82.顔合わせ
「アカデミーの第一期組たちだな。儂の名はユルゲンという。まだ覚えている者もいるだろう」
ユルゲンが名乗ると、生徒たちからはざわめきが起こる。
「ゆ、ユルゲン? あのユルゲン様か?」
破壊神ユルゲンの名前はさすがに平民たちでも知っていた。
「貴様らが所属するアカデミーの学長を拝命した。厳しくいくぞ」
「ゆ、ユルゲン様が学長だと……」
「ほ、本気だ。陛下はこの事業に本気だぞ……」
ユルゲンのあいさつを聞かされた者たちは、皇帝の本気度を感じとる。
それだけユルゲンの雷名は効果があった。
(さすが師匠だな)
と事態を見守るバルは感心する。
八神輝の中でもここまでの効果を一瞬で出せる者は、ザラにはいないだろう。
ただその地位にあるだけではなく、畏敬の念を抱かれるほどの実績が必要だからだ。
「では順次中に入れ。場所に案内する」
ユルゲンはそう言い、一部の者が違和感を抱く。
彼以外の面子は何者なのか明かさずに移動するのは奇妙な話である。
学長があいさつをすれば次に講師が名乗っていくというのが、彼らが知る帝国の流儀だった。
ただ、場所が城門前という状況が変則的になる理由かもしれないというのは、納得できる理由である。
それにユルゲンがさっさと歩きだしてしまった以上、生徒たちはついていくしかない。
俊英アカデミーの第一期組たちはユルゲンたちの後を緊張した面持ちで歩く。
皇族の住居もある帝城に足を踏み入れたことがある者はひとりもいない。
興味がないと言えばうそになるが、どこで誰の目があるのか分からないのに無様なふるまいはできないという気持ちが彼らの中で大きかった。
選抜試験を突破しただけのことはあり、自制心を持っている者たちばかりである。
彼らが案内されたのは帝城の中にある謁見の間であった。
まさかという思いが確信に変わったのは、青い絨毯が敷かれ、階段の上の玉座に座る壮年の男性の姿が目に入ってからである。
階段の下には鎧姿のヴァインベルガ―将軍が右に、左にアーロイス宰相とアドリアン皇太子がひかえていた。
ユルゲンたちがひざまずき、生徒たちがあわててひざまずくと皇帝は口を開く。
「大義である。そなたらは今後、この国の将来を背負っていく稀有な人材だと聞いておる。励むがよい」
顔をあげることを許さず、声だけ利かせる形だった。
それでもボニファーツらアカデミーの新入生たちは、感動のあまり目を潤ませている。
帝国人の多くは皇帝の声を聞くのはもちろん、顔を見ることすら一生ありえないからだ。
(陛下の玉言を拝聴できるとは)
ボニファーツは実家に手紙に送る時、このことを自慢しようと心に決める。
エルハイトは騎士団の同僚たちに自慢したいが、妬まれるかもしれないとためらう。
他の面子も似たような心境だった。
「この後、未来あるそなたらに特別に、ある栄誉を許そう。それは八神輝の戦いざまを見ることだ」
この発言は一期生たちを大いに驚かせる。
彼らにとって想像もしていなかったことだ。
「騎士団の練兵場へ行くがいい。退出を許す」
皇帝の許しを得て彼らは退出する。
そこで再びユルゲンが先頭に立ち、中庭を通って南にある練兵場へ移動した。
ここでは近衛騎士団が毎日鍛錬をしている場所であり、現在も二百人ほどがやっている。
事前に話が通っていたため、ユルゲンたちの姿を見た近衛騎士たちは訓練の手を止めて灰色の壁際へ移動してくれた。
訓練場は約300平方メートルほどあるが、人数が多いせいかあまり広く感じられない。
中央にユルゲンたちは進み、一期生たちを振り返って告げる。
「ではクロード、マヌエル、イングウェイの三名の戦いぶりを見るがいい」
この言葉を受けてクロード、マヌエル、イングウェイの三名が離れていく。
クロードユルゲンの左、マヌエルは後ろ、イングウェイは右である。
「剣聖クロード、紅雨のマヌエル……」
誰かが畏怖まじりの声を漏らす。
クロードとマヌエルの異名はそれなりに有名らしいとバルは思う。
「今さらながら、騎士とか戦闘の心得のある者じゃないと八神輝の強さは分からないかもな」
彼が小声で言うとミーナは小声で応じる。
「そのために騎士たちも入れているのでは?」
彼らに解説してもらえばよいというのが彼女の考えだった。




