87.お茶会への闖入者
離宮の入り口のほうで人の声が聞こえ、困った顔をした若い侍女がやってくる。
「殿下、ヨーゼフィーネ様がお会いしたとおっしゃっております。今はやんごとなき方とお茶会の最中だとお断りしたのですけど、どうしても今がいいと」
「ヨーゼフィーネ姉様が? 珍しいわね」
ベアーテはルビーの瞳を丸くした。
ヨーゼフィーネとは第二妃が産んだ皇女で、彼女にとっては異母姉に当たる。
仲は険悪ではないが良好でもなく、顔を合わせる機会があれば礼節を守ったあいさつをする程度だ。
お茶会に招いたことはないし、招かれたこともなく、このように押しかけられた記憶もない。
「何もない関係」と表現がぴったりな間柄である。
「まあいいわ。お通しして」
「よ、よろしいのでしょうか?」
侍女たちは困惑した。
いくら皇女と言えど、他の皇女のお茶会に強引にやってくるのは非常識である。
突っぱねても咎められるいわれはないのだから、突っぱねたほうが良いと思うのだ。
それはあくまでも侍女たちの価値観であり、ベアーテは違う。
「だって面白そうだもの」
「は、はあ……」
フリーダムな皇女様はどこまでもとんでもない発想をするのだと、若い侍女たちは改めて思い知る。
ゼンダはあきらめたように嘆息し、シドーニエは面白がるように微笑み、バルは「ベアーテ皇女らしい」とあきれ、ミーナはクールな表情を崩さなかった。
ベアーテがよいと言うのであれば、侍女は入れるしかない。
仕方ないという表情で彼女は入り口へ戻り、ヨーゼフィーネを連れて戻ってくる。
ヨーゼフィーネは今年十九になり、身長は百七十センチと女性にしては高めだ。
ゆるくウェーブがかかった金髪は肩まで伸びていて、切れ長の緑色の瞳は鋭く意思が強そうな印象を与える。
先日皇太子となったアドリアンの実妹で、バルとは面識があった。
「ぶしつけな真似をしてごめんなさいね、ベアーテ。快く対応してくださって、感謝するわ」
彼女は妹に対して異例を拝礼をおこない、謝罪と感謝の気持ちを表す。
「真面目なヨーゼフィーネ姉様がいったいどうなさったのかと思いましたよ」
ベアーテはにこりと笑って彼女の拝礼を受けとめる。
「アドリアン兄上のことで、どうしてもバルトロメウスとヴィルヘミーナにお礼が言いたくて」
ヨーゼフィーネはバツが悪そうに視線を下に落とした。
皇女と言う割に物腰が低めで当たりが柔らかいのは、第二妃の影響があるからだろう。
アドリアンの実妹だということがミーナにも納得できた。
「バルはめったに皇族の前に出てこないですし、ミーナは皇族の命令だって平気で無視しますものね。姉様の気持ち、分かりますわ」
バルとミーナが一緒に帝城にいる時こそが最大のチャンスと考えただと、ベアーテには理解できる。
もちろん本人たちにもだ。
ただ礼を言うのであれば手紙一枚ですませてよい身分なのに、直接出向いたのがヨーゼフィーネの人柄だろう。
「ええ、そうなのよ。ふたりにはヨーゼフィーネ・レーゲン・シュレースヴィッヒがこの場を借りて礼を申し上げます」
彼女はふたりに対してフルネームを名乗り、拝礼をおこなう。
「謹んで受け取りましょう」
バルとミーナは拝礼をもって応える。
「ありがとう。肩の荷がおりましたわ」
ヨーゼフィーネはうれしそうに微笑む。
「お茶会の最中ごめんなさいね。失礼するわ」
彼女はそう言って出ていく。
「礼儀正しくて誠実なのか、高慢で強引なのか判断しにくいですね」
ミーナがヨーゼフィーネに対する感想を述べる。
「全てなのがヨーゼフィーネ殿下さ」
バルは肩をすくめて答えた。
身分の低い者に礼を言う時も直接会おうとする立派な点も、相手の都合を考慮せず強引に押し切ってしまえば台なしになるという発想がない。
それがヨーゼフィーネなのだが、彼女ひとりにかぎった話でもなかった。
「たいていの人は皇族に直接礼を言われる名誉と喜びで舞い上がっちゃって、押しかけられたことなんてどうでもよくなるんだけど、やっぱりバルやヴィルヘミーナには通じないわよね」
ベアーテはニコニコしながら言う。
「そこを面白がらないでほしい」とゼンダの顔に書いてあるが、彼女は無視する。
そもそも皇族とは相手の都合を考慮しなくても許される身分だ。
通じないのは格上に当たる皇帝とその妃、年長の兄弟姉妹くらいだろう。
兄弟姉妹の中で最年少であるベアーテ、あくまでも皇帝の臣下という位置づけの八神輝ならば問題はない。
というのが一般的な見解である。
皇帝がこの件について胃痛を抱えているのはほとんどの者は気づいていなかった。




