58.皇妃と皇女とディナー
ミーナと初顔合わせとなるベアーデの実母ワンダは子爵令嬢である。
彼女が皇帝に嫁いだのは貴族の政治ゲームではなく、彼女の可憐な容姿を見た皇帝が熱心に望んだからだ。
皇帝とその妃という点を考慮すれば両者の仲は良好だと言える。
「どうしてわたくしの娘はこうなってしまったのでしょう」
四十過ぎても若々しく可憐な容姿を保つワンダは、藍色の瞳をくもらせて娘の奔放な性格を嘆く。
ディナーと言っても自分たちの住まいでの非公式な場であるから、彼女も彼女の娘のベアーデもカジュアルな服だ。
ベアーデが赤色、ワンダが青色で、ミーナは皇女から借りた緑のドレスである。
美しく着飾った女性たちに三方向から囲まれているバルは絹の白シャツに黒のパンツという姿だ。
男の服の種類は多くないのは大国たる帝国であっても他の国と違いはない。
「さあ、生まれつきじゃないかしら?」
ベアーデは母の嘆きに対してあっけらかんと言い放つ。
ミーナはにこりともしなかったが、バルは耐え切れず吹き出してしまう。
「バルトロメウス」
ワンダは咎めるのではなく、すがるような目で彼を見る。
「皇女らしからぬ性格も、ベアーデ殿下の魅力のひとつですよ」
「そう言われても……」
バルの回答に皇妃は納得できなかった。
「ひとりはいいとおっしゃる殿方がいるのですもの。このままでもかまわないはずでしょう、お母様」
「いいわけがないでしょう」
ベアーデの発言にワンダは頭を抱える。
「お気持ちはお察ししますが、ベアーデ殿下を説得するのは至難だと存じます」
バルはあきらめろと直接的に告げた。
性格の矯正を考えるならばもっと幼いころにやっておくべきである。
ワンダもそう思うからこそ、現在深く悔いているのかもしれないが。
「せっかくのお肉が冷めてしまうわ、さあ食べましょう」
ベアーデはそう言うとさっさと食事を始める。
非公式な場であってもあまり褒められた行為ではないのだが、彼女は気にする性格ではない。
それにせっかくの料理を放置するのもよくないため、ワンダも仕方なしにフォークとナイフを手に取る。
皇妃と皇女が食べ始めてからバルとミーナも手を動かす。
本日のメニューは牛のヒレステーキ、羊肉と野菜のシチュー、豚ロースのチーズ乗せ、白身魚の焼き物だ。
ちなみに「前菜やサラダはどうした?」と思ったのはミーナだけである。
彼女はちらりとバルを見て、彼の様子から「ここではこれが普通」だと学習した。
飲み物はバラ茶、紅茶、ミネラルウォーター、ワイン、麦酒と種類は豊富である。
ワンダがワイン、バルがワインとビールを頼んだものの、残り二名はバラ茶を選んだ。
「んー、美味しい。幸せ」
うれしそうな表情で感想を漏らしたのはベアーデである。
「食事中にはしたないですよ」
ワンダは懲りずに娘に注意した。
「だって美味しいんだもの。幸せなんだもの。最高なんだもの」
ベアーデは悪びれることなく、料理の美味さとシェフの腕を称える。
「美味い食べ物を食べて、美味い酒を飲む。確かに幸せですな」
バルが皇女に共感してみせると、ワンダが「余計なことを言うな」と言いたそうな瞳で無言の抗議を行う。
「バル様と殿下のお言葉、私も理解できます」
ところがミーナまでがベアーデの肩を持ったため、皇妃は裏切られたショックで目を大きく見開く。
ミーナはあくまでもバルの味方をしただけにすぎないと、知り合ったばかりの彼女は気づかなかった。
「そうでしょう?」
ベアーデもまた気づいておらず、単純に味方が増えたことを喜ぶ。
「ねえ、お母様?」
彼女は勝者の表情で母を見る。
「それは否定できないけれど」
困った表情でワンダは答えた。
彼女は「他の者はよくても皇女はダメ」と言える人ではない。
だからこそベアーデが今のような性格になった可能性を彼女自身は見落としている。
「うん、シチューも美味しい」
ベアーデは再び料理に舌鼓を打つ。
「美味しいですね」
バルも続き、ミーナも彼にならう。
ワンダはあきらめて自分も食事に集中することにした。




