、ヨーゼフィーネ様はどこから私とミーナのことを聞いたのだろうか?」
バルが疑問を口にすると、ベアーテが答えた。
「アカデミー創設の件でバルとヴィルヘミーナが登城するって、皇族は聞かされていたわよ。リュディガー兄様はどうか知らないけれど」
「なるほど。ならば簡単ですね」
彼やミーナは嫌でも目立つ立場だし、皇女ともなれば侍女や侍従から彼らの情報を集めることは難しくない。
リュディガーについては考えないことにした。
「話を戻しましょう。ヴィルヘミーナ、エルフの話をもっと知りたいわ」
ベアーテも何事もなかったような顔でミーナに話しかける。
「何にしようか」
彼女は拒否しなかったものの、話題に困ったらしく腕組みをした。
ベアーテも何を聞こうか迷って考え込む。
そこでバルが気になっていたことを質問する。
「私が連れて行ってもらったシュタルク・オルドヌングは意外と手狭だったが、エルフの国とはああいうものなのか?」
「あそこは人間風に言えば国の首都になります。都市の名前もシュタルク・オルドヌングというのですよ」
ミーナはていねいに回答した。
あの時いちいち教えてもらえなかったのは、彼が理解しているのか判断しかねたからだろう。
「シュタルク・オルドヌングは四十の都市で構成されていて、それぞれがある程度の自治権を有しています。人間の国で言えばクライン連邦に近いでしょうか」
「なるほど、あそこみたいなものなのか」
彼女の説明はバルにもベアーテにも分かりやすかったが、皇女が興味を持ったのは別の点である。
「えっ? バル、エルフの国に行ったことがあるの?」
彼女はルビーのような瞳を好奇心で輝かせる。
「羨ましいわ。私も行ってみたい」
「殿下は無理でしょうね」
バルは困った顔で指摘した。
「私がいけたのは殿下よりもしがらみがないからです」
八神輝と帝国の皇女では、後者のほうがずっと制約が多い。
「そっかー……」
皇女は予想していたのかがっかりして肩を落としただけで、駄々をこねたりしなかった。
聞き分けのいい彼女を見て、バルは迷った末にあることを告げる。
「実は可能性が完全にゼロというわけではありません」
「えっ? そうなの?」
ベアーテは意外だったのか可愛らしく首をかしげた。
ゼンダは余計なことを、と思ったものの彼に言えるはずもなく沈黙を守る。
「ええ。エルフの国との関係強化はしばしば話題になっております。殿下が友好使節に立候補なさればよいのですよ」
「あ、そうか! 皇族が使者ならば、誠意や本気度を相手に伝えるのに有効だものね!」
彼の言いたいことを理解した彼女は、目を輝かせた。
「他に立候補者が出なければの話ですが」
バルが釘をさすと、彼女はにこりと笑う。
「大丈夫よ。他の人たちは誰もエルフの国に行きたいとは言わないでしょうから、お父様も私をお選びになると思うの」
たしかに皇族たちにエルフとの友好使節が務まりそうな者は、ベアーテが一番だろう。
アドリアンもいるが、さすがに皇太子を使節として外国に出すことは考えられない選択肢だ。
「その可能性は高いですね」
どうせすぐに決定できる事項ではないのだからと、バルは彼女の気持ちに水を差すような発言はひかえて相槌を打つ。
侍女たちは彼らの会話に入りたくとも入れない。
バルは大らかだし、ベアーテはいい加減だが、彼女たち自身の意識が枷になっている。
「皇女が使節となると、護衛の顔ぶれも変わりそうですね」
ミーナが話のつなぎとして発言すると、バルが拾った。
「そうだな。通常なら騎士団のどれかだろうが、殿下が使節になるなら女性の近衛騎士と八神輝のどちらかになりそうだな」
彼の言葉を聞いたミーナは明らかに嫌そうに顔をしかめる。
ベアーテは気分を害するどころか、クスクス笑い出した。
「目の前に私がいるのに遠慮がないわね、ミーナ。でもそこが素敵よ」
「どうも」
ミーナは褒められたため、一応返事をする。
愛想のかけらもないのは今さらだろう。
侍女たちはものすごく複雑そうな表情で、じっと耐えていた。
常識人たちからすれば一連の会話にはツッコミどころが満載なのだから無理もない。




