59.クライン連邦の最高議会
クライン連邦はグロース大河を挟んでアルト王国の東に位置している。
西のアルト王国とかつて北に存在していた大国の脅威に対抗するため、中小諸国が結束したのが始まりと言われていた。
他の国から見て奇妙なのは四年に一度、投票と呼ばれるシステムで国のトップが交代する制度があることだろう。
連邦のトップは連邦長と呼ばれていて、現在の連邦長は連邦最大の領土を持つメールス出身のヴォルフラムだ。
彼はメールスの利権や優位性を守る立場でもあると同時に、外部には連合全体の利益を主張する立場である。
彼を補佐するのは連邦の最高議会のメンバーなのだが、彼らは連邦を構成する諸国の代表でもあった。
最高議会は月四回定期的に開かれ二回は連合全体の利益を考え、残り二回は内部の利害の衝突のすり合わせに使われる。
今回は連合全体の話をする回であり、現議会のメンバーは全員が伝声だ。
ある程度話が終わったタイミングで小国の代表が次のような発言をした。
「最近、わが国では魔物の発見数がやけに増加しているようだ。他の国々ではどうだろう?」
「わが国では特に異常はない。そのような報告は受けていない」
ある国の代表が言えば、別の国の代表が続く。
「わが国では微増というところだな。気になるほどではないが……」
さらに違う国の代表が話す。
「わが国ではかなり増えているな。議長、メールスではどうだろう?」
連邦長であり最高議会の議長でもあるヴォルフラムは、自分の記憶を掘り返しながら答えた。
「そのような報告は受けていないな。どうやら各国で違いが出ているようだ。どこに多いのか、整理してみよう」
彼の言葉を聞いた書記の若い男性が手を挙げて発言を求める。
「議長、発言の許可を頂きたく思います」
彼のこのような行為はとても珍しいため、ヴォルフラムは目を丸くしながら許す。
「魔物の発生が増えている国は領土が小さい国、北のほうに位置している国、道路整備があまり進んでおらず人や物の行き来が不便な場所に多いようです」
彼の言葉を聞いた各国の代表は、皆の発言を振り返ってその通りだと気づく。
「言われてみれば確かにな。異常がないのはメールス、ザーレ、コブレンツか。どこも領土が大きめで、整備も進んでいるところだ。……偶然だろうか?」
ヴォルフラムの疑問に各国の代表たちは顔をしかめる。
「作為的なものを感じるが、たまたまという可能性も否定はできない。そんな印象だな」
「被害も今のところ大きくはない。気にしすぎではないか?」
ザーレの代表が楽観的な意見を出す。
「気にしすぎならそれでいいが、判断を下すには早すぎるだろう。情報が足りない」
コブレンツの代表が彼をたしなめる。
「しかし、作為的なものだとして敵はどういう奴らなのだろう?」
ザーレの代表がむっとしたところでヴォルフラムが疑問を場に投げた。
「わが国に何らかの野心を抱いているのは間違いあるまい。問題はどこの奴らかだ」
「やはり西の王国だろうか?」
ひとりの意見を出すが、賛同は得られない。
「無駄にプライドの高い王国の奴らが影に隠れてコソコソ工作するとは思えん。奴らなら正面から戦いを挑んでくるだろうよ」
「同感だな」
彼らは長年王国と小さな衝突をくり返した経験を持つ。
だからこそ王国の出方は予想ができる。
「他にわが国に手を出してきそうな国は……多いな。むしろ可能性が低い国を挙げたほうが早そうだ」
コブレンツの代表が言うと、一同の顔には苦笑が浮かぶ。
王国以外にも敵が多いから彼らは結束したのだ。
「外せそうな国は東の帝国だろう。あそこは何かあれば八神輝を送ってくればよい。回りくどいことをする必要がない」
「それはそうだな」
ヴォルフラムはうなずき、自分の意見を付け足す。
「あと、帝国は金属、岩塩、食糧、魔鉱石とを自国でかなりまかなえるという事情もある。わざわざ我々を狙ってくる理由が薄い」
「国土が広くて豊かで軍も強いとは、もう反則だな」
小国の代表が羨ましそうにつぶやく。
「恵まれた国土だからこそ強国になれたのだろう。いや、帝国の場合は軍が強かったから国土を広げることができたのだったか?」
帝国が大陸最強の国家と呼ばれるようになってかなりの年月が流れている。
彼らの記憶力とは関係ないところで、情報が正確性を失っていても不思議ではない。
「今は帝国の話は止めよう。西の王国、東の帝国。あと大国と言えば北東の聖国だな。わが国に陰謀を仕かけてくる力がありそうなところはこれくらいだろうか」
「聖国が裏にいる場合、魔物が活発化するのではなく、天使やゴーレムが出てくるのではないか?」
ザーレの代表が疑問を口にする。
「そうだな」
ヴォルフラムは彼の意見を否定せず、自分の意見を述べた。
「だが、だからこそ魔物を使っているのかもしれない。天使やゴーレムを出した場合、最初に聖国が疑われるのは彼らも承知だろう」
「ぐぬ」
ザーレの代表は反論を思いつけなかったため、悔しそうにうなって黙り込む。
「結局可能性可能性ばかりだな」
ある国の代表が不満そうに言う。
「何かあってからでは遅いではないか」
別の代表が言い返す。
その後、軽い言い合いが始まってしまいヴォルフラムが慌てて止めに入る。
「何かがあれば臨時の会議を開こう。そのつもりでいてほしい」
連邦長の言葉を多くの者が受けいれた。
実際小国は独力で非常事態に対応する力は乏しく、他国の援助を期待しなければならない。
援助をする側の負担が大きくなりすぎないよう、ヴォルフラムは気をつける必要があった。




