67.バルトロメウスの考え
会議が終わって帰ろうとするバルをシドーニエが引き留めた。
「少しよろしいかしら?」
「珍しいな。かまわないぞ」
バルは怪訝そうにしながらも申し出を受ける。
「ではどこかの部屋を借りましょう」
八神輝であれば帝城内部であっても空き部屋を借りる自由を持っていた。
シドーニエとバルが入ったのは談話室のひとつであり、当然の顔をしてミーナも混ざっている。
「……来るなとは申しませんけども、一言あってしかるべきではなくて、ヴィルヘミーナ?」
呆れた顔で注意するシドーニエに対して、ミーナは平然として答えた。
「言わなくても察しろ」
喧嘩を売っているとしか思えないような発言だが、彼女にそんな意思はないとシドーニエは理解している。
彼女の相手をしても時間の無駄だと気持ちを切り替えた。
青いじゅうたんが敷かれた談話室の四人かけテーブルの奥にバルが座り、右横にミーナが立つ。
シドーニエは彼の正面に座ってその瞳をまっすぐに見据える。
彼女の左側にある窓から日の光が差し込み、彼女の美しい顔を照らす。
「本題に入りましょう。アカデミーの件、バルトロメウスは賛成なのかしら?」
「反対する理由はないな。シドーニエは反対なのか?」
彼の質問返しにシドーニエはうなずかなかったものの、否定もしない。
「だってまだ問題が解決していないじゃありませんか。今新しい機関を作ったりしたら、それを狙われるのではなくって?」
彼女の懸念を聞かされてバルはなるほどと思う。
だが、別の考えもあると彼は口にする。
「ボコボコにされて懲りて、当分はおとなしくしている可能性もあるぞ」
「元帥もバル様に倒されてしまいましたしね。元帥以上の戦力など、急には用意できないでしょう」
ミーナも彼の意見を支持したが、シドーニエはこれを無視した。
「楽観的に考えればそうでしょうね。ですが、悲観的な考えも許していただきたいですわ」
彼女はあくまでもバルだけを見ている。
彼さえ説得できればミーナはどうにでもなるという考えであった。
「じゃあ君の悲観的な考えとやらを教えてもらいたいな。そうしないと判断ができないよ」
「もちろんですわ」
バルの発言を受けてシドーニエは自分の意見を明かす。
「まず、元帥を倒したところで敵の侵攻は止まりません」
「うん。それで?」
彼は驚きもせずに続きをうながした。
「むしろ統制がとれなくなって、突発的な攻撃が増えるおそれがあります」
「……君は私が倒した元帥が敵の司令官だったと思っているのかい?」
バルの問いにシドーニエは橙色の目を丸くする。
「あら、バルトロメウスは違うと思っているのですか?」
「リーダーだったかもしれないけど、指揮系統は別かもしれないと思ってね。根拠のない直感に過ぎないんだが」
彼の言い回しを彼女は理解できなかったらしく、不思議そうに眉を動かす。
「あなたの考えを聞かせていただきたいわ、バルトロメウス。実際に会ったあなたでないと分からないことだってあるでしょうし」
「ゲヴァルドゥという男は地上の生物全てを見下しているような態度だった。あの男の性格を考慮すれば、指揮系統は整備されてなんかいなくて、地上界の誰かを恐怖と実力で一方的に従えていただけという可能性が高いように思う」
バルの予想を聞いたシドーニエは小首をかしげた。
「……つまり黒幕、もしくは後ろ盾ではあっても司令官ではないと?」
「ああ。おそらくだが、ゲヴァルドゥにとって敵勢力は利用価値のある捨て駒程度の感覚だったのではないか? だからこそ誰にも言わずに帝国に来ていた。正しく司令官であれば護衛なり側近なり連れて行動していたのではないか?」
彼の意見に彼女はうなる。
「反論が思いつきませんわ。……ミーナはどう思って?」
水を向けられたミーナは迷惑そうに答えた。
「バル様に賛成だ。魔界の上級幹部が地上の生物を統率し、手足として見事に動かすとはまず考えにくい。自分の目的のために利用していたと見るべきだろう。失敗しても痛くもかゆくもないという前提でだ」
シドーニエはうなずきかけたものの、彼女の言葉に引っかかりを覚えてにらむように見る。
「まるであなたは魔界の幹部についてご存知のようですわね。いったいどういうことですの?」
「何、祖先が残した文書に記されていただけだ。魔界の将軍、元帥といった奴らのことがな」
ミーナは悪びれもせず、堂々と答える。
シドーニエは唖然としたものの、さすがに八神輝だった。
一秒で気を取り直してじろりとバルを見る。
そのバルは彼女同様唖然としていたのだから、何も知らなかったと分かった。
彼女の視線に気づいたバルは「自分に任せろ」という顔になる。
「ミーナ。よければその文書を見せてくれないか? 陛下や八神輝で可能なかぎり共有しておきたいのだ」
「バル様にお見せするのはよいのですが、他の者に見せるのは困りますね」
ミーナは眉を数ミリほど動かす。
本当に困っているとバルは見抜いたため、譲歩することにした。
「何なら書き写したものでもかまわないし、お前が文書を見ながら話してもいい。このどちらかでもダメか?」
「書き写したものを見ながら、私が説明するのであれば大丈夫です。申し訳ありません」
ミーナが彼に謝ったところをみると、どうやら彼女自身の意思ではない理由も存在しているらしい。
バルとシドーニエはそれに気づいたため、原本を見せてもらうことはあきらめる。
「ではそれで頼むぞ」
「かしこまりました」
彼の頼みをミーナは引き受けた。




