76.食後の遊興
食後のお茶が運ばれて、子どもたちの忍耐は限界を迎えて部屋の外に出て遊びに行った後、不意にユルゲンが口を開く。
「不躾だが、今回の役目についてひとつ懸念がある。儂の腕がどれだけ錆びついているのかという点だ。せっかく来たのだ、バルトロメウスかヴィルへミーナのどちらかに協力してもらいたい」
「叔父上、それはまさか……」
オットーが仰天したように目を大きく見開いた。
他の面子も唖然としていることから、誰も聞かされていなかった提案なのだということがうかがえる。
「たしかに師匠の今の力は気になりますね。ミーナ、任せた」
「かしこまりました」
バルから役目をいきなり振られたミーナは、いつものようにクールに承知した。
「破壊神ユルゲンの力、楽しみです」
「言いよるわ、小娘が」
彼女の高慢ともとれる発言に対して、ユルゲンは好戦的な笑みを浮かべる。
慌てたのはオットーだ。
「ちょっと待って下さい。八神輝同士がぶつかり合ったら、たとえ小競り合いでも我が家がなくなる程度の被害ではすまないのではないですか? バルトロメウス様、止めて下さいよ」
止められるとすればバルしかいないという彼の考えは正しいが、あいにくとバルに止める気はない。
「だから私は戦わないんだ。このふたりのぶつかり合いから周囲を守る必要があるからな」
「あ、そういうことでしたか」
バルの回答を聞いてオットーはようやく彼の意図を理解し、同時に安心もする。
話の流れについていけていなかったアルトマイアー家の人々を代表してロイが口を開いた。
「よく分からんが、止めなくても大丈夫なのか、当主殿」
「バルトロメウス様が守ってくださるなら滅多なことはないですよ、ロイ叔父上」
オットーはバルが独り立ちするまでの間とは言え、彼の力を見て知っている。
だからこそ安心することができたのだ。
「そうではない。八神輝同士の戦いは帝国で禁じられているのではなかったか?」
ただ、ロイが懸念していたのは別の点だったらしい。
「儂の錆落としが目当てなのだから、文句を言われる筋合いはないな。文句があるなら仕事を断ってもよいのだ」
ユルゲンは強気な返答をする。
八神輝は程度の差はあれ、みなこれくらいは許される立場だったのだから自然な反応だ。
「同感ですね」
バルは師匠の意見を支持する。
オットーたちは「皇帝陛下はさぞかし苦労していらっしゃるのだろうな」と同情したものの、口に出さない分別があった。
「場所はどこにします?」
ミーナが問いかけると、オットーがすばやく口を挟む。
「ヴィルヘミーナ様も八神輝でしたら、空中戦はできますよね? できれば空中戦でお願いしたいのですが」
ユルゲンに言わないのは、彼ならばできると知っているからだ。
「地上戦をやると庭が悲惨なことになるだろうからな。私も地面までは守り切れると思えない」
バルが彼の要求に納得したため、ミーナは受け入れる。
「分かりました」
「相手にとって不足なしというところか」
ユルゲンはにやりと笑う。
「その前にミーナは着替えろ。借り物のドレスで戦うのはよくないぞ」
バルの言葉に男性たちはホッとしたような、がっかりしたような顔をする。
美しいエルフの女性がドレスを着たまま、空中戦を行うとなるとやはり色々と想像してしまうものだ。
彼らが妄想するようなことなど起こさない自信があったミーナも、彼の言葉には素直に従う。
オットーの案内でミーナ、ユルゲン、バルの三名が外に向かうと一族の人々も後をついてくる。
「せっかくだから八神輝同士の戦いを見てみたいな」
「まさかこの目で見られるとはな」
男性陣は好意的と言うか、楽しみにしている様子なのと対照的に女性たちは冷静だった。
「と言っても私たちが見たところで理解できるのかしらね」
彼女たちの疑問に答える者はいない。
案内された庭はたっぷり200平方メートルはありそうで、塀の付近には背の高い木々が青々とした葉をつけている。
芝生も植えられて手入れが行き届いていることはミーナにはすぐ分かった。
「確かにここで戦うのはよくないですね」
自然を愛するエルフらしい感想を抱く。
「審判は必要かな?」
バルがふたりに問いかけると、ユルゲンは笑う。
「別にいらんだろう。儂の錆落としだからな。がっかりさせないでくれよ、ヴィルヘミーナ」
そしてミーナを挑発する。
なかなか好戦的な態度だが、彼女は涼しい顔をして聞き流す。
軽く圧力をかけてもまるで手応えがないことにユルゲンは楽しくなる。
圧力や挑発に気づいていないのではなく、きれいに受け流しているのだ。
同じことができるのはやはり八神輝くらいで、彼女は確かに素晴らしいと思う。
「錆落としが目当てなら、適当なところで止めますよ」
バルの言葉に両者はこくりとうなずいた。




