73.オットーの妻子たち
オットーはふたりの妻を持っている。
伯爵家当主としては少ないほうなのだが、三人の男児と二人の女児に恵まれたため、三人めの妻をめとらずともよいことになっていた。
「お久しぶりにございます、バルトロメウス様。お初にお目にかかります、ヴィルへミーナ様」
と先にあいさつをしたのは青いドレスを着た第一妃アルベルタだ。
彼女はオットーと幼馴染の伯爵令嬢で、子どもの頃のバルを知っている女性である。
「お久しぶりにございます、バルトロメウス様。お初にお目にかかります、ヴィルへミーナ様」
次にあいさつをしたのが赤いドレスを着た第二妃ゾーニャだ。
彼女は子爵令嬢であり、バルと初めて会ったのは婚礼の時である。
彼女たちはそれぞれ自分の子どもたちの手を引いていた。
「久しぶりだな。おふたりとも相変わらずの美しさで、オットーの奴がうらやましいよ」
彼は妻たちの美しさを称えたが、本音も混ざっている。
アルベルタは緑の瞳と赤髪が印象的な女性で、ゾーニャは茶色の髪と青い瞳に左目の下にある泣き黒子が特徴の妖艶な女性だ。
どちらも子どもがいて三十を過ぎているとは言え、女としての最盛期は今だと言わんばかりに美しい。
「まあお上手ですわね」
ふたりはバルの言葉を社交辞令と解釈し、礼儀正しく微笑した。
「ヴィルへミーナだ。よろしく」
ミーナのほうはまたしても無愛想なあいさつだったが、ふたりは気を悪くしたりはしない。
貴族の女性であれば、エルフという種族についてそれなりの知識を得る機会がある。
ましてや八神輝ともなれば、伯爵夫人よりもずっと格上とも言うべき存在だ。
「では次に子どもたちを紹介させていただきましょう」
アルベルタはそう言って、自分の右手を握っている水色の礼服を着た八歳の男子に声をかける。
「長男のヘンリー、それから長女のコリンナ、次男のトーマスです。ごあいさつなさい」
「こ、こんにちは」
「初めまして」
母に命じられた子どもたちはおどおどとあいさつをした。
赤い服がコリンナ、黄色の服がトーマスだという。
どうやら三人とも人見知りをする性格であるらしい。
次にゾーニャがふたりの子どもを紹介する。
「長女のデボラに長男のクルトです」
「こんにちはー」
ピンク色の服を着たデボラ、緑色の服を着たクルトのふたりは明るく人懐っこい笑顔を見せた。
父親は同じなのに、正反対と言えるほど違う性格にバルは興味を持つ。
「ヘンリーたちはずいぶん控えめだな」
遠慮なく口に出すと、アルベルタは困ったようにため息をつく。
「そうなんですの。次期当主になれるか、今から心配ですわ」
アルトマイアー家では嫡子が家を継ぐというのが一般的だ。
だからこそ何もなければヘンリーが後継者になるし、彼女が不安に思うのは無理もない。
「クルトが支えるから大丈夫だと言いたいところですが」
ゾーニャも憂うような顔であった。
彼女は自分の息子がアルベルタの息子の補佐をすることに納得しているようである。
お家騒動が起きる可能性がなくて何よりだとバルは思う。
オットーは古くからの知己であり、彼の子どもたちの間で醜い争いが起こるのはできれば見たくない。
「いざとなれば師匠を頼れば大丈夫だよ」
バルはそう言ってふたりの夫人を慰める。
彼女たちは微笑で受け入れたものの、納得いかなかったのはユルゲン本人だった。
「本人に断りなく安請け合いするな。儂をどれだけ働かせるつもりだ?」
怒ったのではなく苦笑したあたり、腹を立てたわけではない。
バルやミーナは平気だったが、夫人たちはユルゲンが怒らずに安堵した様子である。
「あなたがいるのに私までアルトマイアー家に肩入れすると周囲が思えば、後々やっかいなことになりますよ」
「そうだな」
バルの指摘をユルゲンは忌々しそうな表情で肯定し、夫人たちも苦い顔をした。
八神輝は帝国最大戦力であり、親しかったり伝手があるというのは貴族の世界で大きな武器になる。
アルトマイアー家が何もしなくとも、羨んだり妬んだりする者たちは出て来るだろう。
八神輝と貴族の関係はかなりデリケートなのである。
避けられるべき事態は可能なかぎり避けるのが賢明だろう。
「儂らは貴族ども如きまとめて返り討ちにもできるが、この子たちはそうもいかんからな」
ユルゲンはまだ幼く、大人たちの会話の意味を理解できていない子どもたちに向けられる。




