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85.皇女の褒め言葉

 ベアーテ皇女とお茶する場所は彼女が暮らしている離宮でと決まった。


「別に空いているそこらの部屋でもいいじゃない?」


 と彼女は主張したのだが、女官たちが全力で止めたのである。

 女官長までもが出てきた結果、ベアーテは負けて離宮でやることを受け入れた。

 皇女と八神輝三名という豪華すぎる顔ぶれが、いくら帝城とは言え単なる空き部屋でお茶会など認められるはずがない。

 どこまでも常識が通用しない皇女様に、女官たちは頭が痛そうだった。

 帝城での勤務を認められているあたり皇族への忠誠心が特に厚い者たちばかりであり、皇族の醜聞と喜ぶ者はいないのである。

 皇帝や人事の見る目はたしかだと感心するところだったが、そんな余裕があったのはバルとミーナとシドーニエの三人くらいだろう。

 離宮に戻ってきてみると、何と侍女たちがお茶会の準備をはじめていた。


「あら、気が利くじゃない? 準備をしてくれているだなんて」


 ベアーテの機嫌はたちまちよくなり、笑顔で侍女に話しかける。


「殿下のことですから、帝城のどこかで勝手にお茶会を開こうとして、女官長か侍従長に反対されて引き返していらっしゃるだろうなと予想しておりました」

 

 中年の侍女は慣れたような顔つきで、まるで一連の展開を見ていたようなことを言う。


「くっ……悔しい……何も言い返せない……」


 皇女は本当に悔しそうに唇をかむ。


「さすが歴戦の猛者。アドリアン殿下が誕生なさった時からの歴史を誇るゼンダ殿」


 バルが拍手しながら称えると、ゼンダはにこりと笑った。


「今のは褒め言葉と受け取っておきますね、バルトロメウス様」


 なかなかの貫録を見せるが、彼はそれくらいでたじろいだりはせず黙ってうなずく。

 

「お茶会は予想しておりましたが、人数までは読めませんでしたので、もうしばらくお待ちくださいませ」


 ゼンダはそう言ってうやうやしくお辞儀をして引き下がる。

 代わりに若い侍女たちがやってきて、彼らを庭にある白い丸テーブルへと案内してくれた。

 少し待っただけでバラ水が人数分運ばれてくる。


「さすがに皇女殿下直属の侍女たちは、しっかり教育されていますのね」


 シドーニエは笑顔で褒めた。

 羨むような響きが全くないのがこの女性らしいところである。


「そういうものなのね」


 ベアーテはそれが普通だと思っていたという顔で答えた。

 こういう時、愛想笑いを作って礼を述べるのが貴婦人のマナーと言うべきなのだが、彼女には当たり前のように通用しない。

 シドーニエ自体がそのようなマナーを堅苦しく感じる性格であるから、眉をひそめるどころか皇女へ好感を持っている。

 

「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 彼らは五分も待たず緑色の屋根のテラスへ案内された。

 白い大きなポットと人数分のスコーンに白いティーカップが並んでいる。


「さずがゼンダ、ある程度読んでいたようだな」

 

 とバルが感心した。

 皇族のお茶会に出されるものを一から準備するには五分どころか十分でも足りないだろう。

 待ち時間の短さを考えれば、ゼンダは謙遜してみせただけだと考えるのが自然である。


「まあベアーテ殿下が気軽に誘えて、それでいて殿下のお誘いに気軽に応じる者と言えば、私たちくらいしかいないでしょうからね。もっともミーナが来るとは意外でしたが、バルトロメウスが来るならば来ると判断したのでしょう」


 シドーニエはゼンダが予想できた理由を言ってみた。

 全くもってその通りだったため、歴戦の猛者と言われた侍女は黙ってうなずいたのみである。

 

「何か悔しい……」


 ベアーテはまたしてもうなった。

 自分の行動を先読みできる臣下を持つというのは、帝国の支配階級にとっては大いなる誉れとなる。

 この点においても彼女は非常識な少女だった。


「とりあえずゼンダには褒め言葉をあげたらどうです?」


 バルもさすがにちょっとたしなめてしまう。


「え、そう?」


 普段こういうことは一切言わない彼が言ったため、ベアーテは考慮することにした。


「ゼンダ、見事ね。これからも励みなさい」


 すました顔でゼンダを褒める。

 

「殿下よりお褒めの言葉を賜るとは、末代までの栄誉にさせていただきたく存じます」


 場当たり的なものであっても、皇族から褒められたという事実は絶大な効果を持つ。

 ゼンダは「拝礼」ではなく、その場にひざまずいて両手をつく「敬礼」をもって彼女に応える。

 図らずもバルはベアーテのように、常識を無視して生きているような皇族に対しても強い影響力があると証明してしまったのだが、この場にいる者たちにとっては今さらであり、事件ではなかった。 


「ところでヴィルへミーナはいつ殿下と知り合ったのかしら?」


 シドーニエは疑問を口にする。

 初対面のあいさつをベアーテのほうもしなかったことで、ふたりが知り合いだと彼女は気づいたのだ。

 

「この間、バルと一緒にご飯を食べに来たのよね」


 楽しかったとベアーテは思い出を振り返ったが、シドーニエは呆れた視線をバルにぶつける。


「皇女殿下を食事処代わりにしているらしいとうわさは本当だったのね。あなたってベアーテ殿下に匹敵する非常識よ、バルトロメウス」


「正直自覚はある」


 彼は素直に認めた。


「皇族と交流を持つのも八神輝の役目だし、八神輝と親しくしておくのも皇族の仕事だろう」


 と彼を擁護したのはミーナである。


「物事には限度というものがありましてよ、ヴィルへミーナ」


 シドーニエはため息をついて諭すが、もちろん彼女に効果はない。

 このメンバーだとシドーニエが相当常識人になってしまう。

 本人はすぐに気づいてそっとため息をついた。


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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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