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「いやあ、見ごたえのある勝負だったな!」
「八神輝同士だとやっぱり迫力が違いますね」
我に返ったアルトマイアー家の男たちは、頬を紅潮させて早口にまくし立てる。
彼らの目は子どものようにきらきらと輝いていた。
彼らをよそに着地したユルゲンはバルにたずねる。
「どうだな、バルトロメウスよ。儂の腕は」
余裕たっぷりの師匠の姿を見て彼は、お手上げと言わんばかりに両手を挙げる。
「全然疲れていないようですし、あまり落ちてないようですね。そのお年でまだまだ強さを維持しているとはさすがです。脱帽しますよ」
「ふん」
ユルゲンは鼻を鳴らしたがまんざらでもなさそうだった。
少しも疲れていないのはミーナも同様なのだが、彼女の場合は何も驚くに値しない。
「どうだ、師匠の力は?」
「うわさほどではないと感じました」
バルに聞かれたミーナは空気の読まない返事をし、ユルゲンの肩がぴくりと震える。
「それはここで本気を出すわけにはいかないからな。師匠が本気になったらヴェストハーレン州が崩壊してしまう」
「そうでしょうね」
バルの言葉を彼女は否定しなかった。
彼女は愚直な受け答えをしただけと言える。
しかし、彼は彼女が師匠に対して礼儀を守っても敬意を払うつもりはないという意思表示をしたのだと理解した。
「変なところで頑固だな、お前」
「性分ですので」
バルには伝わったのがうれしかったのか、彼女は口元をゆるめる。
「なるほど。これがヴィルヘミーナか。陛下が扱いにくそうにしているのがよく分かった」
ユルゲンは呆れた顔で言った。
「こやつの手綱を握れるのはお前ひとりというわけだ、バルトロメウスよ」
「本当に私は御せているのか、疑問に思う時があるのですよ、師匠」
バルは彼が相手だからこそ情けない言い方をする。
「御しておるさ。でなければこの女は帝国に住んでいることすらおかしい」
ユルゲンは今までの経緯である程度ミーナの性格を把握できたらしく、力強く言い切った。
ミーナは否定せず静かに彼を見据える。
「ふん、まあよい。この女が帝国に害をなさないのであればそれでよい」
「私が生きているかぎり、決してそんなことはさせませんよ」
師匠にバルが約束した。
「ああ。ところでオルトヴィーンとゼルギウス以外の奴らはどうした? フーゴとユスティンはまだ存命のはずだろう?」
ユルゲンの問いに彼は記憶を振り返りながら答える。
「消息不明だそうですよ。国内にいるのかすら分からないとか」
八神輝は引退すれば居場所を国に知らせる義務がない。
それでもきちんと報告していたのがオルトヴィーンで、ゼルギウスとユルゲンは情報を得やすいところで暮らしていただけだ。
そして三名は死亡が確認されている。
「まあフーゴやユスティンがいても大して役には立たんだろうし、気にする必要はないだろう」
先代はユルゲンが最強であり、フーゴとユスティンは八番手争いをしていた。
彼が気にしていないのは仕方ないことかもしれないが、バルたちはそうもいかない。
「とにかく人が足りないから、ひとりでも戦力は欲しいのですが」
「だったら今やるなという話だな」
ユルゲンは冷淡に答える。
「リソース不足が目に見えているのに始めたところで、上手くいくはずがない。時機を待つのも立派な戦略だ」
「それは陛下にお願いしますよ」
バルは肩をすくめた。
「そうだな。忠告はしておいたほうがいいかもしれん」
ユルゲンは腕を組み真剣に考え始める。
彼が帝都で必要とされた祝いの場だったはずなのに、思いがけない方向へ話が転がったため、オットーが慌てて口を出した。
「ご歓談の最中、大変恐れ入りますが、本日の宴はこれにて終了ということでよろしいでしょうか」
逃げに等しい発言だが、情けないとは言えない。
八神輝同士が国家戦略について論じているところに、伯爵家当主と言え一貴族が口を出せるものではなかった。
「ああ。今日はよく来てくれたな、バルトロメウス、ヴィルヘミーナ」
「私たちはこれで失礼します」
礼の言葉を述べたユルゲンに拝礼して、バルとミーナはアルトマイアー家を去る。




