64.賢い馬鹿
帝国が誇る八神輝クロードは貴族の家に生まれ育った男だ。
実はけっこう珍しい話である。
貴族に家に生まれれば家の金と権力、コネを使って己の才能を探すことができるし、伸ばすことも可能だ。
しかしながら、八神輝になれるほどの才能に恵まれた子が貴族の家に生まれる確率は相当低い。
さらにクロードは貴族に生まれたことを誇りに思うのだから、非常に貴重な存在だった。
確率的な意味だけではなく、帝国貴族という存在からしてもである。
彼らの中には貴族でもない者が帝国の最大戦力と呼ばれていることを不満に思う者たちがいた。
クロード自身はそんな連中の主張を非常に苦々しく思いながら聞いている。
彼らは今も、八神輝の資質について彼に相談しているのだ。
彼らにとってクロードは自分たちの味方という認識である。
……クロードにとって迷惑極まりないことに。
彼は今三人の若手貴族たちと会合を持ち、不平不満を聞かされていた。
(八神輝こそ帝国の切り札。生まれなどで決めるのは愚行だ。忠誠心が大切だというのは分かるが)
彼らの考えを全面的に否定できないのは、主にヴィルヘミーナのせいだった。
彼女は帝国出身ではないし、帝国に忠誠を誓っているわけでもない。
彼女が八神輝になれたのはバルの推挙、彼女自身の圧倒的な強さ以外にもある理由が存在している。
「ヴィルヘミーナとかいうエルフ、何とかなりませんか」
「帝国の八神輝にはもっとふさわしい人材がいるでしょう」
若手貴族たちは本気で言っているのだから、クロードとしてはあきれるしかない。
厄介なことに彼らは出自以外にとりえがない無能ではなく、将来を嘱望されている若者たちだった。
そのような手合いまでもが出自を重んじる「貴族至上主義」に染まり始めているのは、憂慮すべき展開だろう。
(陛下からうかがったエリート育成機関、本気で創設を急ぐべきかもしれない)
とクロードは思う。
そこで貴族至上主義の愚かしさを魂まで刻み込んでやればよい。
だが、今はまだできないのだから、言葉で否定するしかなかった。
「そうはいかぬ。ヴィルヘミーナに一対一で勝てるのはバルトロメウスしかいない。情けない話だが、私では勝ち目がない」
クロードは自分の力不足を堂々と明かす。
彼にとって己よりも強い存在がいると認めるのは恥ではなかった。
ところが、聞かされたほうはそうではなかったらしく、間が抜けた顔で彼のことを見つめている。
「そんなまさか……」
「だいたい、バルトロメウスだって……」
彼らは歯切れ悪く小さな声で何かを言った。
おそらくバルだって平民だという旨であろう。
大きな声にならなかったのは、光の戦神が八神輝最強であり、地上最強と言われていて、当代皇帝から絶大な信頼を得ていると知っているからだ。
(バルトロメウス相手だと歯切れが悪くなるのか。ならばまだ見捨てるには早いか)
真の愚か者はバルですら平気で侮る。
そんな輩を知ったクロードは「つける薬がない馬鹿とは、この世に実在しているのだな」と感心するだけだ。
「八神輝はめったに出撃せず、その力を知る者はあまり多くなかった。それでいいと私は思っていた」
彼は不意にそんなことを言い、貴族たちを戸惑わせる。
「だが、過ちだったようだ。お前たちは八神輝を正しく理解すべきだ。これから国家運営を担っていく者たちは」
「……ま、まさか?」
クロードの迂遠な言い方も少しの間を置いて理解したのだから、彼の目の前にいる若手貴族たちは決して愚鈍ではない。
「そうだ。お前たちは愚かではなく、知らないだけだ。ならば教えればよいと私は判断する。陛下にも奏上しよう。思い知れ、帝国が誇る最大戦力を」
「……わ、分かりました」
彼らは自分たちに拒否権がないことはすぐに察知したし、一方で喜びに似た感情もある。
八神輝の実力を知っている者は皇帝、宰相、魔道長官、将軍以外にはほんの少数しかいない。
言わば国家機密のようなものだ。
それを知ることができるというのは、一種の特権と考えられる。
もちろん、単純に自分たちが特別扱いされたと思い込むほど彼らは馬鹿ではなかった。
「いつ、どのようなメンバーになりますか?」
「陛下の御心次第だ。おとなしく待っていろ」
クロードは「陛下が反対すれば実現しない」と言外に伝えたし、若手貴族たちは正しく理解する。
(全く、賢い馬鹿とは難儀なものだ)
彼は内心ため息をついた。




