61.菓子屋の手伝い
バルの本日の仕事は菓子屋の手伝いだ。
不器用で料理下手のバルに大事な仕事は任せてもらえないが、単純に人手が足りていなかったのである。
「バルさん、チーズケーキをふたつね」
彼が任されたのは接客だ。
温和で人当たりがよく、二等エリアに知り合いが多い彼に向いているという判断である。
地味で動きやすいシャツとパンツに白いエプロンという格好はどうしようもなく似合っていないが、客たちは気にしていなかった。
「バル、イチゴケーキをくれ、嫁さんに買って帰るんだ」
「バル、プリンを頼むよ」
「バル、クッキーをお願いね」
客の多い時間帯を頑張って捌き切り、ひと息ついていると菓子屋の奥さんが冷えた水を出してくれる。
「お疲れさま、バルさん。少し休憩していいよ」
「どうもありがとう」
兎人にしては長身で大柄な彼女に礼を言い、バルは店内に入って外から見えにくい位置で休む。
奥から出てきた小柄な兎人の店主が彼をねぎらう。
「バルさん、ありがとうよ。それしても大したもんだな。ずいぶんと知り合いが多いじゃないか」
「いやあ、このあたりではこれが普通だよ」
バルは照れ笑いを浮かべて謙遜する。
「帝都って言ってもここは二等エリアだからね。庶民たちに大差ないさ」
「言われてみりゃあそうかもなあ。花の帝都だって気を張ってたのが馬鹿みたいだ」
店主はそう言って笑う。
彼ら夫婦は帝都で菓子屋を開くという夢をかなえるために南方からやってきた。
まだまだ知らないこと、実感できないことは多いのだろう。
「いつかは一等エリアに店をって思ったりするかい?」
バルに聞かれて店主は笑って否定する。
「そんなこと、考えたことねえよ。一等エリアは高級店が多いし、客層も怖いだろう。お貴族様が召し上がるようなものなんて想像すらできねえ」
彼の言葉は真実だろう。
普通、庶民と呼ばれる者たちは貴族や富豪が何を食べているのか見たことがない。
いろいろと想像しあい、妄想で盛り上がるだけだ。
(意外と変わらないんだけどな)
とバルは思う。
彼に言わせれば料理人の腕と食材の質が違うものの、レシピ自体は似たようなものだ。
自分もまた庶民感覚の持ち主にすぎないという自覚は持っているが。
「大体家賃が払えないよ。二等エリアだってけっこう高いのに」
とより現実的なことを言ったのは奥さんだった。
「ああ、一等エリアの家賃は高そうだよなあ。知らないけど」
バルは答えたがこれはウソである。
彼は立場上、ある程度のことは知っていた。
もちろん菓子屋の夫婦はそんなこと分かるはずもなく、彼の言葉を額面通りに受け止める。
「銀貨十枚くらいで普通なんだそうだ。庶民の一か月の生活費じゃないか!」
奥さんの言葉は嘆きとも呆れともつかないものだ。
「本当だなぁ。すごいよなあ」
バルは今初めて聞いたと言わんばかりに驚いて見せる。
「二等エリアが意外と安いと思ったから調べてみたんだけど、一等エリアはやっぱり帝都って感じだよなあ」
店主のほうは割り切った表情で肩をすくめた。
「まだ若いのに、店持ちになっただけでもすごいよ」
バルはなぐさめるように言う。
「うん? もう三十一だけど、バルさんって俺より年上だったっけ?」
「そうだよ」
店主の問いかけに彼はあえて情けない顔で肯定する。
「そうか……」
店主は自分より恵まれない立場の者を見て馬鹿にしたり、あるいは優越感にひたるような性格ではないらしく、とても気まずそうな顔になった。
「気にしなくても大丈夫だよ」
バルは愛想よく笑うが、彼の態度は変わらない。




