79.とある理由
転移魔術でバルの自宅に戻ってすぐミーナは口を開いた。
「アルトマイアー家に対しては特にお優しかった気がしますね。素顔をさらしていらっしゃいますし。やはり特別なのでしょうか?」
「孤児だった私を拾って育ててくれたのが師匠で、オットーは私にとって初めての友人だ。そういう意味では特別だと言えるな。私の素顔を知っている人は何人もいた」
彼は素直に認める。
「アルトマイアー家の前当主にもよくしてもらった記憶もあるからね」
「そうでしたか」
ミーナはそれ以上何も言わない。
アルトマイアー家がバルにとって特別なのだと分かればそれでよかった。
「それで? 本当のところ、お前の見立てはどうだ? 今の師匠は」
バルは話を不意に切り替える。
ミーナがあの場で全てを正直に話すような性格ではないと彼が一番よく知っていた。
「現役八神輝を名乗れるだけの力はお持ちでしょうけど、シドーニエにも勝てそうにないくらいでしょうか」
「当然だな。だから引退なさったのだ」
バルは驚きもせず彼女の本当の評価を受け入れる。
ミーナはうなずいてから首をかしげた。
「バル様と初めてお会いした時、後任の八神輝をお探しでしたよね。どうして先代たちは引退したのでしょう? 何かきっかけや理由があったのだと思うですが」
「その話か」
彼はとうとう話す日が来たかと思う。
これまでも聞く機会はあったはずなのに、ミーナは尋ねてこなかったのだ。
彼女ならば打ち明けたところで問題ないだろうが、自分で言う気にはなれない。
「クロードに聞くといい。私が聞けと言っていたと知れば、教えてくれるだろう」
「……分かりました」
ミーナは不思議に思ったものの、逆らわなかった。
「それでは今日は失礼します。……夕食は持って参りましょうか?」
「いや、今日はいいよ。また頼む」
「はい」
彼女が転移魔術を使って姿を消すと、バルはほうっと息を吐き出す。
ミーナは帝都にあるクロードの自宅を訪ねる。
バルのところへ行く場合とは違い、転移魔術ではなく足を使って玄関の前に立ち、ドアを叩く。
ドアを開けた女性使用人は彼女の美貌を見て凍りつき、数秒後我に返って問いかける。
「ヴィ、ヴィ、ヴィルヘミーナ様? どのようなご用件でしょう?」
「クロードと話がしたい」
すぐに呼べと目で圧力をかけられていると感じた使用人は、大急ぎで主人を呼びに行く。
クロードは一分も経たずにやってきた。
くつろいでいたはずなのに身ぎれいな水色のシャツと紺のパンツという隙らしい隙のない服装なのも彼らしい。
「珍客だな。何の用だ?」
「バル様にお前に聞けと言われたことがある」
クロードに対してミーナは単刀直入に言う。
「分かった。入れ」
彼女が通されたのは小さくともセンスのいい内装と調度品で上等な空間になっている応接室だ。
メイドたちがお茶を持ってきて下がると、防音対策をふたりしてやってクロードが口を開く。
「何を知りたい?」
「八神輝がバル様とお前以外、一斉に引退した理由だ。何があった?」
「……あれか」
ミーナの問いにクロードは表情をゆがめる。
「自分で言ってもいいだろうに、言わないあたりがバルトロメウスらしいな」
そしてただそれだけのためにわざわざやって来るのは実にミーナらしい。
クロードはそう思い、教えることにした。
「簡単で馬鹿みたいな理由だ。バルトロメウスがあの六名を引退へ追いやったのだ」
バルの告白を聞いてミーナは珍しくきょとんとする。
彼がうそをついているとは思わなかったが、訳もなくバルがそのようなことをする男だとも思わなかった。
「お前がバルトロメウスと出会い、リミッターを作るようになるまでは、バルトロメウスはリミッター探しに苦労していた。聞いたことはなくとも、恐らくお前ならば予想できているだろう」
クロードの言葉に彼女はこくりとうなずく。
自分の力を抑えられるリミッターの作り手にようやくめぐり合えたと、彼はとてもうれしそうにしていたのは、今でも鮮明に思い出せる。
「ある時、バルトロメウスは新作リミッターの実験をすることになった。その時立ち会ったのが、私を含めた当時の八神輝七名だ」
バルトロメウス相手に七名がかりと言われても、ミーナにとっては意外ではない。
「……それで引退を決めた理由になったということは……?」
そして彼女は何かに気づいたように目を見開く。
「ああ。実験は失敗。リミッターは壊れ、私と先代たちはボロボロだった」
七対一でバルに事実上完敗という結果を突きつけられ、先代たちは自分たちの衰えを実感した。
「その結果、私以外の六名は引退を決めて後継者探しが始まったというわけだ」
「八神輝が六名も一気に交代するのは珍しいと風の便りで聞いて、疑問に思っていたのだが、そういう事情なら納得した」
ミーナはあっさりと受け入れる。
八神輝が七名がかりでたったひとりに敗れたなど、ほとんどの者は作り話だと思い笑い出すところだ。
「やはり驚かないか」
「ええ。バル様を除く六名を同時に相手取る自信、私にもある」
クロードに対してミーナは喧嘩を売るような発言をする。
これは挑発ではなく本気で言っていることだし、彼も可能性は否定できない。
「お前が加入して八神輝は飛躍的に戦力アップした。帝国にとってうれしい誤算だ……と考えていいのだな?」
クロードは言葉で確認しても無駄だと分かりつつも、聞かずにはいられない心境だった。
「帝国がバル様を捨てたり、バル様が帝国に反旗をひるがえす決意をしたりしないかぎり、私は帝国の味方でいよう。信じるかどうかは勝手にしろ」
ミーナは淡々として答える。
信じてもらわなくても平気だと突き放すような態度だが、クロードは笑った。
「どっちもありえないな」
彼が信じているのは祖国とバルである。




