83.八神輝の領域
「文官たちにも分かりやすいよう、ど派手にいこうじゃねえか」
マヌエルが大きくよく通る声で言うと、クロードとイングウェイは黙ってうなずく。
最初に仕かけたのはイングウェイである。
たっぷり百メートルはあったクロードとの距離を一瞬で詰めて、双剣で切りかかった。
クロードは双剣が交差するポイントに自身の長剣で受けとめる。
「え、え? しゅ、瞬間移動?」
「縮地って呼ばれる技術。かみ砕いて言えば、単純に速いのさ」
エルハイトがボニファーツに説明してやったが、すでに冷や汗をかいていた。
騎士団に入って毎日鍛錬に励んでいる彼ですら、ほとんど見えなかったのである。
かろうじて分かったのはクロードが双剣を止めたこと、そうしないと彼にも何が起こっているのか理解できなかっただろうということだ。
(速いって言葉が陳腐に思える……これが神速ってやつなのか?)
エルハイトが見守る先で、マヌエルがショーテルをぬいてイングウェイに横薙ぎで斬りつける。
彼もまたイングウェイ並みの速さだったのが、イングウェイは半瞬でマヌエルの背後に回り、反撃した。
その一撃をマヌエルは何と前を向いたまま止めてしまう。
エルハイトたちの位置からでは、何をどうすればそのような神業ができるのか理解できなかった。
「速くもついていけていない者ばかりだ。もう少し工夫しろ」
ユルゲンが三人に忠告する。
「難しいな」
イングウェイは一瞬で開始の位置に戻りながらぼやく。
「疾風迅雷のイングウェイ……」
彼を見て誰かがぽつりとつぶやく。
「メンバーの選択に問題があったかもしれん。三人とも得意なのは接近戦だからな」
クロードは苦笑混じりに言う。
魔術戦が得意なシドーニエやミーナがいれば全然違った展開を見せることができたはずだ。
言っても詮無いことだが。
「仕方がない。少し手伝おう」
そう言ったのはユルゲンの側で待機していたバルだった。
これにはクロードたち三人が真顔になり、ユルゲンが確かめるように言う。
「いいのか、バルトロメウス。お前は見せ物になるのは嫌いだろう」
「バルトロメウス!?」
ユルゲンが口にした名前の効果は絶大で、一期生たちからは最大級のざわめきが起こる。
八神輝最強と言われる男にしては今まで存在感が皆無だったのだから当然だ。
「本当に強いのか?」
挑発的な発言をしたのは、かつてクロードに苦言を言ったひとりである。
彼はイングウェイたちの戦いを垣間見て言葉を失っていたくせに、バルがいると分かるとふてぶてしい考えがよみがえったようだ。
クロードは「つける薬がない奴だったか」と呆れたものの、声に出したのはバルに対してだ。
「本当にやってくれるのか?」
「ああ。私が今から攻撃する。お前たちは防げ」
バルの答えにマヌエルが好戦的な笑みを浮かべる。
「いいじゃねえか。よし、せいぜいど派手なのを頼むぜ。何をやっているのか分からないだろうが、俺らの力は理解するしかねえってやつをよ」
「そのつもりだ」
バルは淡々として言うと、自分の周囲に半径三センチほどの光の玉を百ほど出現させた。
「……はぁ?」
見守る誰かが異常な事態に間が抜けた声を出す。
光の玉はクロード、イングウェイ、マヌエルに超スピードで襲いかかったが、三人とも片手で四散させる。
「まずは彼らのウォーミングアップか?」
イングウェイは一期生たちを見ながらバルに話しかけた。
「そんなところだ。お前たちならこの程度、ウォーミングアップにすらならないことくらい弁えている」
バルはそう言って小さめの玉を五百ほど出す。
「え、何で?」
「タイムラグがないのはおかしくないか?」
魔術の心得がある者たちは目を剥き、パニックになり始める。
バルの光の玉を出す速さは彼らの常識を遥かに超えていた。
これでまだウォーミングアップですらないと言っているとは、八神輝はいったいどんな世界に住んでいるというのか。
壁際に控える近衛騎士たちのほうは少しも驚いていない。
彼らは八神輝の力をある程度把握しているからだ。
だからバルたち全員がまだウォーニングアップ段階だという言葉がうそでないと分かっている、




