60.花摘み
バルは久々にギルドで依頼を受けることにした。
「お待たせしました。もう大丈夫だと上の判断がおりましたよ」
ロイが優しい笑顔で彼に言って、九級冒険者でも受けられる依頼の紙をテーブルの上に置く。
何枚かめくったところで気に入ったものを見つける。
「お母さんの誕生日にクロッカスが欲しいですけど、自分では採りに行けません。よろしくお願いします」
少女らしい可愛らしい文字で書かれたものだ。
報酬は銅貨五枚とかなり安いがバルは気にならない。
「これにするよ」
彼に選んだ依頼書を見せられたロイは納得した顔になる。
「確かにバルさん以外に引き受ける人がいるか怪しい依頼ですね」
受付の青年はバルが自分以外の冒険者に避けられそうな依頼を積極的に受けていると知っていた。
「クロッカスはどこに採りに行けばいいのだろう?」
本当は知っているのにバルは知らないふりをする。
「ああ。西門から出て一時間ほど歩いた、茂みに生えていると思います。花の色の指定がない分、楽な依頼ですね」
「そうだね」
ロイの言葉に彼は同意してギルドを出ていく。
帝都周辺は治安がよく、本来であれば夜中でもない限り一般人が出歩いても危険はまずないとされる。
それでも今回の依頼が不人気なのは単純に報酬が安く、また冒険者としての箔がつかないからだろう。
優しい冒険者がいれば通ったついでに依頼をこなすこともあるのだが、それ以外では厳しいし今は時期が悪い。
(やってくれそうな冒険者パーティー、今はほとんど出払っているからな)
帝都がガーゴイルに襲撃されて以降、安全確認のために多くの冒険者たちは依頼を受けることができなかった。
その穴を少しでも補てんしようと、実入りのいい依頼を精力的にこなしているパーティーばかりなのである。
バルが自分でやろうと思った理由だ。
帝都の西門の大きな通りをくぐり、行きかう人間、獣人、ドワーフにまぎれてクロッカスの花を探しに行く。
まだ日が高いため旅人や旅商人、ハイキングの者たちも出歩いている。
少し前までは見られなかった光景の復活に、バルの胸が自然と温かくなった。
(やっぱり平和は一番だよな)
八神輝が守らなければならないものだと思う。
クロッカスの花はすぐに見つけられて、念のため同じ紫色のものを多めに摘んでおく。
「しまった。包装紙くらいは用意しておくべきだったか?」
そこでバルは自分のうかつさに気づいた。
いくら何でも摘んだ花をそのまま届けるのは、何かが違う気がする。
(しかし、いちいちミーナやシドーニエに聞くわけにもいかないしな)
女性たちであれば何か分かるだろうと思うのだが、八神輝に思念通話で相談するのはためらいがあった。
ギルドに戻る前に誰かに相談してみようと考え、来た道を引き返す。
帝都まで帰ってきたところで運よくターニャたちと出くわした。
「バルは何を持っているの? 誰かへの贈り物?」
小柄な猫の獣人の少女が興味津々という顔で話しかけてくる。
好奇心旺盛で会話好きの彼女の性格も、こういう時は非常にありがたい。
「いや、ギルドでの依頼だよ。贈り物にするらしいんだが、このままはどうかなと思っていたところなんだ」
バルが率直に言えばターニャは笑顔を浮かべた。
「へえ、バルさん、いいところあるじゃない。そうね、贈り物にするなら、可愛い紙に包んであげるだけでも違うわよね」
「……その可愛い紙を譲ってくれそうな人に心当たりはないかい?」
彼の問いに彼女は可憐な唇に指を当てて考える。
「買ったほうがいいんだけど、バルが受けてるくらいだから報酬は安いんだろうし。服屋に知り合いはいない?」
「一応いるが?」
バルが意識的に不思議そうに聞き返すと、ターニャはにこりとした。
「捨てる予定の生地の切れ端を分けてもらえばいいよ。そうすればちょっとはよくなるんじゃないかな」
「なるほど! 助言ありがとう」
満面の笑みを浮かべて感謝の言葉をかける彼に、彼女は笑いながら手をふる。
「大したことじゃないよ。じゃあね」
彼女はそれだけ言い残して、少し離れた場所で待っている仲間と合流して去っていく。
バルは知り合いの服屋のところに行って事情を話してみた。
「まあ、その花を包む分くらいならやってもいいか……俺らみたいにあんまり高額報酬を出せない奴らの依頼を受けてくれる冒険者なんて、バル以外少ないし」
「すまない。ありがとう。ラド」
彼に礼を言われた小人族の男性は、照れたように鼻をこする。
「いいってことよ。そのかわり、困ったことがあったらよろしく頼むぜ」
「ああ。私にできることなら喜んで」
ラドはただ布の切れ端を渡すだけではなく、縫って包装紙代わりにしてくれた。
赤と青と白と黄と四色の色が使われているにも関わらず、なかなかいい具合に見えるのは彼の腕とセンスがよいからだろう。
「ほらよ。これなら見栄えも悪くないだろう」
「すごいな、ラド」
バルが感心するとラドは笑って突き出す。
「いいから持っていけ」
彼はもう一度礼を言って冒険者ギルドに足を運んだ。
中に入ると十歳くらいの質素な身なりをした、赤毛のショートヘアの人間族の少女と、よく似た顔立ち十三歳くらいの少年が受付の前にいる。
バルに気づいたらロイの顔は困惑から安堵に変わった。
「ほら、戻ってきたよ。あの人が君の依頼を受けてくれた冒険者だ」
彼の言葉で少年と少女は振り返る。
少年は赤い瞳を丸くし、少女は同じ色の瞳をキラキラと輝かせた。
「わあ、素敵なクロッカス! おじさんが持ってきてくれたの?」
駆け寄ってきた少女に向かってバルは花を差し出す。
「ああ。これでいいかい?」
「うん! ありがとう!」
少女は笑顔で礼を言ってから、後ろを振り向く。
「ほら、お兄ちゃん! 受けてくれる人いたじゃない!」
「そ、そうだな」
兄らしい少年はまだ信じられないという顔をしている。
どうやら少女に「依頼を受けてくれる冒険者なんていない」ということを言ったのだろう。
少女は兄に発言に満足したのか、バルに向きなおって改めて礼を述べる。
「ありがとうね、おじさん! これでお母さんに花を渡せる! 報酬は受付の人から受け取って」
少女はそう言うと駆け出し、兄が慌てて彼女の後を追っていった。




