63.まんぷく兄弟
のんびりした次の日、特に予定も入っていなかったため、バルは普通の一日を過ごす。
まず午前中に宿屋が仕入れる食料を運び込む。
一等エリアならば高くても信頼できる運送業者を雇うのだが、二等エリアだと信頼できる顔なじみに依頼することが多い。
帝都だからめったなことはないと分かっていても、万が一の場合を想定するのが商売の鉄則だった。
知り合いが多いし、全てから人畜無害と思われているバルは割とよくこの手の仕事が来る。
九級冒険者に過ぎない彼がいい仕事を受けられないのに平気そうでも、周囲が疑問に思わない最大の理由だろう。
それが終わると昼食だ。
「今日はどこで昼飯を食べようかなぁ」
彼が額の汗を拭きながらつぶやくと、宿屋のおかみさんが情報を提供してくれる。
「三番通りの西口に【まんぷく兄弟】っていう新しい店がオープンしたらしいよ。デザートもやってて、なかなか美味いらしい」
「へえ、一回行ってみようかな」
彼は彼女に礼を言って三番通りを目指す。
宿屋から見れば右に曲がって北上し、五つ目の通りを左折したところが三番通りの西口である。
「まんぷく兄弟」という看板はすぐに見つけられた。
クリーム色に赤い屋根が印象的な小さな店で、中に入ると十代後半の小柄な愛嬌のある兎人の少女が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。初めてのお方ですね。おひとりさまでしょうか?」
少女は赤いエプロンと笑顔がよく似合っていた。
「ああひとりだよ」
「ではこちらの席にどうぞ」
店内はカウンター席が六つ、二人掛け用のテーブルがふたつ、四人掛け用のテーブルがひとつしかない。
そのうちにカウンター席が三つ空いているだけなのだから、なかなか繁盛していると言えるだろう。
客層はテーブル席が若い女性ペアと主婦と思しき四人組、カウンター席は二十代の女性と男性がひとりずつだ。
(私以外にも男性客がいたか)
少しだけバルはほっとする。
さすがに客が全員女性だと居心地の悪さを感じずにはいられないからだ。
「リストはこちらになります」
少女は安い獣皮紙を出してくれる。
(スープ、デザート、飲み物がついた日替わりランチが銅貨九枚か。デザートなしだと銅貨八枚か。安いな。単品だと高めになるのはこの店でも同じか)
とバルは思う。
スープや飲み物は単品で頼んだ場合は銅貨三枚、主菜になる料理は銅貨五枚から七枚だというのだからかなりお得だ。
「日替わりランチをひとつ。スープ、デザート、飲み物セットで」
「飲み物はいかがいたしましょう?」
少女に問われて彼は飲み物の項目をもう一度確認する。
ランチにつけることができるのは、水、羊乳、豆茶の三種類であるらしい。
「羊乳を頼む」
「わかりました。少々お待ちください」
今日の日替わりは何なのか。
彼が聞かなかったせいか説明されなかったのがやや惜しい。
バルとしては目くじらを立てるつもりはなく、来てからの楽しみにしようと思う。
その気になれば店内を見回せば、誰かが頼んでいるだろうと考えるのは野暮な話だ。
十分ほど待たされて出てきたのは固めの黒パン、白身魚の焼き物、小さなニンジンが五、六切れ入ったスープと羊乳だった。
「デザートの焼きリンゴは食後でもよろしいでしょうか?」
「ああ」
少女に答えてからバルはまずスプーンを手に取り、スープを味わう。
やや塩辛いが、ニンジンの旨味も感じさせてもらえた。
「うん。なかなかいいな」
白身魚の焼き物もしっかり熱が通っているし、やや塩が多い以外は申し分がない。
固めのパンは羊乳やスープにつけて多少柔らかくしてから食べるのがセオリーである。
二等エリアで味わえる料理としてはなかなか上等だとバルは思う。
エルフ料理や皇女と食べた料理も美味いが、これはこれで彼は好きだった。
(ミーナとマヌエルはきっと同意してくれるさ)
彼はそう思う。
もっともミーナは基本彼を否定しないため、割り引いて考えたほうがよいのだろうが。
「デザートも頼むよ」
バルに言われて少女が丸い皿に乗った焼きリンゴを持ってくる。
丸々一個分を四等分に分けたのが一目瞭然で、彼は「愛嬌があるな」と思った。
リンゴの味を楽しんだ後、食後に豆茶を味わってから店を後にする。
(銅貨九枚でなら悪くない)
と思いながら。




